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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第四章 古代遺跡の遺物

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69 戦利品

 ヴァルムはうつぶせに倒れた魔猿の肩と片腕を踏みつけて、もう一方の手も拘束する。暴れ出さないうちにと、ビヒトもその体に足をかけ、背中に刺さっていた物を引き抜いた。

 ギャオ、と痛みに叫び、跳ねようとする体をヴァルムは押さえきる。ビヒトの手元を見て、彼はそのまま黙って視線を上げた。

 ビヒトの手の中にあるのは大ぶりの短剣。剣というには少し短いくらいのもの。白っぽい刃はヴァルムの剣と同じような雰囲気があった。

 無言の催促に、ビヒトは間を空けずそれを両手で掴んで魔猿の首の後ろへと振り下ろす。

 骨にぶつかる抵抗を見越して力いっぱい振り下ろしたのだが、刃先はゼリーに潜り込むかのように肉に滑り込み、そのままほとんど抵抗もなく床まで貫通した。お陰でビヒトはバランスを崩して前につんのめってしまう。


「何やっちょる」


 肩を支えられ、バツの悪さに舌打ちが出る。


「いや……骨に当たると思って……こんなに切れると思わなかった」


 断末魔を上げる間もなく、こと切れた魔猿の首から短剣を抜くと、ビヒトはそれをしげしげと眺めた。

 シンプルな柄には革のような物が巻かれていて、それが手に吸い付くようにしっくりと納まる。刃の付け根は太く、先に行くほど鋭くなっていき、刺すのも斬りつけるのも出来る造りになっていた。境目の(キヨン)は刃幅よりも少し出るくらいで、端は剣先の方へと湾曲している。彫り込まれた模様が鳥の翼のように見えなくもない。

 投げ出していた自分の剣を拾ってから、ヴァルムも短剣を覗き込んだ。


()()にあったもんかもな。なんとなく、似とる」


 それから隣の檻の中の白骨に目を向けると、扉から出て回り込んで行った。隣の扉に手をかけたものの、がしゃがしゃと音を立てる扉は開かなかった。

 ぐるりと床を見渡して、さらに奥の方まで進んでから、ヴァルムは何かを拾い上げた。

 戻って鍵を開けると、中に入って白骨の固まっている辺りを調べ始める。


「何か探してるのか?」


 曲げられた格子の間から入り込もうとしたビヒトをヴァルムは止める。


「こっちはいいから、額の石を取れ。その後でお前さんの背中の空きに、酒のストックを入れといてくれ」

「酒? もっと入れる物あるだろう」


 呆れながらも酒の入った水筒を拾ってやる。ついでに魔道具と着替えも。食料は踏まれて潰されたりしてしまったので諦めた方がいいだろう。


「……この辺で戻ろうか」


 荷物を纏めながらビヒトがそう言うと、「そうだな」と返ってきた。


「無理する必要もねえ。遺跡の雰囲気は解ったろう? 土産も手に入ったしな。二の舞にならんうちに撤退だ」


 魔猿の額から石を抉り出して、ようやく檻の外に出るとヴァルムが待っていた。

 その手には鎖に通された銀色のプレートが揺れている。


「それ……」

「家族が、いるかもしれねえからな。冒険者組合(ギルド)に届けておく」


 明日は我が身、かもしれない。せめて地上へ。光の届く世界へ。

 ヴァルムはそれを腰の鞄に入れようか迷って、結局自分の首にかけた。一番失くさねえ、なんて笑って。


「ほら、これもしまっとけ」


 ビヒトが黄色の魔石を差し出すと、ヴァルムはきょとんとそれを見返した。


「おめえさんがしまっときゃいい」

「俺はほとんど何もしてない」

「律儀だなぁ。きっちりとどめをさしただろうよ。ここまで来るのに明かりと相応の安全を魔力で提供したろう? その短剣と、石と、懐にしまっときゃええ。わしはハテックの分もいただいとるし」

「剣は……ヴァルムがいらないならもらいたい。俺のは折られちまったから」


 大仰に頷いて、それ以上は終いとばかりにヴァルムは背を向けた。


「おう。わしはちまちましたのは好かん。丁度ええ」


 石も受け取る気がないと態度で示されて、ビヒトは納得できないまでも、それ以上食い下がることも諦めた。器も、経験も、違い過ぎる。

 腰の小物入れに石を放り込み、鞘の無い短剣はそのままベルトに差し込んでおく。

 小さく息をつくと頭を切り替えた。


「出口、分かるのか? そもそも、なんで戻ってきた? いや、助かったんだが」

「階段下りたら、先の通路が閉まっとって進めんかったのよ。もう一度西側に戻ろうか迷ったんだが、猿の叫び声は聞こえるし、罠のある通路を戻るより、あそこを下りて猿を何とかした方が早ぇと思って。あんな狭ぇとは思ってなかったが」

「よく剣を手放そうと思ったな。()()を曲げるんだぞ?」


 冷やりとした金属の格子を掴んでみるも、ビヒトでは揺すって音を立てることも出来なかった。

 ヴァルムは少し行った先にある金網に囲まれた小さな空間を覗き込みながら、少し首を傾げた。


「ん? だいぶ、弱って痩せてたじゃねぇか。あの様子だと、魔力もかなり減っとったんじゃねえかな? 食いたい一心で温存してたのも使ったんだろう」


 ヴァルムの見上げる先をビヒトも見上げる。四角く区切られた金網は太い柱のように天井まで伸びていて、途中、中二階と呼ぶような場所に、やはり金網の足場が広がっていた。

 その周りをヴァルムがぐるりと一回りして、ビヒトを呼ぶ。

 柱の、檻とは逆向かい、フロアの中心辺りに白っぽい大きな柱があって、両開き戸の扉がついていた。それと向かい合う形で金網の柱にも同じような引き戸がある。

 魔力を流しても白い柱の方は開かなかったけれど、金網の方の扉は開いた。中は三人程度でいっぱいになるくらいの空間で、ヴァルムは躊躇なく乗り込んでいく。


「使ったって……魔法は明かり以外発動しないぞ? 魔力の動きも特に感じなかった」


 外でヴァルムが出てくるのを待っていたビヒトに、彼は乗れと手招きする。


「魔法じゃねえよ。魔獣が一般の獣より厄介なのは、豊富な魔力で筋力を強化したりするからだ。癒しの話を聞いたら、そう考えた方がしっくりくる。あいつらは本能で使うから、わしらよりずっと上手いだろうよ」


 狭い空間に足を踏み入れながら、ビヒトは驚いて今聞いたことを反芻する。


「そんな、ことが? まさか、ヴァルムも?」

「自覚はあまりねえんだが、やっとるんじゃねえかな。お前さんの軽業師みたいなのは違うのか?」

「違う」


 と、思う。内側の魔力をそういう風に意識したことはなかった。

 自分は何を学んできたのだろうと、眩暈のする思いがよぎる。体力も魔力も体の維持に必要なものだと知っていたはずなのに。

 後ろで扉が閉まっても、黙ってヴァルムを見ているビヒトの額を、彼は指で弾いた。


「惚れんなよ。ほれ、動かせ」


 指をさされて、ビヒトは振り返った。

 角に床から伸びる支柱が立っていて、そこに小さな魔法陣が二つ並んでいる。それぞれに『上』『下』と書かれていた。

 誰が惚れるか、と口の中で呟きながら『上』に魔力を流す。来る衝撃に身構えると、ゆっくりと床がせり上がった。


「馬鹿力の理由が分かった。参考にさせてもらう」

「知っとるかと思ったんだがなぁ。魔術師は、魔法にしか興味がねえんだな」

「今度帰ったら、聞いとく」


 痛いところを突かれて、憮然と返せば、ヴァルムが意外そうな視線を寄越したのが感じられた。

 ちょうど金網の足場のところで停止して、扉が開く。


「帰る気になったのか」

「図書館で見つけた写しの原本が家にあるかもしれない。見せてもらえるかは分からないが、黙って諦めるのも癪に障る」


 先に降りたビヒトだったが、すぐに足を止める。フロアの西側は明かりが届いていなくて薄暗い。足元の金網の隙間からは檻の中の様子がよく見えた。ビヒトが落ちた檻の並びに三つ、フロア中央の白い柱の両隣に二つずつ並び、中央の並びの檻は金網で蓋をされているような形になっていた。

 追って降りてきたヴァルムもぐるりと見渡している。


「その、中央の柱も昇降機だろうな。動物か魔獣かを管理してたっぽい」

「それで、上の階の罠がきつめなのか」


 何かあれば閉鎖できる造りは、侵入より脱走を警戒してのものだろう。


「さて、西側の階段は南と北と二ヶ所にある。どうする? 上の階だけでも、もう少し見ておくか?」


 ヴァルムもさすがに魔猿の死体を持って上がろうとはしなかった。来た道が必ずしも安全とは限らない。ビヒトが()()()()ことによって、動物たちも潜り込みやすくなったかもしれない。

 しばし考えて、ビヒトは首を縦に振った。

 階段を戻るだけなら七階分などすぐだ。あの、奥の部屋は諦めるとしても、他の部屋があれば調べてみたい。

 方針が決まると、二人は南側の階段へと向かった。

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