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後悔の亡霊  作者: 後悔の亡霊
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嗚呼、心を満たしていくんだ、絶念の渦で。

多少誇張しました。

書きかけの原稿用紙を、無造作に力の限り押し固め、投げ捨てた。


転がった紙の球は、まさにごみ以外の何物でもない。


痒くもない頭を掻きむしると、自然と「自殺」の2文字が湧き上がってきた。


後ろに転がる「ごみ」は、あくまで趣味で書いていたものだ。だが、それでも、他になんにも出来ない私には、自分の作品に自信があった。

いや、そのくだらないプライドこそが私を追いやったと言えよう。


全くくだらない。ただ1つの特技さえ、世間のお眼鏡にはかなわないのだ。




先日、1冊の本を買った。私の、昔の同級生の書いたものらしい。彼女は高校の頃、自分と同じ文芸部に所属していた。いくらか賞を受賞したらしく、宣伝文句と共に平積みで置いてあるのを見た時、私の中で対抗心が頭をもたげた。


先述した通り、私は趣味でものを書いているが、いろんな所へ応募しても賞などひとつも取ったことない。


文芸部の頃にも、彼女の小説は優秀賞をいくつも取っていたのを覚えている。私はひとつも取れなかったから、いっそう記憶に鮮明だ。


暗くなった部屋に明かりを灯し、狭い自室に横になった。1人で暮らす寂しさも、この小さな部屋の中では何とか誤魔化せている。


膝を組み、横に置いていた本を拾い上げる。


非常に凝った装丁で、手に持った時の触り心地の良い単行本であった。


目次をめくるとするりと子気味の良い音がする。


だが、読み始めて数秒、自分は顔を顰めているのを感じた。


彼女は昔からそうだったが、言葉遣いが汚い。いや、汚いと言えば少し語弊がある。言葉を、軽んじるのだ。話すように書くのだ。

もちろんライトノベルと言うジャンルがあり、好きか嫌いかは置いといて、そういう小説のあり方があるのも認めていた。


しかしながら、小説として買った物がこの有様であることに絶望した。中途半端に難しい語彙を使い、ポエムチックな表現を交えつつ、話し言葉を主体に文が続いていく。

ひとりよがりで、気持ちの悪い書き方だ。

当時は高校生の書いたレベルならと納得していた。それがどうだ。世間からも名実ともに評価されるようになってもその作風は変わっていなかった。


自分は、文芸部の中では殊更「言葉遣い」というのに気を使って作品を作っていた。いくら物語が良くてもそれを表現する力が乏しければ、それはただの、作者の話し言葉で紡がれるひとりよがりなあらすじであろう。

そう、信じていた。


読み終えて本を閉じた時、自分は眉が曲がり、眉間の筋肉が拘縮してさえいる事に気がついた。


厄介なことに、物語だけは面白いと思ってしまったのだ。


本を置くと、長年使い続けた天井照明がまばたきをしていることに気がついた。



しばらくの間この感情は何か判断がつかず、消えないように必死に抵抗を繰り返す照明を眺めていた。


私は自分の作品へのプライド、殊更文章というのにこだわっていた。


それがどうだ。世間は文章なぞどうでも良い、ストーリーさえ良ければいいのだ、と言っているようなものだ。いや、正確に言えば、自分には書けない意外性はあるものの、その1点以外はヒットするに値しないでは無いか。


文章もどうで良い。物語も意外性さえあれば良い。


なまじほこりを持っていただけあり、その全てが否定された自分は激しい劣等感に苛まれた。


自分が見下していたものよりも、自分は劣っている。

これで正気でいれようものだろうか。


未だに良さが分からない。分かろうとしても到底理解出来ない。


負け惜しみではない。分からないのだ。


思えば学生の頃から、そんなものにすら劣ると突きつけられていたようなものだ。

もっと早く気がつくべきだったのだろう。



自分が、恐らく社会に馴染めないという事を。



最初こそ悔しさはあった。だが、読み終えた頃にはそんなものすら湧かなくなった。

自分とは違う文化圏で己の文化が評価されるはずも無い。いや、そもそも評価されるに値しないのかもしれない。

それでも自分はこの本が私より優れているとは全く思えなかった。


もはや自分の中にあるのは砕かれたプライドと、その向こうから姿を現した諦めだけであった。


今一度本を手に取り天井へ投げつけると、自分の顔に戻ってきた。


これ程満たされた気持ちと言うのも珍しかろう。


「嗚呼、心を満たしていくんだ、絶念の渦で」


1人しか居ないこぢんまりとした部屋で声が虚しく反響した。


そうして、天井照明の命が切れた。

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