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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト

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28 次への一歩

 練習や訓練など、騎士団にはお世話になりっぱなしの二日間だった。

 一日の報告とばかりに領主に誘われる夕食よりは余程気を抜いていられるので、ビヒト達は進んで身を置いていたと言ってもいい。


 三日目、宴の当日は朝から衣装合わせだ事前確認だで、みんな忙しく動き回っていた。

 普通、この演舞の衣装は、ひらひらした布が舞い上がりやすいものなのだが、今回は騎士の着るような少しかっちりしたものを用意してもらっていた。見栄えは落ちるかもしれないけれど、床に陣を仕込んで色々やろうということになったので、ひらひらしたものは危ないと却下したのだ。

 セルヴァティオも一緒に舞うと聞いた領主は、楽しそうに笑った。存分にやれと。


 和やかに宴が始まり、学友に囲まれ衣装を冷やかされているセルヴァティオを呼んで、舞は始まる。

 領主がわざわざ舞台を用意してくれたので、注目度は高い。緊張する少年達の額をヴァルムは笑いながら弾いていた。

 その指がビヒトにも向けられて、彼は慌てて避ける。


「……なんで避ける」

「俺には必要ない」


 むぅ、と不満そうなヴァルムを、ビヒトはいいから位置につけと押しやった。

 演奏は城専任の楽団で、宴の間の全ての演奏を一任する。それも贅沢だなとヴァルムに背を向け、ビヒトは片方の膝をつき下を向いた。向かいにはセルヴァティオの真剣な顔があった。

 二組がちょうど線対称になるように位置取っているので、背を向けて立っているヴァルムとラディウスの間に、屈みこむビヒトとセルヴァティオになる。


 曲が始まると、緩やかな風が吹いた。床に仕込んだ魔法陣が一つ淡く光りを放っている。

 ゆったりとした動きでそれぞれの組が円を描きながら位置を入れ替えていき、やがて向かい合うと剣を抜いた。同時に舞台後部で水柱と火柱が立つ。

 おお、と観客がざわめいた。


 くるりくるりと回転を速め、位置を変えては剣を合わせる。

 一度目には炎が、二度目には水が吹き上がって、それが雨のように降り注ぎ、炎の勢いを抑え込んでいく。

 ビヒトとセルヴァティオは背中合わせになったタイミングで位置を変え、お互いのパートナーを交換した。

 早く激しくなる動きに合わせて、時折、光が閃く。足元の陣が光り、また色を失うのもいい効果を生み出しているようだった。


 ビヒトがほんの思いつきで、魔法陣でライティングでもしようかと言ったら、どうせなら水と火も出せと悪乗りした形になった。お陰で床は複数の陣で埋め尽くされている。

 時間で発動を制御したので、舞はあまり崩せなくなった。ヴァルムやラディウスは少々涙目だったけれど、やってもらうしかない。派手な演出で誤魔化せるので、多少間違っても目立たないのが救いかもしれなかった。

 舞台の周りに防御は張っているものの、前のめりで許可を出した領主には少し不満もある。少しは止めろよ。と。

 信用よりは好奇心の方が強そうで、ビヒトはこっそり領主夫人に謝罪していた。


 それぞれの最後の討ち合いの場面で、舞台四隅から炎と水が螺旋状に絡まりながらそそり立つ。

 両者は離れ、今までの激しい動きから一転、動きを弱め、八の字に位置を入れ替えながらゆっくりと一列に場所を整える。剣を横にして眼前に置き、伏してしまえば、光も炎も水も消えた。

 最後の弦が弾かれて空気のゆらぎも収まると、惜しみない拍手が送られた。

 立ち上がり、一礼して四人が広間を後にしても、拍手は鳴りやまなかった。




 着替えて戻ると、ビヒトはあっという間に人に囲まれた。

 何処の誰か、領主一族とはどういう関係か、何度も質問が飛ぶ。広間の向こうで同じように囲まれているヴァルムが、陣はビヒトが描いたと漏らしたようで、それについての話題も事欠かない。

 どうにかこうにか抜け出して、人目につきにくい中庭に入り込み、ビヒトはほっと息をつく。


「ビヒトさん」


 適当に足を進めていると、どこからか遠慮がちに声がかかった。小さく水音もしていて、顔を向けるとセルヴァティオが小さな噴水の縁で腰掛けて手を振っていた。


「主役じゃないか。いいのか?」

「目立ち過ぎて、やけに人に囲まれる。あんまり得意じゃないんだ」


 苦笑する少年にビヒトも笑う。


「俺もだ」


 ビヒトは上着の内ポケットに手を突っ込んで、小さ目の葉巻を二つ取り出した。


「なんか、もらったんだ。吸ったことあるか?」


 首を振るセルヴァティオに一本押し付ける。


「何事も経験だ。試しとけ」

「……火がないですよ」


 ああ、とビヒトは耳飾りを外した。気持ちだけ魔力を込めてセルヴァティオの横に置く。爪で弾いてやれば赤々とした炎が燃え上がった。

 自分で先に火をつけて見せて、セルヴァティオにどうぞと身振りで示す。

 驚いたように見つめていた少年は、はっとしたように慌てて葉巻を火にかざした。

 吸い込まなくても香ばしい匂いが辺りに立ち込める。


「焔石だったんですか? 危なくないです?」

「普段は魔力を抜いてる。結構役に立ったぞ」


 炎が小さくなってきたところで、ビヒトはそれを噴水の中に払い落した。小さな泡がこぽこぽと湧いてくる。

 ふかした煙はバニラのように少し甘かった。

 げほげほとセルヴァティオの咳込む声に、ビヒトは笑う。


「吸い込むんじゃない。口の中で味わうように」


 少し涙目になっているセルヴァティオの隣に腰掛けて、ビヒトは足を組んだ。


「この間の話」

「……っふっ……え?……」

「ヴァルムはきっと、君が何を選んでも認めてくれる。知りたければ、出来る範囲で教えてくれる。ああだから、口での説明は下手かもしれないけど。だけど、もしも君がヴァルムのように剣も得意で力があっても、きっと一緒には連れていかない」

「……どうしてですか」

「君が、ヴァルムの息子だから」


 衝撃を受けたような顔で固まるセルヴァティオに軽く微笑みながら、ビヒトはゆっくりと煙を吐いた。


「きっと、ヴァルムも残念がってるけど、ほっとしてるとも思う。家族を危ないところに連れて行きたくないんだ。自分は散々危ないことしてるのにな」

「欲しかったものを手に入れていても、そうだったと……?」


 ビヒトは頷いてから噴水を覗き込み、水面に気泡が上がらなくなったのを確かめると、手を突っ込んで耳飾りを拾い上げた。まだほのかに暖かい。


「だから、連れて行ってくれと頼むよりは、必ず帰ってくると約束させた方がいい。お姉さんには自分は死なない。彼女をひとりにはしないと誓ったそうだ。彼女は彼よりも先に逝くだろう。その時に、彼の心持ちが折れてしまわないように、先手を打っておけ」

「それは、貴方でも……」


 ゆっくりと首を振る。


「俺はいつ死んでもおかしくない冒険者だ。冒険者同士の約束など軽い。次はあの世で会おう、って別れるんだ。それは家族にしか出来ない。他人の俺には出来ないことなんだ」


 ビヒトはセルヴァティオの手に、まだ濡れたままの耳飾りを握らせた。


「もらってくれるか」

「え、でも」

「元々、ヴァルムに貰った石なんだ。君くらいの時に。再会するまではと拠り所にしてた。もう傷だらけで洒落てもなくて悪いんだが。好きに作り変えていいし、売り払ってもいい。台も傷はついてても耐熱性には優れているから、きっと高く売れる」

「父に貰ったものを、どうして、俺に……」


 手の中で耳飾りにゆっくりと指を這わせる姿を、ビヒトは少し目を細めて眺める。


「誰に貰ったかは関係ない。それは俺が可能性を信じることが出来た記念だから。ヴァルムに再会して、次の可能性を見た。だから、次は自分で手に入れないと。種は次の迷える者へ……って、少しカッコつけ過ぎかな。ちょうど、誕生日だしな」


 ようやく、セルヴァティオは少し笑った。


「……ありがとう。もらっておく」


 彼の耳飾りを握る拳は、いつもより力強かった。

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