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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第四章 古代遺跡の遺物

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65 地下三階

 階段を下り、明かりを点けると通路の先にがらんとした空間を感じた。心なしか空気もひんやりとしている。

 通路を進むと一気に目の前が開けた。まず目に入ったのは、緩やかにカーブした壁の巨大な壁画。何種類かの動物が描かれているようだ。

 近づいて良く見ようとして、床に巨大な魔法陣があるのに気が付いて足を止める。

 ビヒトがヴァルムを見上げると、ヴァルムは少し肩を竦めた。


「多分、大丈夫だ。これは歩いているだけで反応したことはねえ」


 罠ならば隠すだろう、という心理の裏をついて設置する場合もある。油断は出来ないが、ヴァルムの勘を信じるなら、見かけの効果を読む分には危険はなさそうだ。

 ビヒトは頷いて陣の上に慎重に足を乗せた。

 ぽぅ、と陣自体がほのかに光る。


「以前も光ったか?」

「いんや。暗い中でそんだけ光ってくれりゃあ、楽だったんだがなぁ」


 ビヒトはざっと自分の足元を見渡して、そのまま陣の中心へと向かった。


「当たり前だが、古い言葉だな。なんとなくしか解らん」


 陣の中心は光の絵文字だった。それを他の四つの絵文字が囲むように配置されている。


「全部、ぶち込まれてる? ……これ、は」

「ビヒト」


 見慣れない絵文字に気をとられた時、ヴァルムが彼を呼んで剣で壁画を指した。

 ビヒトが剣の先に視線を移せば、そこには稲光を落とす雲と、蛇のように長い体躯に角と(たてがみ)を携え、短い手足の付いた生き物が見えた。周囲には羽の生えたトカゲのような生き物もいる。

 羽の生えたトカゲのような生き物は、ビヒトも知る伝説上の生き物に似ていた。

 いわんや「竜」と呼ばれるもの。


 もっとよく見ようと無意識に踏み出した足が、絵文字の一つの上に乗った。

 とたん、赤い光が陣の四分の一を染めた。ぎょっとして動きを止めたビヒトの目の前で、赤い光が収束し、壁画の左端の方へと向かった。床に置かれたケースのようなものに当たると、そこから壁画に向かって光が拡散していく。

 ちょうど、竜のようなものが描かれた場所の左側一面を赤く染めた光は、ゆらゆらと揺れて燃えているかのように見えた。


 赤く照らし出された場所には、燃え盛る炎と大きな鳥のような生き物が描かれていた。

 頭頂に長い冠羽をいくつか生やして、長い尾もその翼も燃えているように見える。周囲には鳥や獅子のような動物もいた。

 ビヒトが足元を確認すると、炎を表す絵文字が見える。

 小さく息をついて、右の方に見える風の絵文字へと足を進めた。ビヒトが移動すると赤い光は淡く拡散して消え、風の絵文字の上に着くと、今度は緑の光が陣の四分の一を埋めた。

 収束する光は壁画の右端へと走り、渦巻く風を映し出した。

 描かれているのは大鷲。周囲には鳥、豹、サソリなんかがいるようだ。


 大きな陣をなんとなく理解して、ビヒトは光が向かった先へ、つまり壁画へと近づいた。

 四角いケースに囲まれた中にまた魔法陣でもあるのかと思ってのことだったが、緑の光が向かった先にあったのは手のひら大の緑色の石だった。

 大きさもだが、その透き通る色に感動する。値段などつけられないに違いない。

 盗まれもせずここにあり続けているということは、余程の防犯機能があるに違いない。床の色が壁画に近いほど暗いような気がして、ビヒトは思わず一歩後退った。


 風の隣は水。水色の石の設置された部分の壁画は、海から顔を出した巨大な首の長い海獣と蛇や魚だった。

 そのまた隣、壁画の中央は黄色の石で光。陽を背に、翼を持った馬の周囲に鬣の生えた蛇のような生き物や猿などが描かれていた。

 炎の壁画の方から同じように歩いてきたヴァルムと光の壁画の前で並ぶ。


「石は触らねえ方がいいと思うぞ」

「ヴァルムもそう思うか」


 ケースに入っているので、つまりそれをどうにかしようとするのは危険ということだ。

 ビヒトがヴァルムの剣に手を伸ばすと、気付いたヴァルムが軽く差し出してくれた。

 見えている魔法陣は床の大きなものだけだが、石の周囲、壁画にも隠された陣を感じる。


「怖い感じだな。見学だけにしておこう」


 口の端を少しだけ上げたビヒトの顔を見て、ヴァルムも少し笑った。


「カンテラの明かりだけだと、全体は見えんかったからな。これも面白えな」

「どう見る?」

「主と、眷属」


 迷いない答えに、そう言い切れることを少し羨ましく思う。


「見たこともないような生き物もいるが」

「昔はいたんだろう。滅んでしまえば、眷属の中の力ある者が継いでる。そういうことだ。鳥あたりは住んでる場所なんかで(あるじ)が違ったりするのかもなぁ。複数の属性を持っているなら、そういうこともあるだろう」

「力があっても、滅ぶのか」

「じっと眠ってるだけのヤツもいるかもしれねえがな。ほら、誰だかが、(ことわり)を乱したんだろう? 環境が変われば暮らせなくなるヤツもいる」


 ビヒトは遠慮がちに雷の描かれた壁画の前に立った。

 足元のケースには赤紫の石。この石だけ透明度が低い代わりに表面に六方星型の白い光が浮かんで見える。


「留められないんじゃないのか」


 透き通ってなくとも、その美しさに心震える。


「普通の石には留められないんだろう。ここにあるのは、きっと(ヌシ)の額にあった物だ」


 内側から結晶して大きくなった。主の生きた証。


「これだけ集めるなんて……」

人間(ヒト)も昔は眷属の一部だったのかもなぁ。ここには描かれないくらい末方(すえかた)だったんだろうが」


 そうか。と、不意にビヒトは納得した。

 主が護るのも怒るのも、そういう繋がりがあったからなのかと。我々が忘れ去っても、魔力を使える者が減っても、理はそこにあり続けるのだ。

 同時に震える。その理を乱した者。生態系まで大きく崩したかもしれない罪。

 それは、許されるものだろうか。

 雷の魔法だけではない。もしかして、いつか、全ての魔法が取り上げられたりするのではないのか。人が気付かないところで。


 赤紫の美しい石は、ビヒトを睨む冷たい瞳のようにも見えた。


「大丈夫か?」


 ヴァルムの視線に気づいて、顔を上げる。ビヒトが疑問の表情を浮かべると、ヴァルムは肩を竦めた。


「顔色が悪ぃ。使()()()()じゃねえか」

「ああ……いや……」


 大丈夫と言いかけたビヒトの前に手のひらを突きつけてそれを遮り、ヴァルムは続けた。


「キリもいい。今日はここまでにしよう。この下からは体調も万全の方がええ。そのドアが開けばそこに。開かなければひとつ上に戻ろう」


 広い部屋の北側のドアを指すヴァルムの言葉にビヒトは従うことにする。体調は悪くはなかったが、気持ちはざわついていた。

 『資料室』と古語で書かれたドアは、あっさりと開いた。特に危ないものや仕掛けがないことを確かめて、腰を落ち着ける。ドアを閉じて内鍵を閉めてしまえば、野営の何倍も安全だった。


「どうせ、朝か晩かもよく分からねえ。適当に休んで起きたら出発でいいだろう」


 同意を示したビヒトだったが、すぐには眠れなくて部屋の中をくまなく見て歩いた。奥の棚の低い場所に木の皮を綴ったような物が残っていて、ヴァルムと頭を突き合せて長い間解読していた。

 結局、職員の日誌のような物じゃないかと結論付けたが、数人で使っていたのか、余白に伝言の形で喧嘩していたりして、それが解ると急に力が抜けた。

 二人でひとしきり笑って、毛布に身をくるむと、やがて世界は柔らかい闇に包まれた。

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