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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第三章 賑やかな華の帝都

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39 図書館

 次の朝、荷台の傍で男が二人倒れていた。死んではいなかったが、かなりの重傷だと一騒動に。

 話を聞くうちに、どうやらコソ泥を竜馬が撃退したということらしかった。

 一応布で覆ってはいたのだが、荷台に荷物を積んだままにしていたので狙われたようだ。竜馬(番犬)の働きは大きいと言える。

 そんな騒ぎにも気付かない程、ビヒトはぐっすりと寝入っていたのだ。体調が万全ではないとはいえ、少し気を抜き過ぎかなと反省しつつ、二人は帝都へと戻ったのだった。


 マリベルの工房は帝都から鐘一つ分程離れた集落にあった。

 鍛冶屋や彫金工房など金属加工の工場が多くあるようで、にょきにょきと立ち並ぶ煙突からは煙が立ち上り、あちこちから金属を打つ音が響いている。

 こぢんまりとした工房に荷物を運び入れてしまうと、ビヒトは雑然とした工房を見渡した。

 金属を溶かすための炉や作業台、年季の入った道具の数々はマリベルだけが使っていたのではなさそうだ。


「他に、人は?」

「いつもは父さんがいるんだけど、今、ちょっと……ちょっと、親戚の家に……」


 歯切れの悪い言い方に、ビヒトは何か事情があるのだと察して話題を変えた。


「ここと帝都の家と往復するのは大変じゃないのか?」

「ちょっとね。でも、別に通ってる訳じゃないし、売るものが溜まってきたら何日か滞在して売るって感じだから」

「そうなのか。じゃあ、俺は出来上がる頃にここに取りに来ればいいのか?」

「うーん……そうねぇ……」


 マリベルは顎に手を当てて、天井を仰ぎ見た。


「あなたの滞在先に届けてもいいんだけど……ちょっと、初めてのデザインだし、どのくらいかかるかはっきりとは言えないから。十日見てもらえれば、なんとかなると思うんだけど」

「俺は冒険者組合(ギルド)を拠点にするつもりではあるが、昼間は多分、図書館にいるぞ。大きい宗教団体の敷地内だって聞いてるが……」

「オトゥシークの? 怪我しちゃったから、暇潰し?」

「いや。元々その予定だったんだ。待ち合わせもそこを指定してるし」

「ん。分かった。もし、何かあったらそこに行ってみるね。様子を見に来るのは構わないけど、もてなす余裕はないと思うから、覚悟の上で来てね」

「分かった」


 ビヒトが笑うと、マリベルも笑顔を浮かべた。

 マリベルと別れ、空の荷台を返してしまうと、ビヒトは塊肉を買って竜馬に与えた。あとは真直ぐに冒険者組合(ギルド)へと戻る。まだ陽はあったが、今日はもう何もしないと決めていた。

 冒険者組合(ギルド)併設の食堂で夕食を取り、浴場で湯に浸かる。いくつもの歯形がついた腕を湯に浸けないように上げていると、「大変だな」と笑って何人かに話しかけられた。上がってから左腕一本で処置するのは少し面倒なので、救護室でやってもらう。優しい取り扱いはしてくれないが、こういう時は楽だなと、ビヒトは沁みる消毒薬に眉を顰めながら思うのだった。



 ◇ ◆ ◇



 次の日、ビヒトは少しのんびりと朝を迎え、公園内の屋台で朝食を調達したりしながらオトゥシーク教団中央本部へと向かった。

 散歩感覚で公園を通って行ったのに、また別の公園に行き着いたのかと、教団の門の前で緑深くなっていく道の先を見やる。

 よほどのことがない限り開かれているというその門の向こうには、広大な敷地が広がっていた。悠々とビヒトの横を馬車が通り過ぎていく。道の両側には背の高い木々が並び、先の十字路には行先案内の矢印が見えた。

 建物らしいものが目に入らなくて、門番なのか、案内係なのか、帯剣した人物に図書館まではどのくらいか尋ねれば、四半鐘(しはんしょう)程ですよと教えてくれた。初めてならば、受付に申告して下さいとも。


 敷地に足を踏み入れても、しばらくは公園を歩いている感覚とそう変わらなかった。神官服に身を包んだ人々が多いな、というくらいだ。

 一般に開放されている図書館はおそらく門から一番近い建物なんだろう。真直ぐ行くだけで迷うこともなく、その木造の建物に行き着く。

 ビヒトは、言われた通りに受付と書かれたカウンターで初めて利用することを告げた。


「では、こちらにどうぞ。許可証を作成しますので」


 物腰柔らかに立ち上がると、受付の女性はすぐ隣のドアを開けた。

 中には事務員らしい男性がいて、受付の女性と頷きあっている。女性はそのまま戻って行き、男性が目の前の椅子をさして「どうぞ」と笑った。


「少々面倒でしょうが、防犯の面からもご協力いただいております。許可証が無ければ中に入る扉は開きませんが、一度作れば一生お使いいただけますので。失くした場合は再度作っていただくことになります。よろしいですか?」


 ビヒトは頷いた。

 男性は慣れた動作で身分証と同じような金属の板と針を用意すると、ビヒトに「お手を」と促した。


「……右はお怪我なされているのですね。では左で。失礼します」


 小指の先に針を刺される。あとは自分で少し血を絞りだして金属の板に擦り付けた。

 カッと部屋中が白く染まる。

 男性が驚いて思わずといった風に腕を上げていた。すぐに取り繕って、姿勢を正したけれども。


「……ず、ずいぶん魔力量がおありになるのですね? 魔術師なのですか? 館内は魔術類使用禁止になっておりますので、どうぞよろしくお願いします」

「わかった。禁止でも、資料はあるんだよな?」

「はい。もちろん。詠唱を感知しましたら、警備の者が飛んでいきますのでお気を付けを。うっかり呟く方は結構いらっしゃいますので」

「ああ。俺は魔法を発動できないから、その点は大丈夫だと思う」

「そうなのですか? それは……残念ですね。貸し出しはできませんが、閲覧は自由ですのでどうぞごゆっくり」


 お互いに曖昧に笑い合いながら、ビヒトは許可証を受け取った。身分証と同じ鎖に通しておく。身分証との違いは数桁の数字が彫り込まれているくらいだった。

 受付の前に戻ると先程の女性がにこりと笑って、今度は向かい側のドアに手を差し伸べる。


「どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとう」


 許可証がないと開かないという扉は、特に違和感もなく開けられ、中には思ったよりも沢山の人が本を手にしていた。一般人の中に神官服もちらほら見える。手にした本をカウンターに持っていくところを見ると、神官には貸し出しされているようだ。

 木の香りの中、魔術関係の棚を探す。聞けば早いのだろうが、どんな本があるのか見て歩くのも楽しかった。


 中央が吹き抜けで、二階、三階にもびっしりと本が並ぶ。途中で館内見取り図を発見して、ビヒトは三階に向かった。

 二、三冊抱えると、奥まった場所のキャレルに腰を落ち着ける。

 荷物から書き写された魔法陣と筆記用具を取り出して並べると、ビヒトは本を繰り始めた。




 いくつかの陣を読み解いて、メモ書きなどを入れ終わると、ビヒトは一度身体を伸ばした。

 使っていた本を戻しに行って、今度は古い魔術体系の資料を探す。ふと顔を上げて近くの棚に目を向けた時、魔獣に関しての書物が並んでいるのに気が付いた。

 野犬のことが思い出されて、適当なものを一冊取り出して開いてみる。それは種別や特徴などを記した図鑑のような物だった。“魔犬”のページを探してみると、額に小さな角が二つある犬の絵が描かれていた。

 ビヒトの記憶と変わりない。


 元の場所に戻して、隣の物を手に取る。

 今度は魔獣の関わった大きな事件をいくつか纏めたものだった。

 そうやって次々と手に取ってみたものの、生態について詳しく書かれたものは無いようだった。冊数も二桁に満たない程度しかない。

 最後に手にした本に、『一般の獣の中に稀に魔獣に変ずるものもいる』と一文があったが、それ以上詳しいことは書かれていなかった。


 人里離れた場所に棲む、凶暴な生物を観察するなど、命が幾つあっても足りない。

 そういうことなのだろう。

 とりあえず、見切りをつけて、ビヒトは最初の目的の魔術書を探すことにした。

四半鐘・・・鐘一つ分の時間の四分の一。十五分程度。

鐘一つ・・・一時間程度

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