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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト
22/111

22 ヴァルムの剣

 腕輪の魔法陣の解読はそこで終わりにして、少し雑談した後、今日最後の鐘が鳴る前には少年達を部屋に帰した。

 ヴァルムとビヒトは、そのまま他の道具にも魔法陣が浮かばないか試してみる。宝飾品もただの板に見えるような物も魔法陣はあったりなかったり、何の法則性も無いように思えた。


「おもしれぇが、キリが無いな」


 さすがに少し息をつくビヒトに、ヴァルムは言外にここまでにしようと言った。


「あと、ひとつだけ。その剣、見せてくれないか」

「大丈夫か? 使い過ぎるとよくねぇって聞くぞ。見せるのは構わねえが……」

「他に武器はひとつもない。何か違いがあるかもしれない。大丈夫だ。倒れるようになるまではまだ大分ある」


 体力と同じように魔力も使い過ぎると体が動かなくなる。魔術学校でも魔力の少ない者は実技の授業が分けられていた。魔力の回復薬もないことはないが、劇的に効く物は無いと思っていい。あくまでも緊急処置でしかなく、自然回復を待つことになるのだ。

 魔獣の多いような魔素が多い地域だと回復は早いと言われているが、目に見えないことなので見極めるのは難しい。

 結局、疲れたら寝る。それが一番確実だった。


 ヴァルムがテーブルの上に置いた剣を持ち上げようとして、ビヒトはその重さに驚いた。思っていた以上に重い。というか、持ち上がらない。他の物と素材は同じようだから、見た目よりは軽いだろうと思ったのに。


「重いな。こんなのを振り回してるのか?」

「あん? 重くねえぞ? 軽いくらいだ」

「は?」


 いくらヴァルムと力の差があるとはいえ、持ち上げられない程、というのは無いはずだった。真剣に力を籠めるビヒトの様子にヴァルムも首を傾げる。


「ちょっと、流してみぃ」


 はっとしてビヒトは持ち上げようとするのをやめて、そのまま柄に魔力を籠めていく。その柄の(キヨン)の中ほどに魔法陣が浮き上がった。


「変わったもんか?」

「ああ……いや、基本は、登録の魔法陣だ。色々とついてるみたいだが……最初に登録したのか?」

「いや、別に。血の付いた手で拾い上げたかもしれんが」

「それだ」

「なるほど。だからこいつは放置してても盗まれたりしねぇんだな」

「放置するのか」


 呆れるビヒトにヴァルムは「たまにだぞ」と頭をかいた。


「あるだろう? とりあえず身一つで逃げなきゃいけねえ時とか。うっかり崖から落ちたりとか」

「いや、あまりないから」


 呆れと諦めの溜息をつきつつ、彼は魔法陣を睨む。


「複数登録可能か試してもいいか?」

「別にいいけどよ」


 ビヒトはナイフを取り出して左の小指の先を切りつけると、ぷくりと盛り上がった血を先程魔法陣が浮かんだ辺りに押し付けた。

 特に反応もなく、血の痕がこびりついている。持ち上げようとしても、まだ重かった。


「そのままじゃ無理か。許可制は……あり得るか? ヴァルム頼む」

「『許可する』」

「……無理か……古語なら……」

「『許可(ペルミッション)』」


 一瞬、魔法陣が明るく浮かび上がり、血が吸いこまれるようにして消えていく。次の瞬間には幅広で肉厚の無骨な剣はひょいと持ち上がった。ヴァルムが言うように見た目よりは随分軽い。

 ビヒトは握りを確かめて、軽く振ってみた。


「『返還(レウェルティ)』」


 次のヴァルムの言葉でビヒトの手の中の剣は急に重みを増した。抗う間もなく床まで身体ごと持っていかれる。


「ヴァルム!」

「なるほどなぁ」


 床の一部を砕いた自分の剣を、ヴァルムはにやにやしながら眺めていた。

 すぐにもう一度許可の言葉を口にする。


「失くしたらもう二度と手に入んねえだろうからな」


 言いたいことは解るが、腕や背中を痛めかねなかった。ビヒトは渋面を作ったまま立ち上がる。


「たまに放置するやつがよく言う……武器は他に見つけてないのか?」

「浅いとこにゃあねぇな。それも、罠じゃなく、老朽化で床が崩れて落ちた先でたまたま見つけたモンだ」

「高く売れるだろうにな」

「こんなのが出回ったら、武器屋の仕事がひとつ減っちまう」


 まあそうかと、彼は少し笑った。


「護身具とかはちゃんと確かめれば売れるんじゃないか? ひと財産できるぞ」

「金はな、そんなに困っちゃいねぇからな。まあ、いつか必要になった時に考えてもいいな。確認もお前さんがいないと面倒臭くてかなわねぇ」

「便利だからって呼びつけるなよ?」


 嫌な予感がして、ビヒトは先に釘をさす。


「なんでえ、冷てぇな。けちけちすんな。余ってるもん上手く使えるんだ。いいじゃねぇか」

「余らせてる訳じゃない。まあ、再会まで五年もかかってるんだ。次に会うのはいつか判らんがな」


 フンと鼻で笑ってやれば、ヴァルムは口をへの字にして暫し黙り込んだ。

 むぅ、と唸ったかと思うとずかずかと机へ歩み寄り、抽斗(ひきだし)を開けていく。最後に開けた抽斗から何かを取り出すと、真面目顔でビヒトの手を取り、そこに巻貝のような形の魔道具を叩きつけるようにして押し付けた。


「持ってけ。そこに嵌まってる石がチカチカ光ったら発動させて耳を寄せろ。伝言が届く。光ってない時に叩いてから伝言を吹き込めばこちらに届く」


 通信具と呼ばれる物だった。領地間や国同士で使われていて、個人で使っているのはあまり見ることはない。

 そんな物を、簡単に……と、思いかけて、ビヒトはふと思いついて、確認しておく。


「誰に、繋がるんだ?」


 ヴァルムの目が少し泳いだ。ビヒトはもう一度尋ねる。


「もう一方は、誰が持ってる?」

「……姉上、だな」


 口よりも早く手が動いていた。

 ビヒトは持たされた通信具をヴァルムに投げつける。スコン、といい音がしてそれはヴァルムの頭に当たってから床に落ちた。


「おま、えは! そこに突っ込んでたってことは、次には持っていく気が無かったな?! 領主夫人が、あんなに心を砕いているというのに!」

「いや、それはな……」

「いや、じゃない! ちょっと座れ! 彼女が心配してお前に託す伝言を俺が聴いてどうするんだ」

「ビヒトなら、わしを見つけるかなぁ、と……」


 勢いに押されて、その場に正座して背を丸めるヴァルムの上からビシリと指を突き付ける。


「自分で聞いて、即帰るのが一番早い」

「それじゃあお前さんと会えない」

「一年後でも二年後でも日付でも決めりゃあいい話だろう?」

「……そりゃぁ……ちと、守れる自信ねぇなぁ……」


 うっすらと笑ったビヒトの顔を見て、ヴァルムは一度背筋を伸ばして、慌てて付け足した。


「や、あのな。ちゃんと、用意するつもりでは、いるんだ。ただ、安いもんでもねぇし、作るにしても時間がかかる。だから、その間の繋ぎっつーかな? なっ? わしがお前さんを探すより、お前さんがわしを探す方が絶対早いって!」


 妙な説得力に、ビヒトの口から深い溜息が漏れる。


「いいか、百歩譲っても、彼女にちゃんと状況を報告しろよ? というか、先に相談しろ? 勝手に決めるな! 子供じゃないんだから…………!?」


 そこでビヒトは目の端に光る物を捉えた。それまでの勢いから一転、ざっと顔色を失くした彼にヴァルムが訝しげに振り返る。

 そこには緑の石が光る通信具が転がっていた。


「ヴァ……ヴァルム。と、取り消し……」


 ひょいと通信具を拾い上げて、ちらとビヒトに視線を向けたヴァルムはそのまま肩を竦めた。


「そんな機能ねぇし、たぶん、もう聞いとる。説明する手間が省けたな」

「だから、そういうところが……!」


 ビヒトはまだ言い足りなかったが、石は光っている。文字通り筒抜けなのだと言い聞かせて、後は飲み込む。

 ちょっと笑いながら、ヴァルムは石を叩いて発動を止めた。


「別に、取り繕うほどのことでもあるまい?」

「違う。こんな夜更けに、緊急でもないくだらないことを聞かせてしまったこと自体が悪い」

「相変わらず、お堅えなぁ」


 よっと足を崩したヴァルムの手の中で、通信具の石ががチカチカと瞬いた。

 今度はビヒトが背筋を伸ばす。

 ヴァルムが無造作に石を叩くと、笑いを含んだ領主夫人の声が聞こえてきた。


 ――城を発つ前に二人で必ず顔を見せるように。


 と。

※最後の鐘・・・午後9時頃

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