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すれ違いのバレンタイン  作者: 神村 結美
1/5

前編 〜Side 美織 〜

 今日はバレンタインーー

 少しだけ勇気を出して、彼に渡そうと思って用意したチョコレート。


 直接渡すのは緊張しすぎて無理だから、朝早くに学校に来て、彼の机の中の奥の方に入れた。自分の苗字を裏に小さく書いた封筒に、『好きです』と書いたハート型のメッセージカードを入れて、チョコの包装紙にテープで止めた。


 私、篠崎美織しのざきみおりの一世一代の勇気を振り絞った告白だ。同じ図書委員で隣のクラスの吉川智よしかわさとる君とは、1年の時同じクラスで、高校2年生の今年は同じ委員会メンバーという接点しかない。



 基本的に真面目な上、人見知りをする私は、休み時間も本を読んで過ごす事が圧倒的に多い。唯一、同じく本が好きな幼馴染の鈴木唯すずきゆいちゃんとなら気負わずに話すことが出来る。だから、同じクラスだった1年の時も吉川君と話した事は、ほんの数回だけで、私の名前を知ってるかもわからないぐらいの短い会話ばかりだった。


 そのため、吉川君はずっとクラスメイトの1人という立ち位置だった。あの桜が満開に咲き誇る1年の終わり頃まではーー。



 登校時の満員電車で貧血により気分が悪くなってしまい、何とか学校の最寄駅に着いたが、フラフラな状態で電車を降りようとした時、横から誰かが支えるように私の二の腕を掴んだ。すぐに、「大丈夫か?」と声をかけられた。意識が少し朦朧としつつも、その人物を確認しようと顔を上げたら、同じクラスの吉川君だった。


 そのまま吉川君に支えられ、ゆっくりと駅のホームにあるベンチまで連れて行かれた。


 吉川君は、身長が平均より高めで程よい体型をしていて、私よりも15cm以上高いと思う。だから、私を支えながら歩いていても安定感があった。誰にでも優しいという話はクラスメイトが話していたのを聞いたことがあり、友達が多いらしい。困っている人がいると手助けするタイプなのか、私をベンチに座らせると「ちょっと待ってて」と言い残して、どこかに行ってしまった。


 目を開けていると視界が歪むから、少しでも気分が良くなるようにと目を瞑った。電車が去っていく音や同じ学校の生徒達が挨拶したり、たわいない話をしながら学校に向かう音がぼんやりと耳に聞こえる。


 実際はどのくらい時間が経っていたかわからないが、ふと、ヒヤリとした何かがおでこに当たった。

 ビックリして、目を開けると、濡れたハンカチを当てるためか、少ししゃがんでいた吉川君が目の前に居た。


 奥二重でスッキリとした目元、日本人らしく彫りは浅めで、いわゆる『しょうゆ顔』に分類されるだろう。普段は良い人である雰囲気が全面的に出ていて、気づかれ難いのかもしれないが、近くでよく見ると、顔のバランスは整っており、一般的にイケメンと分類される中に入るのではないかと思う。そんな顔が近くにあったため、より驚いてしまった。


「あ、ごめん、驚かせた? 満員電車で気分が悪くなったんだろうと思って、スッキリする様にハンカチ濡らしてきたんだけど……あと、これ」


 水とオレンジジュースのペットボトルをそれぞれ私の隣に置いた。


「なんか、気持ち悪い時には柑橘系が良いとか聞いたことあった気がするけど、もしかしたら、水の方が良いかもと思って、両方買ってきたから、飲んで」


「あ、あの、色々とありがとう」


「いいよ、気にしないで。早く良くなるといいね」


 そう言って、吉川君は私の隣に座った。電車を降りる時よりは幾分か体調が良くなった私は、お言葉に甘えて、買ってきてくれた水を少し飲んだ。


 そういえば、吉川君は隣に座ったが、登校時間は大丈夫なのだろうかと思って、口を開いた。


「あ、あの、学校は……?」


「あぁ、ちゃんと連絡しといたから大丈夫だよ。篠崎さんが駅で体調崩してたから、良くなったら一緒に向かうって。でも、もし、学校行くの無理そうなら、家まで付き添うって言っといたから、気にしないで、もう少し休んで。もし、ツライなら、俺に寄りかかってもいいよ」


 すごく優しい人だなと思った。

 皆が素通りする中、彼は私の体調不良に気づいて支えてベンチまで連れていってくれただけでなく、色々と気遣ってくれた。友達ではなく、あまり話しもしないただのクラスメイトなのに、私の事を心配してくれたのが、胸にジンときた。だから、吉川君が名前を知っていてくれたのも嬉しいと感じた。


 気を遣って言ってくれた言葉は嬉しいけど、男子の肩に寄りかかるのは流石に恥ずかしいと思って、「ありがとう、しばらく目を瞑ってれば大丈夫になると思う」と告げて、目を閉じた。


 しばらく休んで、体調が良くなったので学校に向かうと告げると、教室まで荷物を持ってくれた。


 その日から、私の中で吉川君は特別になった。


 そこから仲良くなれるかもしれないと思ったけど、あと数日で春休みというタイミングだった上、2年は別のクラスになってしまった。


 もう遠くから見てるだけしか出来ないかと思ったが、同じ図書委員となり、1年の時よりは話せるようになった。時が経つに連れ、最初は挨拶だけだったのが、お互いの趣味の話、お勧めの本の話、テストや受験勉強の話と話題が広がっていった。


 図書室で2人きりの空間や、とても嬉しそうな笑顔を向けられた時は、すごくドキドキした。距離が近い時は、心臓が早鐘を打っているのを気付かれないかヒヤヒヤした。


 2学期になって、唯ちゃんに彼氏ができ、私達の間で、恋話もするようになった。そして、バレンタイン前に、唯ちゃんから誘われて一緒にチョコレートを作ることになった。



 最初は、吉川君に本命チョコを渡して告白する事は考えてなかった。でも、来年は受験もあり、高校を卒業したら、会うことも出来なくなるんだから、告白した方が良いと唯ちゃんに説得された。2年でクラスが別になってしまった時の事を思い出し、後悔しないように勇気を振り絞ることを決意した。





 朝、彼の机にチョコレートを入れてから、どの休み時間も気が気じゃなかった。いつ彼がやってくるのか、何て言われるのかハラハラしながら、1日を過ごしていた。

 メッセージを読んだ彼のリアクションを良い方にも悪い方にも何度も想像した。



 ーーそして、放課後。

 委員の当番で図書室にいると、吉川君がやってきた。


「篠崎さん」


 吉川君に声をかけられて緊張感が高まったが、平静を装うことを意識して彼を見つめる。


「あの……これ、返す」


 そう言って、私が今朝彼の机の中に入れたチョコレートを差し出された。

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