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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第三章 賑やかな華の帝都
40/111

40 酒場で一息

 魔術の起こりというのは、結局のところ判然としない。

 古い記述になればなるほど魔術は身近な物だったように思える。それが、書き残す者が使()()()()だったからなのか、万人が使えていたのかは伝えていない。

 時代が下るにしたがって、魔術式の原理が整えられ、呪文も残されるようになっていく。

 図書館にある資料でも、カンターメン家にある資料より古い呪文は見つからなかった。あったとしても一般に閲覧できるようにはしていないのかもしれないが。


「禁書、ですか?」


 棚の魔術関係の書をあらかた見終えてしまって、カウンターで試しにと質問したビヒトに、司書の男性は軽く首を傾げて見せた。


「細かい種別はすぐに分かりませんが、貴重過ぎて一般に公開していないものは確かにあります。閉架の物は職員や教会関係者の立ち合いがあれば見られますよ。禁書があるのかどうか、あったとしてそれを見せられるのか否かはお答え出来かねます」


 まあ、そうだろうなと納得して、ひとまず閉架書庫にある魔術関連の資料を見せてもらえるよう頼んでみる。

 男性司書は笑顔で了承してくれた。


「本日はもう閉館時間も差し迫っておりますので、明日以降になってしまいますがよろしいですか?」

「ああ。明日も朝から来る予定だから、頼む」

「熱心ですね」


 彼は笑いながら一応許可証を。と、手を差し出した。


「私がいなくとも、きちんと用意させておきますので、ご安心を」


 許可証に記された数字を控えて、そこにメモ書きを添えると、男性司書は「では、また明日」と穏やかに言った。


 図書館に通い始めて四日目。

 このオトゥシークという教団が帝国に確実に根を張っているのが分かってきた。

 大きな勧誘をかけられたことはないが、一般の利用者からも良いイメージで語られているのを聞くし、時々、神官を伴ったお偉いさんのような人物も見かける。

 バルコニーやロビーで休憩していると、総主教や何人かの特別な神官が持つという加護の力の話を耳にした。

 それは魔術とはまた別の系統で、神から与えられた紋が発する特別な能力なのだと。


 アレイアにも『繋ぐ者』と呼ばれる加護持ちはいた。

 大公に従事していて、あらゆる言語を操れるのだという話だった。

 ビヒトが幼い頃、父と街に出たときなどに会っては挨拶したが、時々二重に聞こえるような不思議な声をしている以外は普通の人だった。

 彼が何を信仰していたのかは分からないけれど、少なくともビヒトはその能力がオトゥシーク神から与えられた物だということには首を傾げる。

 そういう理屈で能力者を手中に収めているようにしか思えない。

 不思議な紋を持つ能力者は、新しい神(オトゥシーク)が現れるより古い時代から居たのだから。


 とはいえ、戦略としては上手いと感心していた。

 図書館やその隣に食事処を設け、一般に開放して好感度を上げる。

 図書館から本を借りられる、という一点だけでも改宗して神官になる者は多いらしい。

 さらに加護持ちを集めて紋を解析し、それを普通の人間に移植すれば、欲しい人材が集められる。『繋ぐ者』などは言語の壁を取り払うのにうってつけかもしれない。

 神からいただいたという紋は、形だけ真似ても劣化した力にしかならないようだが。


 それはぽつぽつ耳に入る噂話から、魔法陣と紋の違いを調べてみて分かったことだった。

 人を従わせる奴隷紋は、どちらかというと陣のほうに近い。血を介して(あるじ)を識別する。昔は犯罪者を労働力として使うために開発された物らしいのだが、今はそれを拡大解釈して使われることも多い。貧困者が生きる為に主を定め、裏切りませんと誓わされるのだ。


 他の紋は、ひとつの感覚を突出して鋭くするものが多かった。

 遠くの音まで聞こえたり、人の声を聞き分けたり。感情が視えたり、視点だけを遠くまで飛ばせたり。

 初代総主教は未来を知ることができたと。

 なるほど。宗教家として申し分ない。


 そんな風に、気になったことを調べていくうちに時間は瞬く間に過ぎていった。

 腕の怪我もあって、身体を動かすことも控えめにしていたビヒトだったが、その甲斐あって調子はだいぶいい。

 いつもは図書館の閉まるまで居て、隣に建つ食事処で夕食を食べて帰っていたのだが、この日は久しぶりに酒場へと足を延ばすことにした。



 ◇ ◆ ◇



「っらっしゃい!」


 威勢よく声を張ったマスターがビヒトの姿を見て、おや、という顔をした。

 店内は相変わらず混んでいて、カウンターまで満席だ。

 ビヒトはカウンター横の酒樽に腰掛けて「エール」と短く注文した。


「腕どうしたよ? 嬢ちゃんも顔見せねえし、なんかあったんか?」


 マスターは眉間に皺を寄せながら、木製のジョッキを差し出す。


「彼女には傷ひとつ負わせてない。多少、危ない目には合わせたが……仕事に取り掛かってもらってるから、そっちにかかりっきりなんだろう」

「買い付けに行くだけで、何やってんだ。あの辺ねぐらにしてた野犬が急に姿を消したって話を聞いたが、まさか犬に噛まれた訳じゃねぇよな?」


 片眉を上げて、腕を組みながら見下ろされる。その迫力を考えると、マスターはマリベルが犬が苦手だと知っていたのかもしれない。


「噛まれたのは犬にじゃないが……犬には絡まれたな」

「ほぅ」

「多分、もう出ないから、今後の買い付けは楽になるんじゃないか?」

「一匹二匹やったところで、あいつらはすぐ増えるぞ」

「そうだな。まあ、まとめ役もいなくなったし、しばらくは組織的に動くような集団は出来ないだろう」


 マスターは、ん? と瞳から迫力を消してビヒトに顔を寄せた。


「そいつを、おめえさんが?」

「直接かと言われると、微妙なんだが。まあ、そういうことになるかな」

「嬢ちゃんがいて?」

「まさか。竜馬と先に行かせたさ。荷を引かせてたから、囲まれたくなかったんだ」

「それで腕を? いや。犬に噛まれたんじゃないって言ったよな?」

「これは野生の竜馬に」

「はぁ? わけわかんねぇ! おいっ! ちょっと、エール寄越せ!」


 マスターの代わりにカウンターに入っていた青年が、呆れ顔をして彼にエールを渡す。

 その間に自分も酒樽を持ち出すと、ビヒトの前にどっかと座った。


「嬢ちゃんは今、あんたの依頼をこなしてんだな?」

「ああ。十日くらいは見てくれって言われてる」

「じゃあ、まあ、いい。集中すると食うのも寝るのも忘れがちになるから、ちと心配だが。ともかく」


 ぐっとジョッキをあおって口元を拭うと、マスターはビヒトを促した。


「初めから順番に聞かせろ」




 ビヒトの話を、マスターは百面相しながら聞いていた。

 ボスが最後に放った魔法のことを聞くと、彼は小さく呻き声を上げた。


「そのあと彼女達を追って行ったやつらに追いついて、なんとか仕留めたんだ」


 とっくに空になったジョッキをマスターに差し出すと、彼は立ち上がって、自分の分も一緒に注ぎに行き、すぐに戻ってきた。


「嬢ちゃんは犬が苦手なんだ」

「らしいな。知ってたら、近道はしなかったんだが」

「あいつも意地っ張りだから、言えなかったんだろう。一般人を乗せて竜馬で向かうというのも、聞く話じゃねえ」

「そうか? ヴァルムがやってたから、そういうものかと」

「あいつを見本にするんじゃねえよ」


 そういえば、そうだなと思い出して、ビヒトはエールに口をつける。


「……まあ……問題無かったんだから、それが悪いというわけじゃねえが……それより、ボスが最後に魔法を撃ったって?」

「そうなんだ。そういうことって、よくあるのか?」

「よく、は、ねえなぁ。だが、聞かないこともないくらいにはあるようだ。『成り上がる』んだとよ」

「魔獣に、ということか」

「そうだ。随分と頭の回るやつだったみたいだし、素質があったんだろう。そこで仕留められたのは幸運だったかもしれねえ。だいたい、魔法を弾くってぇのはどうやるんだ? 魔術師特有か?」

「だから、俺は魔術師じゃないって。魔力を動かせるなら誰でもできる」

「ちょっと待て。いきなり難易度が高いじゃねえか!」

「マスター」


 ずっとカウンター横で話し込んでいる二人に、客のひとりから声がかかる。


「おぅ。注文か? ジェリコに言ってくれ」

「や、注文はいいんだけどよ。この辺の奴等、その話聞きたくてうずうずしてんだよ。隅にいねえで、こっち来てくんねえか?」


 真ん中のテーブルを指差されて、ビヒトとマスターは顔を見合わせた。

 すぐにマスターはニッカと笑って、ビヒトの二の腕をバンと叩きつける。


「飯代浮いたな」


 樽持参で揚々と移動していくマスターに苦笑しながら、ビヒトはカウンターへと声をかけた。


「じゃあ、みんなにエールを一杯ずつ」


 店が震えるくらいの歓声が上がったのは、言うまでもない。

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