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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第五章 親と子と厄災の行方

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80 新しい命、新しい厄災

 街を出る前に、兄と姉に向けて祝いの酒と花を実家宛てに届けてもらうよう手配した。もちろん、名は伏せて。

 それで報酬をほぼ使い切って、ビヒトはさっぱりした気分になった。

 それから一度パエニンスラまで戻って、フルグルを預けておく。大きな所の方がトラブルがあった時に対処が早いからだ。普通に駆ける彼女にビヒトの方がハラハラしながらの道中だった。

 預けたその場で別の竜馬を借りようとして、大暴れされたのは笑い話。結局、冬の間は遠出は避けて、近場で新しい武器(あいぼう)との仲を深めていた。


 春に無事に子が産まれ、授乳期間も終えてフルグルが完全復帰したのは次の秋だった。ブランクもなんのその、大いにはしゃいでいたのは言うまでもないことだろう。

 ヴァルムからの要請でいくつか大きな仕事を一緒にこなしたりしているうちに、帝都やパエニンスラの一部で不思議な技を使う者がいると囁かれ始める。ぽつぽつと単独の指名の仕事が入ってくるようになったのも、この時期だった。

 日々を追っているうちに年は明けて暮れる。

 ある日、ふと数えると、二度目にアレイアを出てから六年が経とうとしていた。



 ◇ ◆ ◇



 その春にも、フルグルは子を産んでいた。

 三度目の出産。やはりパエニンスラで、もうすっかり母親が板に付いていた。少々心配だったのは、双子だったからか体力の回復が今までよりも遅いこと。厩務員は「たぶん、歳も歳だからなぁ」なんて笑う。しっかり食べているし、乳も出ている。無理さえしなけりゃ問題無いと請け負ってくれたのが心強かった。

 子供達はと言えば、心配無用とばかりに乳を奪い合っていて、厩務員は、横になったままうつらうつらとする母親に救いの手を差し伸べる。調整乳の入った哺乳瓶をビヒトに渡すと、必死な子供を指差した。


「ほら、一匹手伝ってやれ。少しだが、楽になるだろ」


 厩務員が引き離した子の口元に哺乳瓶の乳首を近づけると、夢中でむしゃぶりついてくる。そのまま腕まで食われそうな勢いだなと笑うビヒトを、フルグルはとろりとした目で見つめていた。

 昼は腕まくりしたくなるほど気温が上がるようになって、フルグルも大分調子が戻ってきた頃、やはり厩舎を訪ねていた時にその一報は入ってきた。


 いつも持ち歩いている小物入れの中で魔力が瞬いた。

 ヴァルムだなと、今どの辺りにいるんだったかとビヒトは頭の中の地図を広げる。

 フルグルのお産を一緒にそわそわと待っていたのだが、産まれる直前に領主から頼まれたと出掛けてしまっていたのだ。

 確か、海の方へ行くと言っていた。戻ってこないのは、肉が恋しくなってどこかに足を延ばしてしまったのかと思っていたのだが。

 少し呑気に、歩きながら通信具を取り出す。ちかちか光る石を叩きつけると、思ったよりも真面目な声が辺りに響いた。


 ――ビヒト、港に来い。


 ざっと、ビヒトに視線が集まった。厩務員も、竜馬たちも、一斉に。


「すぐ行く」


 返事を返すと、馬房から竜馬が一頭、柵を飛び越えてビヒトに近付いてきた。

 フルグルに視線を向けると、不機嫌そうな顔をしたものの、もう暴れるようなことは無かった。ビヒトに近付いたのが、自分の息子だったからかもしれない。


「いいか?」


 一応確認すると、厩務員はひらひらと手を振った。

 駄目と言ったって、その竜馬が勝手についていくのを分かっているのだ。それに、彼が今ここで、間違いなく一番速い竜馬だった。

 ビヒトは早足で厩舎を出て、足を止めることなく竜馬に飛び乗る。


「ウヌス、遠慮なく頼む」


 声をかけると、ウヌスはクルルルと高い声で応えた。




 パエニンスラで港と言えば二ヶ所しかない。一つは半島唯一の玄関口、ポルトゥス。そして、大陸側の歴史ある街、プハロス。帝国との交易にも欠かせない要所だが、港とはおそらくそこのことだろう。

 ヴァルムからの命令調の通信は珍しかった。短いのはいつものことだが、それでもいつもなら「来ないか?」とか、「暇か?」とか、確認が入る。声の微妙な緊張感に、厩務員たちも竜馬たちも異常を感じたのだ。

 馬車なら一日がかりのところだが、休憩を入れずに走れば陽のあるうちに着ける。若い竜馬の脚を信じて、ビヒトは腰を浮かせてひた走った。


 ウヌスは期待通り明かりのつく前にプハロスに入り、港まで一気に駆け抜けた。

 ビヒトの背中で跳ねる、後ろで一本に括った髪の後れ毛が、汗で首筋に張り付いていた。

 岸壁に並ぶ漁師なのか、冒険者なのか、屈強な男たちへと、ウヌスを飛び下りて駆け寄りながらビヒトは叫んだ。


「ヴァルムを知らないか」


 カラカラの喉は張りついて、がさがさと掠れた音になったけれど、男たちは振り向いて桟橋の先を指差した。


「あんたがビヒトか? あそこでずっと待ってる」


 厳めしい顔はどれも顰められていた。中には不安げに足を細かく揺らしている者もいる。

 礼を言いながら桟橋へと回り込み、木製の板の上を走り始めると、皆とヴァルムが何を見ているのかようやくビヒトにも分かった。

 海上に薄灰色の物が浮かんでいるのが見える。距離がかなりあるので何かはよく判らないが、帝国側の船が距離をとって警戒しているのも見て取れた。

 湾の中に線が引いてある訳ではないのだが、その物体が帝国寄りにあることは間違いない。

 ビヒトが来たことも分かっているだろうに、ヴァルムはそれから目を離さなかった。


「ヴァルム! あれは? あれが、呼んだ理由か?」

「早かったな。まあ、息を整えろ」


 ヴァルムはビヒトを見ぬまま水筒を差し出し、それを軽く振った。

 遠慮なく受け取って、咽喉を潤す。口元を拭って大きく息を吐き出すと、ヴァルムが説明を始めた。


「初めはな、帝国の船が怪しい動きをしとるっていうんで、念の為の警戒でここに留まっとったのよ」

「攻め込まれそう、とか、そういうことか?」

「そこまではな。あからさまじゃねえんだが。軍事演習っちゅう名目で、船から砲弾を発射したりするから、巡視の数増やしたり、海兵の待機増やしたりして様子を見てた」


 ビヒトが目を細めて帝国側の船をよく見ると、確かに船体横に砲のような物が見える。


「そのうち、やつらは外海へと出て行ったんだ。半島を回り込んでフェリカウダの方へ抜けられたら厄介だ。だから、最初はお前さんにそっちに行ってもらおうかと思っとったんだが……」

「ヴァルム。俺は別にパエニンスラに腰を落ち着けたつもりはないぞ」

「解っとる。後でちゃんと依頼通すつもりだった」


 ヴァルムは軽く肩を竦めたが、ビヒトも断るつもりで言った訳じゃない。今だって問答無用で駆けつけてるのだ。帝国とフェリカウダ(というよりは、パエニンスラにだが)、どちらにつくかと問われれば迷うまでもない。

 それでも、普段からパエニンスラに肩入れしていると言われるのは避けたくて、ビヒトは出来るだけ周囲の街や国を渡り歩いて依頼を受けていた。帝国での仕事も、もちろん請け負っている。


「まぁ、二日ほどでぼろぼろになって引き返してきたんだがな。五隻出て行って戻ってきたのは三隻。しばらく修理や整備に明け暮れて、様子見だったのか一隻が先行して湾を出て……次の日にはバラバラになった船体が戻ってきた」

「……戻って?」

「潮流にのって、な。帝国側がそれを回収に動く前にヤツが湾の入口に現れた」


 ヴァルムは波間に揺らぐ薄灰色の塊を指差す。


「まずいと思ったんだろう。残りの二隻と、漁船に武器を積んで外海に追い払おうと向かって行ったが、そこでまた一隻やられて、逆に誘い込む形になっちまった。湾の中は食料も豊富で、他にデカい生き物も多くねえ。じりじりと中に入って来て、あの位置だ。船は()()が詰まってると学習したらしい。近付けばすぐに攻撃の手が伸びる。時々、流れ弾がこっちに向かってくるんだ。魔力は帯びてるが、魔法じゃねえ。斬っても消えねぇし、弾こうとすればかなり重い。さすがにちと疲れた。しばらく変わってくれ。そう頻繁じゃねえんだが、いつ来るかわからん」

「なんだ。いいぞ休んで来い。どのくらいそうしてるんだ?」

「三日くれぇかな?」


 首を傾げるヴァルムに、ビヒトはぎょっとして頭を抱えた。


「……もっと早く呼べ」

「こんなに膠着するとは思わなんでな。立ったままでも仮眠は取っとったぞ。そろそろ魔術師たちが港の護りの補強を終えてくれるはずだし……」

「わかった。いいから、食って寝て来い!」


 ビヒトがヴァルムの臀部を蹴りあげると、ようやくヴァルムは薄灰色の物体から視線を外して表情を崩した。

 ヴァルムの立っていた位置でビヒトが彼と同じように視線を向けた時、薄灰色の物体がぼこりと蠢いた。内側に大量の空気を吹き込まれたように、見えている表面が一回り大きく膨らむ。

 ビヒトは短剣を手に構え、物体を睨みつける。桟橋を戻りかけたヴァルムも振り返っていた。

 海の中から太い管のような物がせり上がり、何かを探すように向きを変える。やがて、うねうねと動く管の中で、球状に固まった何かが連なって管の先へと移動し、勢いよく周囲へと吐き出され始めた。

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