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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト

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26 欲しいもの

 草叢に目を凝らし、けもの道を辿って糞などの痕跡を探す。

 害獣駆除や魔獣討伐では、魔法陣を設置して風の魔法を使ったりするのだが、今日は枝やロープを使って普通の罠を作っていた。ついでに隠蔽の魔法陣をラディウスに教えておく。


「待って。無理。覚えきれねえ。後で書いていってくれ!」


 担当はセルヴァティオだとばかりに彼は首を振った。

 ビヒトは苦笑しつつそれを了承して、身体を動かしたそうなラディウスを川の方へと連れていき、一緒に魚を捕り始めた。

 細くて長さのある枝の先にナイフを括りつけて即席の銛にする。

 初めは上手くいかなかったものの、ラディウスはすぐにコツを掴んだようだった。身体を使うことは呑み込みが早い。


 真剣に水面を睨んでいるラディウスから視線を外すと、ビヒトは弓を持つ二人を探した。

 木と藪に紛れて、二人は岸辺で日光浴をしている鴨を狙っているようだった。

 音も無く飛んだ矢は鴨の羽を貫いて飛べなくさせた。片翼を広げ声を上げて暴れる鴨にもう一矢飛ぶ。

 動きの鈍ったところで捕獲しに飛び出すヴァルムは楽しそうだった。


 秋程ではないが、夏の森にも果実は生る。

 一休みと言いつつ、野生の嗅覚でベリー系の果実を見つけ出したヴァルムと、今度は果実狩りだ。ヴァルムとラディウスは口に運んでいる量の方が多くて、呆れるセルヴァティオと目を合わせて、ビヒトは少し笑った。


「……父と、行くのですか」


 いつまでも食べている二人を置いて先に手を洗いにやってきた川の岸で、セルヴァティオはぽつりと聞いた。


「そうだな。とりあえずは。俺は帝都に行く予定だったし、ヴァルムの予定は分からんから、どこまで一緒かは判らないが……」


 セルヴァティオは少し意外そうな顔をした。


「ずっと、行くのかと」

「いや。ヴァルムと俺の目指しているものは違う。今はそれが面白くて付き合ってくれているが、一段落ついたらまた勝手にやるだろうさ。俺が手綱になれればいいんだろうが、生憎あれはそういう物に縛られることはなさそうだ」

「そうでしょうか」

「楽しく遊んだら、家に帰るだろう? 楽しすぎてまだ帰りたくないとごねるのを諭すくらいなら、出来るかもしれない。待つだけは歯痒いかもしれないけど、でもヴァルムはここには帰ってくる」


 セルヴァティオはいつまでも落ちない赤紫の色を川の水で擦っていた。


「俺は少し羨ましいよ。うちの父は俺に出て行けと言ったから」


 弾かれたように彼は顔を上げ、ビヒトを見た。


「俺の欲しいものと、君の欲しいものは似ているのかもしれないな。多分、手に入らないところまで」


 それは残酷な宣言だったけれども、セルヴァティオは怒らなかった。ただじっとビヒトを見て、自分の中をかき混ぜていた。そのうち、ばたばたとやかましい気配をばらまきながらヴァルムとラディウスがやってくる。

 鴨が二羽と兎が三羽。魚が五匹にベリー。何もかからなかった罠は解除して、四人は帰路へとついた。



 ◇ ◆ ◇



 夕食には魚だけが調理されて出て来た。小さく切り分けられ、衣をつけて揚げたものを野菜と一緒に炒めてあった。淡泊な白身にスパイスが効いていて、身はホロリと柔らかい。アレイアでも湖の魚をよく食べていたので、ビヒトは少し懐かしい気持ちでそれを口に運んでいた。


「――って、感じで、危ないこともなく有意義な狩りでした。な、ティオ」

「え? うん。あっ、はい」


 急に振られて、ぼんやりしていたセルヴァティオは慌てて返事をした。


「なんだよ。疲れてんのか?」


 ラディウスのからかい口調に彼は頭をかきつつ苦笑する。


「明日は何が出てくるか楽しみだな。朝には出来立てのジャムが食べられそうだ」

「だよな! 明日は早起きしなくちゃ」

「早起きしても、朝食の時間は変わりませんよ。厨房に入り込んで邪魔などしないように」


 領主夫人の柔らかいけれど、鋭い指摘にラディウスはちょっと身を引く。言われても味見をしに行きそうだなと、ビヒトはこっそり笑った。


「それで、出立の日は決まったのかね?」

「お邪魔でしたら、明日の朝にでも発てますが」


 そういう意味ではないと知りつつ、ビヒトは肩を竦める。ヴァルムはどうか知らないが、自分はもう朝と言わず出て行っても問題無い。

 領主は案の定、快活に笑って続けた。


「ビヒトさんに出て行かれると、ヴァルムも行ってしまうのだろう。すまないがもう少し居てほしい。三日後はセルヴァティオの誕生日なんだ。ヴァルムは成人の儀に帰ってこなかっただろう? ささやかだが身内で宴を設けようと思ってな。ヴァルムと何か一芸でも披露してもらえると嬉しいんだが」

「……一芸」


 間抜けに復唱された声を聴いて、ラディウスが吹き出した。


「ビヒトさんは何でも出来そうだからな。期待しよう!」

「なっ……ちょっと、待ってください。身内と言ってもこのような席ではないのでしょう?」

「そうだな。少し周囲に渡りもつけたいから、近しい者とセルヴァティオの学友には声をかけようと思ってる。ダンスの経験は?」


 にやにやしながら指をさされて、ビヒトは眩暈のする思いがした。


「成人してからはありませんよ」

「いやあ、頼もしいね。久しぶりに楽しんでくれ。なんなら一人くらい連れ出しても……」

「あなた」


 領主夫人の声に、クラールスはごほんとひとつ咳ばらいをした。


「どうせ、ヴァルムにはおさらいが必要だろうから、一緒に確認するといい。なに、心配しなくとも、ヴァルムよりはできるだろう?」

「クラールス、それはわしに失礼だ!」

「ははっ。では、我が義弟(おとうと)よ。完璧なエスコートを楽しみにしている」


 ぐぬぬと唇を噛むヴァルムは、あっさりと乗せられたことに気付いているだろうか。

 ビヒトが領主夫人を窺うと、にこりと笑われた。

 さて、このふたり、どちらが主導権を握っているのだろう。あるいは、完璧な二人三脚なのか。

 祝い事と言われれば無下に断るのも気が引ける。内々とはいえ、領主主催の宴に参加するなど考えたこともないのだが。

 ビヒトはこっそりと諦めの息を吐いた。




 夕食後はラディウスに連れられて談話室へと案内された。小さなカウンターがあって、飲み物やつまみがいつでも揃っているらしい。「セルフだけどな」とはラディウスの弁だ。

 各々好きな飲み物を手にすると、誰ともなく乾杯の音頭を上げる。グラスのぶつかり合う音が笑いを誘った。


「酔っ払う前に、『一芸』ってどんなことをすればいいんだ? 俺は社交界に出たことはないんだ」


 視線は自然とラディウスに集まる。この中で、まともにそういう場所に行ったことがあるのは彼だけだ。


「別に、なんでもいいと思うけど。上流階級の人間なんてだいたい退屈してるから、変わったもの見せられたら喜ぶと思うぞ」

「ビヒトさんはそれでもいいかもしれないが、父上は一応領主の義弟の肩書だ。旅芸人と同じような事ではクラールス様が恥をかく」

「父上は気にしないと思うぞ」

「そういうことではない」


 平行線をたどる二人のやりとりに、ヴァルムがまあまあと割って入る。


「わしに出来ることなど限られとる。模擬戦でもやりゃあいい」

「広間でか。やめといたほうがいい」


 食い気味にビヒトは牽制を入れる。熱が入ればきっと周りが見えなくなる。


「即却下かよ……見栄えがするものだとなぁ。わしが果物でも乗せて、ビヒトがナイフでも投げるか?」

「父上が的とか、我々は構わないけれど、外の連中には見せられないでしょう。ビヒトさんが後でどう言われるのか考えて下さい」


 小さく肩を竦めると、ヴァルムはラディウスに話を振った。


「余所で見て良かったものは無いのか?」

「うーん。そういう余興はそれこそ旅芸人や大道芸人を呼ぶから……女なら、何人かで舞を舞ってたのを見たことがあるけど……」

「おっ。そうか、それがあったか」


 ばん、とヴァルムはラディウスの背中をひとつ叩きつけると、にっと笑った。


「それにしよう。お前らも、一緒にな」

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