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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト
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24 ビヒトの挑戦

「叔父上! いくらなんでも、危ないんじゃないか」


 セルヴァティオも動かなかったので、結局ラディウスが二人に近付いてくる。


「嫌がる者に無理を言うのは良くない。せっかく優秀な冒険者を潰すことになってもいいのか?」

「誰が嫌がっとる?」


 にやりと笑うヴァルムの顔を見て、ラディウスはビヒトに視線を移した。

 黙ったままのビヒトは口を真一文字に結んではいたが、そこに怯えや嫌悪の感情は無かった。少しの迷いは見える。けれど、少しだ。

 ラディウスはそれに呆れる。叔父上は感覚が()()()()、と思う。本人が何か危ないことをする分には放っておけばいいし、それに付き合う義理は無い。


「ビヒト、付き合うことはないんだぞ」

「失敗しても救護班がおる」

「叔父上!」


 食って掛かろうとするラディウスの腕を取って、ヴァルムは先程までビヒトが着けていた腕輪を彼に嵌めた。


「わかった。なら、ひとつはわしが処理する。この剣も貸そう。それなら? ビヒト、試した時は水の弾(アクアグランス)とかじゃないのか? あの家族が危ない魔法(もの)を使うわけがねぇ。お前さんが斬れた時を思い出してみろ。そんな生易しい状況だったか?」


 ビヒトの瞳の中から迷いが消えて、代わりに熱を持った光が灯る。小さく口の端が上がるのを、ラディウスは見た。

 背にぞくりと毛の逆立つ感覚が走る。同じように見えて、こいつも()()()()。自分の到達しえない場所に向かう人種だと、はっきりと解った。

 ラディウスはけれど、そんな叔父もビヒトも怖いとは思わなかった。並べはしないだろうが、同じ場で同じものを見られるのならば見たい。

 そう、思わせるだけの魅力がある。


 ヴァルムから剣をもぎ取ってビヒトが離れていく。


「怖ぇなぁ。叔父上、あんまり挑発しない方がいいんじゃないの?」

「わしが教えんでも、いつか辿り着く。だが、わしは今すぐ見たい。わしの時間がいつまであるかは分からんからな」

「叔父上は殺しても死なないタイプじゃないか。可愛がり過ぎて谷に突き落としてると嫌われるぞ」

「あれがそんなタマなら、もう縁は切れとるわ」


 フン、と鼻で笑ったヴァルムは近くの兵士から剣を借り受けた。


「ティオがこっちの才能無くて良かったのかもしれないな」

「あん? ラディウス。お前はビヒトの投げた物をその腕輪で受ければいい。後は動くな」


 言い残すとヴァルムはビヒトとラディウスの間、少しラディウス寄りに立った。三人を結ぶといびつな三角形が出来る位置だった。




 ヴァルムから剣を受け取ると、ビヒトは手頃な枝か石がないかと辺りを見渡した。

 それに気づいた兵士が、自分の足元に落ちていた枝を拾って差し出してくれる。ありがたく受け取って振り返れば、ヴァルムとラディウスが何か言葉を交わしているところだった。

 ヴァルムが兵士から剣を借りてラディウス寄りに場所を落ち着けると、ビヒトに視線を寄越した。

 その位置ならば、左から来るものを斬ってくれるに違いない。

 助かったと思いながら、悔しい気持ちも同時に湧いてくる自分が不思議だった。今のビヒトでは三つの真空魔術(ワクウム)は捌けない。解っているから、迷っていたのに。


 ヴァルムに頷いてから、ビヒトはラディウスに視線を向ける。

 枝を高く掲げて少し振ると、ラディウスも頷いた。

 ビヒトは深く息をして、表情を引き締める。意識はラディウスの腕輪に集中した。

 彼の手から放たれた枝は、くるくると回転しながら真直ぐにラディウスに向かう。

 左から右に剣を持ち替えて構えたところで、それは腕輪に当たった。


 腕輪から三つの魔力が飛び出してくる。

 右に飛び出したものは、そのまま少し迂回しながら、ビヒトの右後方から戻る形の軌跡を描くのが分かった。下がって避けようとする者を巻き込むコースだ。だから、ヴァルムは前に出た。

 ビヒトは一歩左に踏み込み、斜めに向きを変えた。回り込んできたものを右斜め上に払う形で弾くと、その衝撃も利用して剣を引き戻し正面から来たものに振り下ろす。

 やけに魔力がよく()()()


 そのままでは()から少しずれる。瞬時の判断で斬るから弾くに変えて叩き落とす。

 つま先の先に一文字線が刻まれた。

 はっ、と息をついてビヒトはヴァルムに借りた剣を見る。斬りやすい、とヴァルムも言った。


「……無理か? それよか、こっちをちぃとも気にしてねえが、信用してっと足掬われるぞ」

「うるさい。集中してんだ。そっちはそっちの仕事をしろ」

「あぁん?」

「もう一回」


 やや不機嫌な声を出したヴァルムだったが、被せるようなビヒトの言葉には、にやりと笑った。


「だ、大丈夫か?」


 黙って頷くビヒトに、ラディウスが枝を拾って投げ返す。

 それを受け取ったビヒトは、間を置かずに手首だけでまたラディウスに投げ返した。ラディウスの方がわたわたしている。

 その姿も目に入っていないのか、彼は腕輪に視線を固定したまま腰を落とした。手を下ろしたまま、今度は特に構えない。

 動きは同じ。左に身体をずらしてから右から来るものを弾く。これも斬れるだろうが、斬ってしまうと剣を戻す時間がかかる。

 今度は斬るべき場所を外さない。

 斜めに振り抜いた剣筋は、確かに魔力を掻き消した。


 ビヒトは暫し斬った体勢のまま動きを止めていた。ハッハッと短く繰り返される自分の呼吸音が聞こえてくると、心臓もうるさいほど速く打っているのが分かった。

 人に備わる大小の魔力の在処(ありか)まで感じられて、今なら目を瞑っていても戦えそうだと思う。

 駆け寄ってきそうなラディウスを感じて、ビヒトは思わず声を上げた。


「もう一回!」


 成功を感じて浮つき始めていた周囲の空気がぴたりと止まる。

 ゆらりと体を起こしたビヒトは、燃えるような瞳でラディウスの腕を見つめた。


「ヴァルム、もう手を出すな」

「は、あ!?」


 ラディウスの素っ頓狂な声も気にせず、ビヒトは剣先で枝を寄越せと指示する。

 ヴァルムはにやにやしながらラディウスの傍へと移動した。


「な? あいつは宝の在処を知らせれば、自分から谷へ飛び込むのよ。確かめなけりゃあ気がすまねえのさ」


 枝を拾う気のないラディウスの代わりに、ヴァルムがそれを拾う。

 投げ返せば先程と同じように間を開けずに返ってくるだろうと、ラディウスは身を引こうとした。その腕を掴んで、ヴァルムは枝をビヒトに投げる。


「叔父上!」

「やりたいっつーんだ。やらせろ」


 即返ってきた枝を、ヴァルムがラディウスの腕を突き出す形で腕輪に受けた。

 魔術式が立ち上がる。見える訳がないのに、ビヒトの肌がぴりぴりとそれを感じ取っている。

 彼は目標指定が終わった直後、後ろに飛んだ。続けて、もう一度。着地から今度は三つの軌道を見ながら少し前に詰める。早すぎれば指定場所はずれるし、遅ければ避けるのに間に合わない。シビアなタイミングだった。


 ビヒトが立っていた位置で三つの真空魔術(ワクウム)が重なるのを見極め、剣は少し早いタイミングで打ち下ろす。

 ビヒトの口から、ちっ、と舌打ちが零れた。

 前に傾いた身体を無理矢理後ろに引きながら捻る。

 斬れなかったひとつがビヒトの頬を掠めていった。風の力に浮きあげられ、弾き飛ばされる。

 大した力ではないはずだが、それでも門番が持つ長槍くらいの距離を飛んで、ビヒトは背中から落下した。


「ビヒト!」


 駆け寄ってくるラディウスの気配を感じながら、ビヒトはなんでもない、大丈夫だと身を起こそうとして、身体に全く力が入らず、声にもならないことに気付く。

 頬を伝うのは血だろうけれど、掠ったに過ぎない。

 おかしいなと思っているうちに、ビヒトの視界は暗転した。

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