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すれ違いのバレンタイン  作者: 神村 結美
5/5

番外編 〜 Valentine's Day 2020〜

 2月ーー

 特設コーナーが店頭に設置され、甘い匂いが其処彼処(そこかしこ)から流れる季節がやってきた。


 智君と付き合って1年。



 高校3年生の今年も同じクラスになれなかったけれど、昨年に引き続き、2人とも図書委員になって、当番の時や昼休み、放課後を一緒に過ごした。


 春のお花見後、夏には浴衣を着て花火大会に行ったり、人気テーマパークでのデートもしたが、それ以外は、図書館や家で一緒に勉強をしただけ。


 今年は大学受験を控えているため、毎日、結構な時間を勉強に費やし、塾にも通った。



 2月といえば、センター試験や推薦入試の結果が出て、各大学の二次試験がある時期だ。


 智君は、バレンタイン当日は試験があり、それから2月末までは再び勉強の日々となるため、試験翌日の2月15日に会う約束をした。


 一緒にランチを食べて、気分転換と称したプチデートの予定である。待ち合わせは近所の公園。そこでチョコを渡してから、お店に向かうこととなった。




 当日、待ち合わせ場所の公園に、時間より少し早く着き、ベンチに座って智君を待つ。少し経ってから現れた智君の様子は、どこかおかしかった。


「智君、二次試験お疲れ様。……どうしたの? 昨日の試験、そんなに大変だったの?」


「いや……そんなことは」


 彼の返答はどうも歯切れが悪かったが、その後には何も続かなかった。もしかしたら、何か言いたくないことなのかもしれないと結論づけ、深くは追及せずに、チョコを渡すことにした。


「そっか。……あの、これ。バレンタインのチョコレート」


 智君が好きだと言っていたトリュフを作る事は前々から決めてあり、材料も揃えていた。

 昨日は、いとこに付き合ってもらい、ラッピング用品を探して、いくつかのお店を回り、イメージにピッタリのものが見つかった。


 夜にはトリュフと、いとこからリクエストがあったガトーショコラを作り、見た目の良いものを選んで箱に詰めながら、彼の喜んだリアクションを想像した。想像通りのリアクションを期待しながら、両手で紙袋を渡す。


「ありがとう。開けてもいい?」


「うん、もちろん」


 ベンチに座った智君が紙袋から箱を出して蓋を開ける。カップに1個ずつ入ったホワイトとミルクチョコのトリュフが合計で6個と、仕切りを挟んで、ガトーショコラが一切れ入っている。


「ガトーショコラ……」


 智君は、彼が好きなトリュフではなく、ガトーショコラに反応した。でも、眉を少し顰めているようだった。


「もしかして、ガトーショコラ、嫌いだった?」


「いや、嫌いとかじゃないよ。……ただ、なんで、ガトーショコラにしたのかなと思って」


「私のいとこがガトーショコラが大好きで、今回リクエストされたから作ったの」


「……他の男のリクエストで作って、俺にもくれたってこと?」


「えっ?! ち、違うよ!」


 訝しげな顔をしていた彼は、私の否定にも苛立った様子を見せ、怒りを抑えている様な声を出した。


「違わないよね? 昨日見たんだよ。試験終わって、最寄り駅の駅前まで戻ってきた時に、美織ちゃんを見かけたんだ。声を掛けようと近づいたら、一緒に居たやつが、美織ちゃんの手を引きながら、『ガトーショコラ作ってくれるんだよね、楽しみ』って言ってたのが聞こえた」


「そうだったんだ。でも、そのいとこ、(ハル)って名前なんだけどね、私達と同い年で受験のためにしばらく私の家に泊まりに来ていて」


「いいよ、聞きたくないよ」


 私の話を彼は遮った。

 このままでは、智君と喧嘩したままお別れになってしまうかもしれないと焦った私は、彼が何か発言や行動をするより早く、早口で真実を伝えた。


「違うの! 聞いて。ハルは女の子だよ!」


「……は? 女の子? いや、どう見ても女の子には見えなかった」


「ハルはかなりボーイッシュで、同性にモテるタイプの女の子なの。あ! そうだ、これ見て」



 私のスマホで写真共有アプリを開き、ハルの投稿を表示して智君に渡す。

 そこには、昨日、家族用に買った有名な高級バレンタインチョコを持った私と、黒のパーカーを着たハルが一緒に写っている。投稿日も昨日の日付だ。


 ハルは中性的な顔立ちをしているので、写真を見ても、智君はイマイチ納得が出来ていないようだった。


 昔からよく男の子に間違われているけど、本人がそれに慣れてしまって、あまり気にしていないらしい。必要な時はしっかりと訂正しているらしいが、彼女はここには居ない。だから、私はハルが女の子であることを示す別の写真を見せようと、智君からスマホを返してもらい操作する。



 別の投稿写真には、ハルが制服を着て友達と写っている。ハルはスタイルが良いので制服も似合う。しかも、その写真では、どう見ても女の子にしか見えない。彼も驚きを隠せないようで、気持ちが落ち着くまで少し待った。


「ホントだ……女の子、だったんだ。そっか……良かった」



 彼は、ようやくハルが女の子である事実に納得出来たようで、ホッとして肩の力を抜いた。でも、すぐに申し訳なさそうな表情に変わった。


「美織ちゃん。ごめん、勘違いして。完全な早とちりだし、君のいとこにも悪い発言だったよね……ゴメンね」


 ハルの性格を考えると、この話をしたら、怒るどころか爆笑しそうだ。でも、智君が勘違いをしてしまった一因は私にもある。


「ううん、私もいとこが泊まりに来てる事を事前に伝えておけば良かったのに、ゴメンね。ハルは良く性別間違えられるの知ってたのに……。今度、機会がある時にハルを紹介するね!」


「うん、ホントにごめん」


 智君が心から申し訳ないと思ってるのが伝わる。

 でも、私は、実はちょっと嬉しい。さっきまでの態度は、ハルが男の子だと思って嫉妬してくれてたって事だと思ったから。


「本当に気にしないでね。もし、逆の立場だったら、私も勘違いしちゃうと思うし。……あのね、トリュフなんだけど、今年初めて挑戦したんだ。前に智君が好きだって言ってたから」


「え? それでトリュフ作ってくれたの? ありがとう。嬉しい! あ、じゃあ、お昼食べたら、家に来ない? その時に食べるよ。だから、今はご飯行こう」


 智君は、チョコレートを仕舞って私の方を向くと、何の躊躇いもなく、私の手を取った。

 知らぬ間に勘違いされていたけど、誤解が解けて良かった。


 彼がチョコレートを仕舞う姿を見ていたら、ふと昨年のバレンタインのことを思い出した。私は智君の机の中にチョコを入れて彼からの返答を待った。智君は立野君宛のチョコレートかと思って、私に返そうとした。それを振られたと勘違いして、心が痛んだのだ。



 まさか今年も勘違いが発生するとは……。

 どちらも最終的には事無きを得ているけれど、また同じような勘違いが起こるかもしれない。


 お互いの考え方も捉え方も違うから、しっかりと思っている事を伝える事で勘違いを防げるし、それが私達には必要なんだと思った。でも、そうやってお互いの事をより知っていけるのは嬉しい。


 もし、大学が別々になったとして、今より会える時間が減ったとしても、絆が深まれば、今より近くに感じられるだろうと思って、顔を上げると、智君もちょうど私の方を向いたところで、どちらからともなく微笑み合って、駅前に向かった。





 ☆☆☆おまけ☆☆☆

 バレンタインデー当日の智視点 ↓


 第二志望の大学の試験は、バレンタイン当日にあった。手応えはあって、次の試験までは10日ほど空く。今更焦ることはなく、残りの日数もちゃんと勉強はするが、明日は久しぶりに美織ちゃんと過ごせる。


 明日会えるという嬉しさが増し、明日のことを考えながら帰宅している時、最寄り駅近くで、美織ちゃんを見かけた。声を掛けようと近づいたら、隣に人がいる事に気づいた。


 スラっとした体型に黒髪、中性的な顔立ちの人が、美織ちゃんに笑顔で話しかけていた。少し低めのハスキーボイスが俺の耳に届いた。


「ガトーショコラ、これから作ってくれんだよね? ホント楽しみ! 美織のお菓子はプロ並みだから」


「ハルはガトーショコラ好きだよね」


「美織が作るガトーショコラが好きなんだよ。だから、早く買い物終わらせて帰ろう」


 美織ちゃんに微笑みながら、そう告げると、彼女の手をギュッと握って手を引き、その場から離れていった。


 思わぬ光景を目撃した事でショックを受け、彼女に声も掛けられずに、しばらくその場で立ち尽くしていた。


 ……アレは誰だ? 美織ちゃんから、今日の予定については聞いていなかった。仲が良さそうに見えたが、そんな人物についても美織ちゃんから聞いたことはなかった。彼女に男兄弟はいない。


 黒のパーカーにスキニージーンズ、スニーカーという服装だったが、スタイリッシュに着こなしていた。オシャレで顔立ちも良く、モテそうだと思った。そんなやつと一緒に居た美織ちゃんも、とても楽しそうだったし、多分バレンタインの話をしていた。


 アイツにガトーショコラを作る……。

 もしかして、受験勉強に追われていて、あまり一緒に居られなかったから、俺に対しての気持ちが薄れてしまった、とか……? いや、そんな事はないと思う。でも、もしもの事を考えてしまう。


 試験でかなりの集中力を使って疲れていた俺は、まともに考えられず、ネガティブな思考も出てきていた。


 美織ちゃんに手作りのお菓子を頼み、手も繋いでいた。もし、ただの友達だったとしても、美織ちゃんの事を好きかもしれない。だから、油断は出来ない。

 美織ちゃんも楽しそうにしていたのが、すごく嫌だった。


 明日、美織ちゃんに会ったらアイツの事を聞こう。

 そう決意して、帰路についた。

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