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天は厄災の旋律(しらべ)  作者: ながる
第六章 監獄半島の忌み子

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102 孫娘

 とにもかくにも、青い月は見てやろうと、ビヒトは滞在を決めた。

 客室をとのことだったが、ヴァルムもカエルレウムも離れで寝起きしているというので、そちらの空き部屋に入れてもらう。

 カエルレウムの部屋には大きなベッドと水の流れる流し、風呂にトイレまであってその部屋で全てが賄えるようになっていた。

 部屋のものとは別に露天の岩風呂があると案内される。天然の温泉で、着替え場所も作られていた。


 ヴァルムの書斎は離れの中央にあり、書庫を兼ねた部屋となっていた。寝込むカエルレウムの慰めになればと、パエニンスラからも本を失敬してきたと悪い顔をする。

 読み書きはある程度仕込まれているようで、事実、カエルレウムはよく本を読んでいた。

 外に出られない分、想像の翼を広げていくのは楽しいらしい。


「地下には坊主のとこの古い古文書なんかを移してある。酒蔵もあるから、適当に使え。あと、近いうちにテリエルが来る」

「……誰だ?」


 聞き慣れない女の名前に、ビヒトはヴァルムの女だろうかと少し眉を寄せる。


「孫娘だ。セルヴァティオの娘」

「ああ。え? いくつになった?」

「七つ。坊主より二つ上だな。何度か連れて来て、坊主の遊び相手になってもらったんだが、坊主よりよっぽどやんちゃでな。今回も『叱られたから家出する』と……」


 可笑しそうに笑うヴァルムはちゃんと祖父の顔をしていて面白かった。


「家出といっても両親も把握しておる。向こうで船に乗せてもらって一人で来るだけのこと。港町まで迎えに行くから、その間は坊主を頼む。まあ、満月が過ぎたばかりだ。どうということもねえ。普通にしとればええ」

「彼女にも言ってないのか?」

「いや。絶対に素手で触れるなとお互いに言い聞かせておる。うつるからではなく、命に係わることだからと。どちらかが、あるいは両方が手袋をつけていれば問題無い。顔を掠めるくらいでは気にすることもない。絶対ではないが、口と手以外は神経質になるほどでもないと思っとる。肌をさらさない服装も心がけさせとるしな。女の子はその辺は言わずともそうだから、苦でもないようだ」

「よく怖がらなかったな……」

「そういう病気だとの認識なんだろう。私がお世話しなくちゃ! などと思ったらしいぞ……城であれこれ世話されとる彼女より、坊主の方がよっぽど自分で色々出来るがな。それも、面白くないらしい。意地になっとる」


 もしかして、両親よりもヴァルムの豪快な血の方が濃く出ているのだろうか。

 そんな思いは、彼女と接するごとに確信へと変わった。




 テリエルは、母親によく似た金髪碧眼の綺麗な子だった。初対面の挨拶の時こそ、お嬢様らしい挨拶を披露したけれど、そう時間が経たないうちに素がでてきた。

 勉強の時間などと決めてカエルレウムと共に始めるのだが、半刻も経たないうちに自分の方が先に飽きてしまう。興味のあることに対する集中力には目を瞠るけれど、それが読み書きや計算になると、やる気になれないようだ。

 結局、すぐに家の中や庭、カエルレウムの調子のいい時は川を越えた先の山ふもとの原っぱまで、彼を引き摺り回していた。

 ビヒトもヴァルムと交代で見張りについて歩いたけれど、そこは女の子。ままごとや花冠を作ったり、その程度の遊びだったが(もしかしたら、病気を気遣って体力の要りそうなことは避けていたのかもしれないけれど)。


 三日も経てば遠慮も無くなる。

 午後の少しまったりとした時間に、テリエルはソファに寝ころびながら呟いた。


「ねえ、ビヒト、お腹空かない?」

「いや、俺は」

「カエルは?」

「んー? 少し?」


 きちんと座るカエルレウムの姿を目にすると、どちらが上流家庭の子供なのか判らなくなる。

 ヴァルムは港町まで買い出しに出ていて、夕飯代わりに何か買って帰ってくるはずだが、もう少し時間はかかりそうだ。


「何か探してみるか?」

「わ! 楽しそう! おったからおったからー♪」


 テリエルは跳び起きて、先陣を切って厨房へと向かって行く。

 少し呆れた顔をしながら、カエルレウムも後に続いた。

 ビヒトが厨房を覗いた時、すでにいくつかの棚は開けられていた。

 ヴァルムもビヒトも凝った料理を作る方ではなかったので、ストックは多くない。そのまま食べられるナッツ類や、パンにつけるジャムとバターくらいは出てくるはずだった。


「上の棚はビヒトお願いね!」

「はい。お嬢様」


 ふざけて答えると、テリエルが複雑そうな表情で振り返った。


「ここでは『お嬢様』はしたくないわ」

「したくなくてもテリエルはおじょーさまでしょ」


 カエルレウムの声にも顔を顰める。


「お爺さまはボウケンシャなんだから、私はボウケンシャの孫よ。カエルには言ったでしょ。リエルって呼んで」


 言うだけ言うと、テリエルは戸棚や抽斗を開けるのを再開させた。探すよりも開ける方が楽しくなっているようだ。ビヒトとカエルレウムは目を合わせると同時に肩をすくめた。

 テリエルが開けた場所をビヒトとカエルレウムがチェックして、何も無ければ閉める。それを繰り返して、台の上には小麦粉と卵と蜂蜜、ジャム、バター、ミルクが乗せられた。


「パンケーキだな」


 小腹も満たされるし、残れば夜や朝に食べてもいい。


「できるの?」

「難しくない。一緒に作ろう」


 どちらも初めてのことだったらしく、二人は豪快に粉を飛ばしながら、とても楽しそうに作業をしていた。

 食べる前に着替えになったのはご愛嬌だ。

 ほんのり蜂蜜の甘味が残るパンケーキは、あっという間になくなった。


 その日から、ビヒトは少しずつ料理を覚え直した。素材の切り方、下ごしらえ、火の入れ方でも味が変わる。

 毎日の簡単なおやつ作りが日課になりつつあって、特にカエルレウムは作る方に興味を示した。

 ビヒトと一緒に料理本を覗き込むカエルレウムに、包丁はその手には少し余ったので、小振りのナイフを与えて使わせた。

 テリエルも対抗してやりたがったが、比べるとカエルレウムより雑で大雑把。それが悪いという訳でもないけれど、性格が出るものだとビヒトは面白く見守った。


 十日ほどの、嵐のような日々があっという間に過ぎ、「またすぐ来るから!」と憤慨しながらテリエルは帰っていった。

 港町まで送っていったヴァルムが帰ってくると、ソファに身を沈めて大きく息を吐き出す。


「やれやれ。あの勢いでは、本当にすぐまた来そうだな」

「あんまりこっちに居つくと、色々問題があるんじゃないか?」

「わしは本人の好きにさせればいいと思うが……滞在が長引くなら、まあ、礼儀作法くらいはやらないとダメか? お(めえ)さんも気に入られたようだし、教えてやればええ」

「女性のことはさすがに俺でも限界があるぞ。怪我や病気した時とか、どうするつもりだ。そもそも、青い月を見たら、その先どうするかは決めてない」


 ふぅむ、としばし顎をさすって、「なんとかなるだろ」とヴァルムは笑った。

 それからすぐに、ビヒトと同年齢くらいの女中を一人雇ったと知らされた。とりあえず通いで、昼と夜の食事の支度がメイン。テリエルが来た時は、その教育もお願いするという話だった。


「村の服屋の女主人の姉でな。どこだか大きな家で働いていたのが、夜逃げ同然で主がいなくなったらしい。戻ってきてくさくさしてるというので、紹介してもらったのよ」


 会って挨拶もしたが、余計なことは言わずに働くきっぷのいいご婦人だった。少しふくよかな体形も、どことなくハンナを思わせて親近感が湧いた。

 テーブルに()()が並ぶようになって、ビヒトもなんとなく生活に慣れてきた頃、カエルレウムが熱を出した。

 いつものことだからとベッドで弱々しく笑う姿に、額で熱を測ろうと手を出したら遮られた。


「さわっちゃ、だめ」


 こんな時でも手袋をはめていて、自分で体温計を脇に挟む。

 苦しくて甘えたいだろうに、その徹底した姿勢にショックを受けた。


「もっと体力をつければいいのかな。ビヒトや、爺ちゃんみたいになるには、どうすればいいんだろう……」


 熱くなった体温計を受け取り、そのどうにもならない悔しさが理解できるだけに胸が痛む。

 カエルレウムは無茶した訳ではない。大人しく、礼儀正しく、我儘を言う訳でもなく過ごしていた。それは寝込んでいる間も同じだった。食事を運ぶビヒトに笑顔さえ浮かべる。

 満月までの五日間、ビヒトも熱に炙られるようだった。

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