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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト
29/111

29 最後の夜

 葉巻を吸い終わって二人が広間に戻ると、三拍子の音楽が聞こえてきた。中央で領主夫妻が踊っている。

 ビヒトはもう少し後で戻っても良かったかと思ったものの、顔には出さずにいた。


「誰か、誘いたい女性はいないのか?」


 ちらちらと寄せられる視線を受けながら、そっとセルヴァティオに聞いてみる。


「……え……ええ、と」


 言葉を濁しながら、セルヴァティオは彼の友人たちの中の一人に視線を投げた。

 見事な金の髪にエメラルドのような瞳。集団の中でも一際目立つその女性は、静かに微笑みながら談笑していた。

 分かりやすいなと、思わず笑ってしまって、ビヒトはセルヴァティオに睨まれた。


「断られると、思いましたね?」

「ん? いや。分かりやすいなと思っただけだ。今日なら大丈夫だ。主役の誘いを断るほど無粋な人間はいないだろう?」

「……彼女、見た目によらず、意外と気が強いんですよ……」


 余程自信が無いのか、セルヴァティオの視線が下がる。


「そうかな。剣舞の出来も良かったし、大丈夫だろ。あとは、そうだな。視線は下げるな。堂々と、少し強気で誘ってみろ。いつものラディウスみたいにな。それで駄目なら、彼女は今日は誰とも踊らないだろう」

「誰とも?」

「彼女だけ誰にも目を向けてない。興味ないんだよ。でも、主役が初めに誘うなら話は別だ。その後のことまでは責任持たないが、またとない機会だと思うけどな。途中で他の娘に声かけられても立ち止まったりするなよ?」


 ビヒトがにやりと笑うと、セルヴァティオはしげしげとその顔を眺めた。


「……ビヒトさんって、モテるんでしょうね。経験豊富そうだ」

「あ? ああ、違う違う。俺がそうだったんだよ。興味なかった。だから、自分がどう対応するか考えたらわかる。それだけだ。さ、曲が終わるぞ。行って来い」


 背中を押して送り出し、一度振り返るセルヴァティオに行けと手を振る。一拍置いて背筋を伸ばした彼は、真直ぐに彼女へと向かって行った。ビヒトが言った通りに、途中で声をかけてくる女性に片手を上げて断りを入れて、足を止めずに彼女の前まで辿り着く。周囲が少し下がって彼等を遠巻きにした。

 緊張は見えるものの、セルヴァティオは堂々としたものだった。微笑みを崩さずに聞いていた彼女は、差し出された手に視線を落とすと、何やら友人の言葉に反応してちらとだけビヒトを向いた。

 それからにっこり笑うとセルヴァティオの手を取り、二人はフロアへと出て行く。

 セルヴァティオの感謝の視線をもらって、ビヒトは微笑んだ。


 面倒臭いことになる前にと、ビヒトも動き出す。

 フロア中央から移動する領主夫妻に近付いて、後ろから声をかけた。


「クラールス様」


 領主が立ち止まったので、前に回り込み、軽く頭を下げながら手を差し伸べた。


「奥様をお借りできますでしょうか」


 二人が顔を見合わせるのを盗み見ていると、領主は小さく息をついてからくすくすと笑った。


「ずるいな、君は。期待してるお嬢さん方が沢山いるのに」


 にこりと笑うだけのビヒトに、領主は妻の手を引き渡した。


「私より上手いリードはしないように」

「心得ました」


 フロアからは出ていなかったのでその場に留まると、領主夫人はビヒトを見上げた。


「もう身体はいいのですか?」

「あの日の午後から狩りに出たくらいです。問題ありません」

「冒険者は無理ばかりしているように見えます」


 視線でビヒトの頬の傷を撫でて、領主夫人は少しだけ眉を顰めた。


「かすり傷ですよ」


 曲が変わったので、ビヒトは一礼して領主夫人の背に手を回す。


「主人以外の方と踊るのは久しぶりです」

「領主様がお優しい方で良かった。誰とも踊らないでいる訳にはいかないでしょうから」

「べつに、下手なわけでもないというのに、もう誰も誘う気がなさそうですね」

「すぐにいなくなる身ですので、余計な期待は与えない方がよろしいでしょう?」

「一夜の夢を見たい方もいるものですよ」

「不器用なので、気が回らないのです」

「まぁ。セルヴァティオには良いアドバイスを授けたというのに?」


 くるりくるりと回るペアの間から見える、緊張気味の少年の姿を目で追って、領主夫人は口角を上げた。


「私はしがない冒険者ですよ。お忘れかもしれませんが」

「……ああ。ラディウスが女でなかったことに落胆する日が来るとは思ってませんでした」


 ぎょっとして、ビヒトは危うくステップを間違えるところだった。慌てて誤魔化す。


「怖いことを仰る……」

「優秀な魔術師の家系の血を欲しいと思うのは、おかしなことではないでしょう?」

「そういうことを言われたくなくて、家名を伏せているのですが」

「あら。誤解させたかしら。貴方を知った上で、その血がついてくるのなら欲しいということよ」


 楽しそうに笑う領主夫人に、ビヒトも同じように笑った。


「全く……パエニンスラは油断ならない。さっさと出て行くに限るな」

「通信具を忘れないでね」


 今度こそ、足を止めてしまったビヒトだったが、ちょうど曲も終わるところだった。

 ウィンクする領主夫人に呆れながら、一礼して彼女を主人の元へと届ける。

 「楽しかったかい」と微笑んで迎え入れる領主が、とんでもない大物に感じた。


 ヴァルムやラディウスと酒を傾けたり、いくつかの誘いを受けて無難に踊ったりしているうちに、ビヒトのパエニンスラ最後の夜は更けていった。



 ◇ ◆ ◇



 結局、宴が終わってもヴァルムの部屋で少年達と遅くまで飲んでいた。

 ビヒトはヴァルムが息子に用意したという新しい弓に、攻守が上がるよう魔法陣を刻んだりもした。酔っぱらっていたので、朝になってこっそり確かめたのは秘密だ。

 少年達は、狭いだろうにベッドで身を寄せ合ってまだ眠っている。

 できるだけ静かに身支度したのに、ヴァルムは起き出して外門まで見送ってくれた。


「ほいじゃ、帝都で」

「ああ。図書館に籠ってるよ」


 書き出した魔法陣を一通り持って、ビヒトは先に帝都へ向かうことにした。

 ヴァルムも一緒に城を出たそうだったのだが、もう少し息子に色々教えてやれと、他ならぬビヒトが引き止めていた。

 言ったって、多分、ひと月も持たない。

 さっさと踵を返そうとするビヒトを羨ましそうに見つめて、ヴァルムはふと、呟いた。


「……耳飾り……」


 半身のまま、ビヒトはニッと笑う。


「ああ。人にやった」

「女か?」

「あんたの息子にだよ」


 にやにやしそうになるヴァルムに、先に言っておく。


「セルヴァティオに? 何で、また」

「縁があったんだろ」

「ラディウスの方が欲しがりそうなもんだけどな」

「ああ、彼には今度だな。拗ねたら、伝えといてくれ」


 わかったと笑って、ヴァルムは手を上げた。

 ビヒトも手を上げて、来た時に投げてしまった門番に軽く会釈してから、あとは振り返らずに城を後にする。

 急ぐ道のりでもないのだが、久しぶりにひとりになって柄にもなく寂しさを感じていた。アレイアを出る時でさえ、そんなもの感じなかったのに。


「本当に、パエニンスラは油断ならない」


 ビヒトは苦笑しつつ、昨夜と同じ言葉を口に出して、竜馬を借りる為に冒険者組合(ギルド)へと足を向けるのだった。

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