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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト
25/111

25 郊外の森へ

 ビヒトが目覚めると知らない天井が見えた。

 白い地に彫ってあるのか、描いてあるのか、陰影だけで大きな鳥と蛇が向かい合っている。

 どこだ、と視線を回せば大きな身体。動く気配を感じたのか、ヴァルムが顔を上げた。


「おぅ。目ぇ覚めたか」


 そちらを向いてしまえば、朝と同じ景色だった。ヴァルムの部屋らしい。

 ビヒトは身体を起こして手のひらを開いたり閉じたりしてみる。特に違和感はなく、肩を回しても身体を捻っても痛みは無かった。

 ベッドから抜け出して、昨日描き出した魔法陣の整理をしていたらしいヴァルムの向かいに腰を下ろしながら、ビヒトは聞いた。


「なんでヴァルムの部屋なんだ。どのくらい寝てた?」

「いちいち様子を見に行かなくてもいいし、ここならやることもある。そんなに経ってねえぞ。昼過ぎたくらいだ。食えるなら、食っとけ」


 ヴァルムの指差した先には銀色のカバーの被ったワゴンが置いてあった。

 パンに具材が挟まったもの、それと冷たいスープ。

 ビヒトが近付いて遠慮なく摘まむと、ヴァルムがそれをじっと見つめていた。


「……なんだ? 欲しいのか?」

「わしは食った。いや。ちゃんと食うようになったなと」

「最近は旨いものはちゃんと味わってるぞ。腹も減る。というか、再会してからずっと食ってるじゃないか」

「そうか。いやな、最後斬り損ねたみたいだったから、落ち込んどるかと……」

「まあ、悔しいが上出来だろ。あの剣じゃなければできなかったかもしれないし。ただ、なんで意識が落ちたのか解らん」


 ビヒトは頬に当てられていたガーゼをむしり取ってくずかごに投げ捨てる。食べるのにも視界にも邪魔だった。

 ヴァルムは少し笑って、自分の剣を軽く叩いた。


「妙に感覚が鋭くなっとらんかったか?」

「……確かに」

「これを使ってるとたまになる。だが、気持ちいいからと浸りすぎると良くないらしい。集中し過ぎんのか、後でツケが回ってくんのよ。身体か、頭かが休めってな。だからほどほどにしなきゃならん」

「そういうことは先に言え」


 苦々しい顔をするビヒトにヴァルムはガラガラと笑った。


「言っても聞かなかっただろうよ。その感覚は知っておいた方が良かったろう? ここなら人の手も看護体制も充分だ。心配ねえ」

「ラディウス達には心配かけたな」

「大丈夫だとは言ったんだがな。午後から狩りに行くかと言ったら、心配じゃないのかと怒られたわ」


 ビヒトは軽く吹き出した。

 その感覚の違いは、やはり城育ちと冒険者だからなのだろう。一見薄情にも見えるが、息をしていて手当も受けている。それだけで冒険者なら『もう大丈夫』だ。そこから生きるも死ぬも本人次第。『心配』が何の薬にもならないことを皆知っている。心配しないということじゃなく。


「精のつくモン獲って来て食わせてやろうって言わなきゃ伝わらないぞ」

「ん? ……う、ん? いや、そういうつもりでも……」


 そっと視線を外すヴァルムにもう一度笑って、ビヒトは立ったままスープを流し込んだ。

 そういうつもりがなかったのだとしても、結果そういうことになるのが目に見える。本能的に生きているからこそなのか、ヴァルムには自覚が足りない。足りないが故に言葉も足りなくなるのだ。


「よし。腹も満たされたし、行くか」

「どこへ」


 きょとんと顔を上げたヴァルムにビヒトはにっと笑った。


「狩りに」



 ◇ ◆ ◇



 街の中心部にある城の庭のような森では獲物らしい獲物は獲れない。

 四人は竜馬を借りて町外れの森まで足を運んでいた。竜馬なら野山も難なく走る。

 ヴァルムと乗っているセルヴァティオは始終顔をひきつらせていたが、ビヒトと一緒のラディウスは楽しそうだった。

 森の入口で適当な木に竜馬を繋いで奥へと入っていく。

 歩きながらヴァルムが生えている草を指差して、セルヴァティオに説明していた。セルヴァティオはそれを一生懸命という様子で頭に叩き込んでいて、時折草そのものを採取しているようだった。


「ビヒト()()も全部わかんのか?」

「いや。俺はそうでもない。街を拠点にするし、買うことも多いから、なかなか覚えられないな」


 ラディウスは、どういうわけかビヒトに敬称を付けて呼ぶようになっていた。敬われているというよりは、少し呆れられているように感じて苦笑いが出る。


「それでもいいんだ」

「やり方は人それぞれだからな。知っていて損はないから、できるだけ覚えようとは思うが」

「ティオは猟にそれほど興味があるわけじゃないけど、毒の知識って必要?」


 父親とのコミュニケーションの為だけに、いらない知識を仕入れているように見えたのか、ラディウスは頭の後ろで両手を組んだ。


「セルヴァティオは猟や狩りのために毒を知りたいんじゃないぞ? それを人に使われた時に対処する方法を学びたいんだ」


 ラディウスがぱちぱちと瞬きをする。


「なんで、わかんの? 聞いたわけじゃないよな? ヴァルムのことも、そういえば……なんで?」

「なんで、と言われても……セルヴァティオは、ラディウスの力になりたいって言ってて、よく勉強しているようだったから、毒と聞いたらまず暗殺を疑うかなと……ラディウスも気をつけろと言われているだろう?」


 はっとして、ぷぃ、と横を向く様子に、全く気を付けていないだろうことが分かった。


「俺がいくつかの毒物を覚えてるのは家で教えられたからだ。冒険者が狩りで使うのは肉に残らないようなものや即効性のあるものが多いから、それらとは少し違うけど、解毒作用のある植物は使い回せたりする。二人ともそんなところで必要な知識が重なってるとは思ってなかったんだろうな。まあ、ヴァルムはセルヴァティオがまだ小さい子供のイメージでいただろうから、それ以前の問題かもしれないけど」

「毒を盛られそうな家なのか……それで、作法も憶えてるんだな……でも、じゃあ、どうして……」

「冒険者なんかやってるのかって? 言っただろう? 落ちこぼれだって。上に少し離れた優秀な兄達と姉がいて、俺は魔力量が多かったから幼い頃は過保護にされてたんだ。魔法が使えないと分かってきて父と折り合いが悪くなったから、いっそのこと家を出てしまえばいいと思って。だから、彼等の気まずさはなんとなく解るっていうか。でも見ていたらヴァルムの言葉足らずなとこもあるし、あの二人はもっと近づける気がして」


 ラディウスは少し複雑な表情を浮かべて、声を落とした。


「ティオは自分に剣や体術の才能がないことに引け目を感じてる。それがあれば、父親ともっと一緒にいられるのにって。でも、俺はそうは思わない。ヴァルムは普通に戦えるくらいじゃ一緒に連れて行ってはくれない。付き合ってくれることはあっても」

「そうかもな」

「だから、今回ビヒトさんを連れて帰って来たのを見て、ちょっと焦ったんだ」

「焦った?」

「やっぱりこういう子供が欲しかったんじゃないかって」

「あー……」


 ビヒトはしゃがみこんで話している親子に目を向ける。


「いや。ヴァルムはもう俺を子供だとは思ってない。ああ見えて、子供には一応優しいし、彼なりに危ないことに巻き込むのは本意と思ってない」


 ラディウスは深く頷いた。


「うん。俺もそう思う。そして、だから余計羨ましいんじゃないかな。親子ほど違っても、ちゃんと認めてもらってることがさ」

「ああ……それは…………」


 ぐっと表情を引き締め、一度言葉を呑み込んだビヒトにラディウスは軽く首を傾げた。


「……俺も、同じかもしれない」

「え?」

「認められたくて、足掻いてる」

「え? 誰に? ってか、ビヒトさんでも認めてくれない人がいるの?」


 ぎょっとして目を白黒させているラディウスに、ビヒトは表情を崩した。


「ままならないもんだよな。ヴァルムには感謝してる。本当に。さ、そろそろ退屈だろう? 罠でも張りに行こう」

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