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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト
27/111

27 違い

 それでいこう、なんて言われても、誰もその場で頷けなかった。


「叔父上! ビヒトさんならまだしも、叔父上の女装は見たくない!」

「おい」

「誰が女の衣装を着ると言った」


 ビヒトの突っ込みの声を無視して話は続けられる。


「お前たちも習っとろう? 恐らく、ビヒトも」


 アレイアでは確かに男舞いもあるが、必ず女性と対だ。それに、必ず習うというわけでもなかった。

 ビヒトは首を傾げる。


「女役を誰かに頼むのか?」

「なんだ。誰もわからんのか? セレモニーではよく目にするだろうがよ」

剣舞(けんぶ)か!」


 ラディウスが言ってから腕を組む。


「だが、あれは少し地味じゃないか?」

「習うのは型とお決まりの流れだろう? あれをアレンジして『水龍(ナーガ)』と『火神鳥(ガルダ)』の伝説になぞらえた演舞があるんだ。騎士団の誰かが知っとるはずだ」

「ナーガとガルダ?」

「パエニンスラには二体の(ヌシ)がおると言われていてな。半島の山間(やまあい)にある湖に棲む『水龍(ナーガ)』と、半島の付け根に位置する火山に棲む『火神鳥(ガルダ)』。大蛇と妖鳥の姿で描かれる二体は、その昔、大喧嘩をしたという伝説が残っとるのよ。どちらが勝ったのか判然としないが、水龍(ナーガ)と違って姿を見せないのは、火神鳥(ガルダ)が負けたから、悔しくて引きこもっているのだという奴もいる」

「違って……って、水龍(ナーガ)の方は見たやつがいるのか?」


 以前から、ヴァルムは主がいるということを疑ってもいないようだったが、アレイアに色濃く残る伝説を聞いて育っていても、直接にそれを見たものはいないのだ。その言いようはビヒトには少し奇妙に聞こえた。


「百年ちょっと前くらいの文献に残っとるからいるんだろう。水龍(ナーガ)は比較的話の分かる主だそうだ」

「百年ちょっと……開拓戦争の頃……」

「おっ。さすが優等生。他国の戦争まで覚えとるのか。そうだ。帝国はうちの主達を怒らせたらしいぞ」


 くっくっと笑うヴァルムの話はどこまで信用出来るものか。でも、人智を超えた力が介在したなら、帝国があっさり手を引いたのも頷ける。そして歴史はパエニンスラが残ったことを伝えている。パエニンスラが柔軟であるというのは、そういうこと、なんだろうか。

 自分の中で上手く収まらなくて、ビヒトは顎に手を当てたまま眉間に皺を寄せた。


「主を怒らせて、民はよく無事でいたな」

「言っただろう? 水龍(ナーガ)はおとなしい方なんだ。それに半島は元々人は少なかった。住めるようにするのに犯罪者を送って作業させたから、今でも監獄半島と呼ばれとる。火山は噴火したが、火神鳥(ガルダ)が顔を見せたわけでもねえ。無作法な奴等がいなくなれば、工事は再開出来た。お前さんとこの物騒な主とは違うよ」

「物騒な主って?」


 ラディウスが興味津々の顔で食い付いてきた。


「今はその話じゃないだろ。剣舞に話を戻さないと。どこまでもずれていくんだから……やるのは父上とビヒトさんでいいんじゃないのか? 二人一組が基本だろう?」


 流れを戻すセルヴァティオにラディウスは「えぇ?」と声を上げる。


「確かに二人でもいいんだが、お前のお披露目も兼ねとるのだろう? アピールしておけばいいではないか。四人の方が見栄えもいいぞ」

「祝われる本人が舞うっていうのも微妙な気がするが」

「クラールスを巻き込むのとどっちがいい?」

「ティオでいいな!」


 間髪入れないラディウスの決断に、皆は笑った。




 さっそく騎士団に話をしてくるとヴァルムが談話室を出て行くと、ラディウスが頬杖をつきながらにやにやと言う。


「あれ、絶対本題忘れて酒飲んで終わるぞ。今日は帰ってこないだろうから、ビヒト……さん、はゆっくり寝れるな」

「別に、今まで通り敬称無くていいんだぞ。無理するな」

「あ、いや。ちょっと、そこは俺の中で必要って言うか……そっちこそ気にすんな。それより、物騒な主の話聞かせてくれよ」


 余計気になる気はしたが、ラディウスの中では決定事項らしい。

 そこは諦めて、ビヒトはアレイアに伝わる伝説を話して聞かせた。


「ひとりの過ちで皆殺しも辞さないとか……怖ぇ……」

「やったこと自体が世界を滅ぼしかねなかったから、止められなかった方も反省しろってことなんだろう。今でもアレイアでは朝の鐘と同時に雷の音が聞こえてくる」

「え? 主が鳴らしてんのか? すげえな」


 ビヒトが微妙な表情になったのを見てラディウスも首を傾げる。


「何か?」

「いや。お前たちも主がいることを疑ってないんだなと思って。同じ時間に鳴る音は不思議だが、自然現象でも説明はできる」


 ラディウスはセルヴァティオと視線を合わせると、どうだ? と聞いた。セルヴァティオは黙って首を振る。


「俺達は遭ったこともないけど、ヴァルムが時々見たとか、主候補のいざこざに首突っ込んだとか、小さい頃から聞かされてるから、疑ったこともなかったな」

「見たって? ヴァルムが?」

「本人に聞いてみるといい。さすがにべらべら喋ることでもないとは解ってるんだな。ヴァルムは大げさなことは言うけど嘘は下手だから、そうだったらすぐわかるぞ」


 ビヒトは嘘は下手、というところに妙に納得して少し笑う。


「でも不思議だな。俺の聞いてる主のイメージだと、ひとりの罪で周囲まで巻き込むことはないんだが」

「あー。ティオもそう思うか? ちょっと違和感あるよな」

「そうなのか?」

「主は秩序を守るモノ。その人物は確かに悪かったんだろうけど、怒りの深さからいくと、(そそのか)したり、けしかけたり、罠にはめたりした連中がいるんじゃないかな。それなら国全体にまで雷を落とした理由が解る」

「ま、主も色々らしいし、主になってからおかしくなるヤツもいるみたいだし、そういうのかもしれねえけどな」


 ビヒトはまだ信じるまで至らなかったが、国全体の罪だったと言われれば、確かにそうかもしれないとも思う。

 「次は無いのだ」という父の声が、国に向けられていたのか、ビヒトに向けられていたのか……ここにきてよく判らなくなるのだった。


 なんとなく会話が切れると、三人は剣舞の型の確認を始めた。

 一番現役に近いセルヴァティオが一番正確に覚えていて、アレイアで習う型との違いも分かった。

 違いと言っても大きく違うわけでもない。回転が少し多いとか、剣を振る角度が違うとか、その程度だ。アレンジがどの程度か分からないが、三日あれば何とかなりそうだというのは共通の見解だった。


 少し早く引き上げることにして、ビヒトは初めて自分に用意された部屋に足を踏み入れる。ヴァルムの部屋からはちょうど中庭を挟んで反対側の棟になる、客室。奥の扉を開けると浴室まで付いていた。

 贅沢だな、と思いつつもビヒトはそこに少な目に水を入れる。

 誰かに言えば湯を張ってくれるが、人の手を煩わすのも気が引けていた。左耳から耳飾りを外し、少しだけ魔力を籠める。爪で弾くようにしてから水の中へと落とし入れると、程無くして水がぼこぼこと沸き立った。水を追加して、入れるくらいまでうめていく。


 横たわる様にして湯に身を沈めると、拾い上げた耳飾りを久しぶりにじっくりと眺めてみた。

 金属部分には細かい傷がいくつもついていて、思いの外、年月が経っていることを感じる。

 ただ、赤い石は当時と変わりなく、濡れて艶を増した姿はヴァルムにもらった時と同じで美しかった。


 自分は何をできるようになったのだろう。


 目を閉じても、赤い煌めきがビヒトの目蓋の裏に浮かんでいた。

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