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メタリックブルーの讃美歌  作者: 前野親友
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アニーからの手紙

終章 アニーからの手紙




 グリフ達の戦いはここで終わったが、蟲と人との和平の実現という大望があるアンネゲルトの戦いは、これから始まるのだ。

 潜水空母の一室、グリフが仮眠室として使っていた場所にて、アンネゲルトは録画の準備をしていた。

 それはヒンメルギンター・ブラウ隊の隊長であるハッピーBが、冬の眠り作戦後の隊員達の身の安全を守る切り札として用意していた、軍事機密情報を記録したメモリーディスクの追加編集作業だった。

 マイク確認よし、端末確認よし、いつでも録画可能だ。カメラの前に立ち、リモコンで録画スイッチを押した。

「グリフさん、トーゲさん。冬の眠り作戦の中止、おめでとうございます」

 キルヒェンリートの通信を傍受していたアンネゲルトは現状を理解していた。トーゲが暴走したことも、グリフがクルビットターンを決めたことも、トーゲを救ったことも、二人が海の真ん中で救助を待っていることも。

 グリフ達の心配はいらない。組織のメンバーが救助に向かっている。

 反逆者となってしまった彼らの亡命先の準備もできている。あの心優しい彼と彼女が、最前線で戦う必要などないのだ。もっとも、あの二人なら戦闘機欲しさにまた最前線に戻ってきてしまうのかもしれないが……それを決めるのは二人だ。

 アンネゲルトはグリフ達が亡命した先に、更なる安全のためにハッピーBの軍事機密入手による保身策を、そのまま利用することにした。

 編集ついでに余白部分に、彼ら宛てのメッセージを記録しておこうと欲を出してしまい、現在録画中という次第である。

「この映像を見ているということは、現在のグリフさん達は我々が用意した亡命先で、幸福な男女として暮らしているのでしょうか。ええ、少し妬いてしまいますね」

 アンネゲルトは、いや……彼女は打ち明けてしまうことにした。

「私はひとつだけ、あなた達に嘘をついていました。トーゲさんが指摘した通り……私の正体は……八年前の通信機の雌蟲アニーです」

 アニーは八年越しの友情に陶酔するかのように目を細めた。この表情も感情を表現するプログラムに従って機械の義体が忠実に動いているだけだ。

「いまの私の肉体は、脳以外は全て機械と生体部品によって組み立てられた、偽物の人体なのですよ。ええ、一部の蟲はこうやって平然と人間社会に溶け込んでいるのです」

 アニーは人間のように熱い涙を流せない自分の身体を呪った。人間ならば間違いなく滂沱の涙を流すほど心を激しく揺らしていたのだ。

「この八年間、私はずっと、あなた達のことを忘れたことはありませんでした。あなた達を想って、地獄に耐えてきました」

 そう、この八年間、グリフとトーゲが送ってきた地獄以上の地獄を、アニーは経験してきたのだ。

 過激派に捕らえられ、洗脳教育を受けてしまったこと。心の底から過激派の信徒として活動していたこと。

 人間側に潜り込んで、冬の眠り作戦を成功させるための有能なスタッフを演じること。

 その過程で、冬の眠り作戦のスタッフ候補生の中にグリフとトーゲがいることを知り、アニーは自力で洗脳の呪縛から脱した。

 自分が置かれた地位を最大限に利用して、過激派を欺き、エリーゼを始めとする和平組織の新構成員を新たに募った。

 そして、冬の眠り作戦におけるプランを大変更し、作戦の主兵装だったオリオンから擬人システム搭載の戦闘機キルヒェンリートへと、作戦内容を書き換えた。

 アニーは夢中で開発した。あの日、グリフが望んだスペックのマシンを。クルビットターンの使用に耐える、スペックの無駄遣いとしかいえない怪物機を。

 もしかするとグリフはパイロットになれないのではないか、そんな不安なんてなかった。実験と論証を旨とする技術者にあるまじき思考であるが、アニーはグリフならば必ず戦闘機のコクピットに一番近い地位に上り詰めてくるだろうと信じていた。

 冬の眠り作戦は……グリフにキルヒェンリートを与えるための、彼女のワガママを実現させるプランとなっていたのだ。

「ずっと想っていました。あなたの夢をカタチにしたいと。私とあなたの夢が、カタチなるのを。あの空はトーゲさんとグリフさんの空です。けれど、あのマシンは、キルヒェンリートは私とグリフさんのマシンです。私とグリフさんの夢の翼だったんです」

 グリフがトーゲに熱く語っていた言葉の数々。まるで自分を見ているようだった。

 トーゲが空を見上げるのをやめても、そのぶんグリフは空に憧れ続けていたように。アニーだって負けてはいなかったのだ。

 アニーも全く同じ熱を、同じ夢を描き続けていたのだ。

 八年間、ずっと、同じ愛を共有していたのだ。

「あなたがクルビットターンを決めたあの瞬間、私たちの想いは、魂は、男女の愛よりも深いところで、確かに繋がっていたのです」

 熱っぽく語ってから、ふと冷静になる。

 いまのグリフの隣にはトーゲがいるのだ。

 復讐心から解放された彼女を再び刺激して、どうするつもりだ。 

 そう、自分は失恋しているのだ。八年前から分かっていたことだった。

「本当に大切なものは目には見えない……か」

 それはサン・テグジュペリの著作、星の王子様作中の文言だった。

 目には見えない胸の想いをキルヒェンリートという形にしてみせたアニーは何を想い、この文句を口にしたのだろうか。

「……削除」

 アニーは今しがた録画したメッセージの全てを削除したのだが。

 ただ一言だけ、未練を吹き込むことを自分に許したのだった。

「今から私は、銀青のキルヒェンリートの開発者として、空に理想を描いた技術士として、パイロットを経験した、あなた達にメッセージを残します」

 

 



 私たちの空に、無窮の愛を。

メタリックブルー/キルヒェンリート ~完~

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