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その2

 

「ねぇ、さっきからずっと何見てるの?」

「えっ!?あぁ……ゴメン、ゴメン……で……何だっけ?」

 友人にそう言われて百合は慌ててスマホをテーブルの上に置いた。


 夕食時のファミレスは平日にも関わらず多くの人々で賑わっている。

 四方八方から様々な音が飛び交うこの状況では、ファッション、恋愛、お悩み相談、元々あまり興味の無い話が益々頭の中に入ってこなくなる。


「だからーーーなのよーーーでねーーーそれがーーー」

「ーーー彼氏がーーーでーーー怒ってーーー」


 ……結構動画上がってたわね……島崎海か……


 同年代の子達とはスピードが全然違う……

 それに伴う足元の技術も……


 フリーでボールを受けたら確実に終わりね……

 他の子達が決して遅い訳じゃない……


 彼が速すぎる……

 とにかくあのスピードは次元が違いすぎる……


 彼を止めるには……きっと彼と同等の……


「また聞いてない!!!!」

「!!!!ご、ゴメン、ちょっと仕事の事で悩んじゃって……アハハ」

「アンタほんと考え事すると上の空なんだから!!」

「アハハ……気を付けます……」

 百合はシュンとしてアイスコーヒーに口を付けた。


 仕事帰りに同年代の友人達とファミレスでダラダラお喋り、飽きるまで。

 百合の年代の女性なら何の変哲もない普通の光景で、それが何よりも有意義な時間である筈だった。


 ただ、どうしても今の百合にはその時間すら煩わしかった。

 コーチを引き受けると決めた時からずっと胸の高鳴りが止まらない。


 どれだけの間自分に嘘をついてきたのだろう、やっぱり私はサッカーが大好きだ……


 冷めたポテトを一口かじりながら友人の中身の無い話に何となく相槌を打つ。


 あー、早く帰ってサッカーの事だけ考えたい……



「あの……ホントにその格好でいいの?」

 海は学生服からしっかりとサッカー部の練習着へ着替え、万全な態勢で颯太との勝負に臨もうとしていた。


 対する颯太はと言うと、

「ああ、格好で実力が変わるなんて偽物さ!!」

 学生服姿のままそう海に笑ってみせた。


「着替えた僕が馬鹿みたいなんだけど……」

「持ってきてないんだ、体操服!!」

「……あぁ、そう……ハハ……」


 ほんとマイペースな奴だな……

 まぁ靴は……運動靴みたいだけど……


 ……馬鹿なのかな?


「じゃあ大場さんのとこまでね」

 スターターの紘がそう言い夏海はおおよそ100m程離れた所でこちらに手を振っている。


 辺りが急に暗くなり始めた。

 夏の空はそういうもので、突如として今が夜だと告げてくる。


 見渡せど田んぼばかりで車もろくに通らない、年代物の外灯だけが夏海まで続く一本道を頼りなく照らしていた。


「君に勝って……俺は日本一早い男になる……」

「……その格好で言われてもな……まぁ敗けた時の言い訳にはなるね」

「言ってろ……今度は俺の背中を君に見せてやる!!」

 軽く体をほぐしながら二人の舌戦が始まった。


「本気で僕に勝てるつもりでいるみたいだね……1年間どんなトレーニングをしてきたのかは知らないけれど」

「1年間……長かったよ……この日をずっと俺は待ってた!!!!」

「ならその1年間は無駄な努力で終わ……」


 チリンチリンチリンチリンチリンチリン

『邪魔!!!!道路の真ん中で!!!!』


 睨み合う二人の間を、自転車に乗った主婦がベルをかき鳴らしながら通って行く。


「……」


 颯太、海、紘の三人は、自転車が通り過ぎていくのを黙ってじっと見送った。


「……小川君」

「!?……何?」

「僕は過去に君に勝ってる……それなのにもう一度勝負を受けてる……敗ける可能性だってあるのに……」

「うん、良い人だ!!ありがとう!!感謝してるよ!!」

「じゃなくて!!」


「じゃあ何ですか?」

「鈍いな……」


「……メリットが無いって事じゃないのかな?多分」

 紘が割って入った。


「そう、それだよ……僕が勝負を受けてる時点で君は得しかしてないだろ?それは僕から見たらフェアじゃない……君にも何かしらリスクを背負ってもらわないと」

「!!!!……そうか、言われれば君の言う通りだ、

 それなら俺はどうしたら良い!?」


 そう言われて海は少し考え込んだ。


「……そうだ!!じゃあもし僕が勝ったら大場さ」

「わかった!!!!」

「……え!?」

「わかったって言ったんだよ……もし……

 君が勝ったら……俺は……俺はもう二度と走らない!!!!それで良いな!!!!」


『!!!!』


「い、いやいや……そんな大袈裟なやつじゃなくてさ、もっと軽い感じのやつにしようよ!!ほら、大場さんとデートとか……」

「そうそう!!!!二度と走らないだなんてそれはちょっと重すぎるって!!!!」

 予想を遥かに越えた回答に、海も紘も取り乱しながら必死に颯太を説得した。


「全然スタートしないなぁ……」

 夏海がゴール地点を過ぎていく自転車を見送りながら呟いた。



「ハァー、君ホントに全然人の話聞かないな……じゃあもうそれでいいや!!!!……でも君が今後走る走らないは僕には一切関係無いからな!!!!」

「ああ!!そのくらいの覚悟は出来てる!!!!」

 折れない颯太に業を煮やして、最後にもう一度だけ確認すると海はクラウチングスタートの態勢を取った。


「えぇっ!?ほんと!?ほんとに良いの!?」

「だから良いって!!敗けなきゃ良いんだから!!」

「で、でも!!」


「彼が良いって言ってるんだ、やろうよ!!!!」

 どうにも踏み切れない紘を海が焚き付ける。


「うぅ……どうなっても知らないからな!!!!」

「おう!!!!」

 颯太も両手と片ヒザを地面に着け、その目をギュッと固く閉じた。


 颯太の脳裏にあの日の光景が色濃く甦ってくる。


 無い筈の声援が聞こえ、一気に胸が高鳴る……

 隣の海もまた同じだった。


 あの時、俺はスタート前にアイツの顔を見て……

 それで……

 スタートに失敗したんだ……


 今回は大丈夫……

 緊張だってそんなにしてない……


 最高の俺の走りを見せてやる!!!!



 今ハッキリ思い出した……

 あの時斉藤君に言われたっけ……


 もし……

 もし、こいつのスタートが上手くいっていたらって……


 証明してやる……

 どんな状況でも僕が敗ける筈ないって!!!!





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― 新着の感想 ―
[良い点] 小中学生特有の無鉄砲さや、根拠の薄い全能感などが青さを感じさせます。読んでいて恥ずかしさや懐かしさを思い出させます。 幼さと若さ、その勢いは良く思えました。 共感生羞恥が高い人は悶えるかと…
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