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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第三章 賑やかな華の帝都

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50/111

50 嵐

「ラッドはどうするんだ?」


 ビヒトが声をかけたとき、工房のドアが勢いよく開いた。

 ぎょっとしたマリベルの顔が、すぐに顰められる。青い制服に赤いマント。帝都の騎士の格好で軽薄そうな顔をした男は、胸に手を当てて大げさに息をついてみせた。


「ああ、良かった。根を詰め過ぎて、倒れているんじゃないかと心配したんだよ。どうしていたんだい?」

「あのね。見ればわかるでしょう? 接客中なんです。その格好、まさか仕事中? 元気ですから、放っておいて!」

「……客?」


 ようやく気付いたというようにその場を見渡して、男はセルヴァティオの手元に目を留め、ラディウスに少し首を傾げてからヴァルムを見てぎょっとした。


「これは……高名な冒険者様がお客とは……マリベル。作品を壊されないように気をお付け。君の言うように仕事中だからね。もう行くが、買ってくれるというなら沢山売りつけて、仕事などしなくてもいいようにしてしまえばいい。また来るよ」

「来なくていいから!」


 聞こえていないのか、彼は笑顔のまま手を振って出て行った。

 マリベルの深い溜息が辺りに響く。


「……誰だっけ……」


 ラディウスが小さく呟く。


「知ってるのか?」


 セルヴァティオが不思議そうに聞いた。


「どこかで見た、ような」

「ダミアン・レナル。親の脛を齧り倒したボンボンよ? 誰かと間違ってない?」

「レナル…………ああ、うん。そうだな。他人の空似だ。それより、このランプと似た感じにはできそうか? もう少し小さくてもいいし、ただ、陣部分を取り外しできるようにしてほしい。魔力籠めるのに楽だし、何か別の使い道もあるかも。陣はシンプルでいいぞ」


 急に色々と注文をつけるラディウスに、マリベルは慌ててメモをとり始めた。


「えっと、うん。その辺は大丈夫。ビヒトの陣は言葉で反応するみたいだけど、それはそのままでいいの?」

「ああ、その方が便利だ」

「材質は? それによって値段がだいぶ……純金はお勧めしないけど、出来ないことはないわ」

「真鍮がいいかな。それなら俺でもなんとかなるんじゃないかな」

「銀貨十枚くらい」


 ラディウスは頷いた。


「ラッドはいつまで帝都に? ビヒト達と行くのなら、受け渡しはどうしよう……」

「ビヒトさんとは行かないけど、彼等が街を離れたら帰るよ。ひと月後くらいに取りに来ればいいか? 人に頼むかもしれないけど」

「あ、うん。そうしてくれると助かる。えっと、支払いは……」

「先に半分払っとく。出来上がったら残りを清算してくれ」

「良かった。話が早いね。そういう仕事?」

「いや。ビヒトさんがそうしてたみたいだし」

「そっか」


 マリベルは笑って銀貨を受け取って、工房でしか出来ない作業があるからと、そこに残ることになった。

 あいつが来ないのかとの問いに、「うるさいけど、うるさいだけだから、ここの作業が終わったらまた街に戻るよ」と言って。


 外に出ると、強い風が一行を笑うかのように吹き抜けていった。

 いつの間にか空は鈍色の雲が広がっていて、生ぬるい風が方向を変えて戻ってくる。


「雨……いんや。嵐がくるかもなぁ。嬢ちゃん、戸締りしっかりしとけよ」

「え? ほんと? なら、大丈夫だわ。邪魔も入らず作業出来るもの。がっちり閉じちゃうね!」


 中から出てきて空を見上げたマリベルは、不安そうな顔も見せずにからりと言った。

 ビヒト達は鎧戸を閉めるのを手伝ってから街へと戻ることにする。


 雨が降り始めたのは、その夜のことだった。



 ◇ ◆ ◇



 雷を伴った、叩きつけるような雨は夜半から風も加わって横殴りになっていく。そのまま二日間、外に出るのも躊躇われるような嵐は続いた。三日目の朝には風は弱くなったものの、雨は強弱を繰り返して降り続いていた。

 あちらこちらで看板が落ちたり、飛ばされたり、酒樽や木桶がバラバラになったりしている。


 どこから飛んできたのか、店の軒先に引っかかる女性ものの下着を横目に、ビヒトはマントのフードを押さえながらヴァルム達の泊まるホテルへと向かっていた。

 二人組の衛兵がすれ違いざまに視線を投げてきたが、声をかけられることは無かった。


 目的地がそこだったわけではない。

 風が弱まったからと図書館に向かったビヒトは、敷地の門が閉められていて立ち往生したのだ。聞くと、敷地内で木が何本か倒れてしまったので今日は閉鎖していると言う。

 再び強くなってきた雨に、冒険者組合(ギルド)まで戻るならヴァルム達のホテルの方が近いと、足を向けていた。


 この時間なら出掛けてもいないだろうと、部屋のドアをノックして重さを増したマントを脱ぐ。

 疑問の声を滲ませた返事に、ビヒトは名乗りを上げた。


「こんな朝早くから、なんじゃい。何かあったのか?」

「いや。図書館に行ったらやってなかったんで、こっちの方が近いから戻るよりマシかと」

「この天気でよく出歩く気になれるな」

「風が止んだから、もうそうでもないかと思ったんだ」


 中ではラディウス達が朝食を食べていた。


「着てても結構濡れてるな。食べるか?」

「いや。食べた」


 ラディウスの誘いを断って、ビヒトは軽く部屋を見渡した。リビングがあって、そこで皆は朝食を食べている。他に寝室が二部屋あるようだ。


「いい部屋だな」

「ま、たまにはな。迎えが来た時に文句言われても困るしな」


 ヴァルムはそう言って肩を竦めた。

 ビヒトがコート掛けにマントをひっかけるのを見ながら、セルヴァティオが口を開く。


「まだ調べるものあるんですか?」

「そういう訳じゃないんだが、なんとなく習慣になってて。昨夜の風か雷で木が何本か倒れたんだそうだ。街の中も色んなもの散乱してたな」

「マリベル大丈夫かな。雷、結構凄い音してたよな」

「あの辺は大きな木もないし、家から出てないだろうから大丈夫だろう」


 ラディウスがちょっと呆れた顔をした。


「音だけでも苦手なヤツ多いぞ」

「そうか?」

「アレイアは雷多くて聞き慣れとるから麻痺しとるんだな」


 ヴァルムがタオルを持ってきて、ビヒトの頭に投げつけた。

 濡れた顔と前髪をありがたく拭いて、そうかもしれないと少し反省する。ビヒトが雷を怖いと思ったことは一度も無かった。


「犬の件もあったろう? 思い込みは禁物だ」

「……そう、だな」


 かといって、引きこもっていると宣言した人間を、この雨の中無理して様子を見に行くほどでもない。

 雷はもう止んでいるし、結局雨を窺いながらカードをしたりして半日を過ごすことになった。




 昼も部屋で食べたので、流石に飽きた四人は、四刻の鐘が鳴ってそう経たないうちに腰を上げた。

 雨は変わらず降ってはいたが、勢いはだいぶ衰えている。


「マスターの酒場やってるかな」

「あいつなら開けてると思うがな」


 ヴァルムも帝都に来た時は通う店らしく、ただ、他の連中に話しかけられることも多いので、マスターとサシで話したことは数えるほどだという。

 街は人気(ひとけ)のなかった通りにもぼちぼち片付けを始めている人もいて、通常を取り戻し始めていた。


 ビヒト達はちょうど酒場の前でマスターを見つけた。

 ドアの前で佇む彼に、これから開くのかと声をかけようとして違和感に気付く。

 全身を黒っぽい衣装で包み、腕には黒い腕章をつけたマスターが、気配に気づいて振り返った。

 いつにも増して彼は厳しい顔をしていた。


「……何か……」


 先にヴァルムに気付いたマスターはビヒトの声に視線を下ろして、一度奥歯を噛みしめた。


「今日は休みだ。ゆうべ、マリベルの親父が亡くなった。手伝いに行かねばならん」


 一瞬、雨音だけが強くなった気がして、ビヒトは言葉を失う。


「どこだ」


 代わりに、ヴァルムの冷静な声が聞いた。


「工場街の教会で、合同になるかもしれん。今は工房に帰って来てるはずだ……ビヒト、無理にとは言わんが、時間があるなら顔を見せてやってくれ。ただでさえ親しい者が少ないのに、この天気で皆、手が空いてない。報せも上手く回ってない」

「――わかった」


 我に返ったビヒトが力強く頷くと、マスターは少し微笑んでから雨の中を駆けだした。少し先に馬を引いた人物が近付いてくるのが見える。

 ふと、着替えていくべきかとビヒトは自分の格好を見下ろした。

 今はマントで見えないが、半袖の白シャツにベージュのパンツ、短剣を留めてあるベルト。何も考えていない普段着だ。


「こういう時は、格好なんてどうでもいい。竜馬で行け。あいつなら嬢ちゃんも知ってる。わしらも後で行く」


 ヴァルムに肩を押されて、二、三歩よろけ、振り返るとラディウスとセルヴァティオも頷いていた。

 「わかった」と言い終わらないうちに身体は走り出していた。

 フードが外れ、雨が直接顔に当たるが構っていられない。

 溜まった水を跳ね上げながら、ビヒトは冒険者組合(ギルド)へと脇目も振らずに走るのだった。

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