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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第二章 赤い石の耳飾りのビヒト
20/111

20 遺物での試行

 領主夫人は立ち上がると、ビヒトに向かって軽く目礼をした。

 話の終わりを悟って、ビヒトも立ち上がる。使用人まで排して本当に二人きりだったので、彼はドアを開けようと少し大股で彼女を追い越そうとした。


「そうそう――」


 突然、領主夫人が振り返り、ビヒトは驚いて足を止める。

 じっと見つめる彼女の次の言葉を待っていたのだが、至近距離で見上げる灰緑色の瞳が、不意に閉じられ、彼女の身体から力が抜けた。

 ビヒトにもたれ掛るようにしながら崩れ落ちる彼女の身体を、彼は慌てて支える。


「パエニンスラ夫人?!」


 くったりと色を失くした顔に、何か無理でもしていたのだろうかと焦って、恐らくはドアの外にいるだろう使用人を呼ぼうとビヒトは息を吸い込んだ。


()…………」


 べちん、と小さめの掌がその口を塞ぐ。

 再び開かれた瞳と唇は緩やかな弧を描いていた。


「女性はこんな風に人を騙しますからね。お気をつけなさい。ヴァルムのように気付いたら子が出来ていた、なんてことのないように」


 領主夫人の手のひらの下で口を動かすのは憚られて、ビヒトは少し長い瞬きで返事をした。

 できれば、自分の立場を考えて実践などしないでほしかった。邪な気持ちではなく、緊張から心臓がバクバクいっている。

 その胸を軽く押さえつつ、彼女が姿勢を正し、軽く衣装を整えるのを横目で見ながら、今度こそビヒトは彼女のために部屋のドアを開けたのだった。



 ◇ ◆ ◇



 夕食まではヴァルムの部屋で過ごした。

 ビヒトもヴァルムもそこで夕食でも構わなかったのだが、領主の誘いは断りにくい。ビヒトには衣装も貸すからと差し出されて、諦念の感で受け取っていた。

 ヴァルムの部屋はあまり使われないのだろう。客室のようなよそよそしさがあって、彼自身も慣れないようだ。それでもドアの無い入口で繋がる隣室に来いと呼ばれて、ビヒトは足を踏み入れた。


 衣裳部屋なのか、いくつか服がかかっているが、数は多くない。奥の方に木箱が三つほど置かれていて、白っぽい物が雑然と詰め込まれていた。

 楕円形で大きさの違う穴が幾つか開いた笛のような物。薄い四角で目盛りと針のある量りのような物。ビーズのように穴の開いた石を連ねた首飾りや、宝石の付いた腕輪のような物。額や盾のような物もいくつか見受けられる。


「……石? 金属……?」


 ビヒトは適当にひとつ手に取って観察する。

 思ったよりは軽く、灰色がかった白で角度によっては金属のような光沢が出る。ビヒトが手に取ったのはつるんとした卵のような物だった。どこにも継ぎ目は無く、光の当て方で虹色が浮かぶ。

 何に使うものなのか、置物の類なのか、さっぱりわからない。


「おう。それなら丁度いいな」

「んん?」

「ちょっと、付与し(やっ)てみろ。その形なら明かりがいいか?」

「壊れてもいいものか?」

「ああ。どうせ何だかわからん」


 手のひらの上で、卵型の石はすぐに乳白色の柔らかい光を放ち始めた。


「……これ、金属よりずっと籠めやすい。魔石ほどじゃないが」

「ほぅ」


 いつもなら、そろそろ壊れるという時間が経っても、それはまだ形を保っていた。


「離せるか?」


 ヴァルムの言葉に、それをそっと床に置いて手を離していく。

 指が離れても、それはまだ光っていた。ビヒトは小さく息を呑む。

 けれど、見ている間に光は弱っていき、ろうそくの火が消えるように最後に少し揺らいで消えた。


「残すのは無理か」


 ヴァルムが無造作に拾い上げる。


「あっ」


 崩れるんじゃないかと、ビヒトは思わず声を上げた。が、卵形には傷ひとつついていない。

 ヴァルムもひっくり返して確かめている。


「とりあえず、大丈夫だな」

「……ほんとに?」


 ヴァルムはそれをわざわざビヒトへと投げて渡す。

 ビヒトはおっかなびっくり受け取ったが、卵形は元と同じようにその形を保っていた。


「あ。でも、艶は消えてる」


 光にかざした時に出ていた虹色も、金属のようなテカリも控えめになり、磨いた石のような質感になっている。


「劣化、か? もう一度やってみぃ」


 頷いて、もう一度同じように魔力を籠めながら魔法を付与していく。乳白色の光は変わりなく、籠めるのをやめると、先程と同じように少しの間光を残してから消えた。

 まだ形は保っているものの、表面はざらりとして、もう光沢は無い。

 ビヒトが差し出すと、ヴァルムもその手触りを確かめた。


「もう一回くれぇかな」

「俺もそう思う」


 言いながら三度目の力を籠め始める。

 乳白色に光る卵は、途中で全体に蜘蛛の巣のような罅が入って、光もふっと消え失せた。

 ヴァルムは口をへの字にして腕を組む。


「イケるかと思ったんだがな」

「でも、すごい。まだ崩れてないし、何でできてるんだ?」


 ヴァルムは眉を上げて、おどけたように両手を肩の辺りまで上げた。


「さあ。地中に埋もれたりしてる、古い遺跡から出るもんだ。あまり関心は持たれてないな。ただ、かなり丈夫だぞ。わしの剣も拾ったもんだが、刃こぼれひとつせん。まぁ、こぼれたとして、研ぎ直しもできんだろうがな」

「それもそうなのか?!」


 幅広で肉厚で、変わった剣だと思っていたが、普通の物ではなかったらしい。


「ちょっと待てよ。それだから魔法が斬れるってわけじゃ……」

「おめえさんも斬っただろうがよ。普通の短剣で。わしも普通の剣でも斬れる。ただ、こっちの方が斬りやすい気はするな。確かに」

「なんで、関心もたれてないんだ。俺でも色々調べたくなる」

「まず、固すぎて削れないから成分も調べられんし加工も出来ん。魔力は籠められるが、魔蓄石みたいに溜めてはおけないみたいだな。そもそも宝飾品以外は何に使うのか判らん物が多い。魔法を付与するなんて、お前さんくらいなもんだろう。もう少し崩れてくれれば、調べさせるんだがな。後は、遺跡の奥でしか手に入らんから、単純に行きつけねえんだ。罠もあるし、浅いところは魔獣の棲家になっとるとこもある。多分、金と労力が見合わねえ」

「そんなとこに、まさかひとりで行ってるのか?」


 少し呆れて、領主夫人の心配が解るなとビヒトは眉を顰める。


「人と行ったこともあるがな。誰かと行く方が危ねぇ。ひとりなら、とりあえず罠では死なねえからな。持ち出せるものに限度はあるが。あまり深くても生き物がいねぇと食料に困って先に進めねえし……思ったほどは行けてねえんだ」


 「行けてない」が多分自分が思うよりは奥なのだろうなと、ビヒトは小さく溜息を漏らす。行ってみたい気もするが、ヴァルムが誰も連れて行かないのだから、まだ未熟な自分が口にするのは憚られた。

 罅の入った卵をそっと床に置くと、緑の石の嵌まった腕輪を取り上げてみる。


「ちなみに、どこにあるんだ? その、遺跡」

「砂漠の向こうの『不帰(かえらず)の森』の奥だ。そこから南の海の方にもあるが、行ってみてえならまずそこがいいだろう。『不帰の森』を歩けるようになれば、地下三階くれぇまでは大丈夫だ」

「森の名前がまず不穏なんだが」


 ヴァルムはガラガラと笑う。


「まあな。色々、ある。普通に調査隊が入ったことのあるトコだから、絶対無理じゃねえぞ? 行きてえなら、連れて行ってやらんこともないが……斬れる(・・・)くらいにはなった方がいいなぁ」


 にやにやしながら顎をさすっているヴァルムにビヒトは渋面を作る。


くらい(・・・)って言うな」

「おめえさんがまだ()っこければ、ずっと背負(おぶ)ってやるんだがな」

「勘弁してくれ」


 ビヒトは手の中で遊ばせていた腕輪の石に何気なく魔力を注いでみる。するすると入っていく感覚に、宝石ではないと気が付いた。


「護身具、なのか?」


 少し真剣に腕輪のデザインを見直してみる。石の周りの模様だと思っていた蔦の絡むような意匠は、装飾された文字かもしれない。

 思いつきで腕輪そのものにも魔力を籠めてみる。すると、石の底が仄かに光って、石に重なるように魔法陣が浮いて見えた。


「ヴァルム」


 呼んだ時には、彼はもう隣の部屋に走っていた。書きつけられるものを持って、大急ぎで戻ってくる。

 机もない場所なので、床に這いつくばるようにして準備した彼の目の前にビヒトは腕輪を差し出した。

 しばらくガリガリとヴァルムが魔法陣を書き移す音だけが響いていた。


「魔力、大丈夫か?」

「問題無い。転移陣を動かしたのに比べれば、このくらい」

「流しっぱなしなんだろう? もったいねぇが、もう少しだ」

「適当に写されても困るからな。丁寧に書いてくれよ」

「うるせぇ。やっとるわ」


 ヴァルムが陣を書き写し終わった時、夕食の時間を告げる鐘の音が聞こえてきた。

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