不運な兎、白昼の夢を見る
よくわからない空間に放り出されます。
読みづらいと思われますが、お付き合いくださると嬉しい限りです。
感想、評価いただけると、筆者の頭が幸せすぎて爆発します。
君の弟みたいな事にはならないつもりだ
ラビィは心の中でそう言葉を紡いだ。
ロムに別れを告げ、ラビィは足を進めていた。
太陽が空のてっぺんに昇り、影は小さく息を潜める。すっかり気温も上がり、町の中心地は買い物を楽しむ獣人達で溢れかえっていた。
ラビィはずらり並ぶ商店の看板を見て回る。
古本でも漁っていこうかな。
いつものように、木製のアンティークな扉をノックしそうになっていた手を急いで引っ込めた。
危ない。いつものルーチンに陥る所だった。
今夜ラビィは老樹林の森を抜け、隣町のトランダに向かうつもりだった。その後、トランダのギルトで冒険者登録をしてもらい、この国の国境を越え、ギアナ王国領を目指す。
簡潔に言えば町を出て冒険者になる。
過去に捨てた夢だったが、もう一度拾うことにした。冒険記に書かれたあの場所を旅したい。というミーハーな気持ちだけではない。先に旅立っていった親友への贖罪のためでもある。
ラビィがしばらくは見納めになる商店街をゆっくり歩いていると、突然何かに背中を強く押された。
ドサッ
地面に落下する音を聞いて、ラビィは背後を振り向いた。
小さな子供が尻餅をついている。目には涙を浮かべていて、今にも泣きだしそうだ。
「大丈夫?」
ラビィはなるべく優しそうな表情で子供に声をかけた。
子供の眉が徐々に下がっていく、目尻から水が零れ落ち、唇を大きく開いた。
あっ、これはまずい。来るかも。来るかも。来るぞ。
ラビィの腕が持ち上げられるより、子供の声帯が震えるのがやや早かった。
次の瞬間。
天地がひっくり返るほどの大音量が敏感な兎の耳を襲った。
効果は抜群だ。今ラビィの頭の中では、塵も残らない程の大爆発が発生していた。光の球が視界の隅でチカチカと瞬いている。
僕の人生はここで終わってしまうのか。兎の獣人の血はここで潰えるようだ…。心残りが多すぎる。まだまだやりたい事、やらなければいけない事だらけなんだけど。
ラビィの意識は深い闇の中に消えていった。
視界いっぱいの黒。
しかし純粋な真っ黒ではない。
靄がかかったように、ピントが合わない情景だ。
ラビィはなまじりを指でなぞった。
巨大な長方形の紙のようなものが宙に浮かんでいる。
「座って見なよ。他の人に迷惑じゃん。」
女性の声なのか男性の声なのか、はたまた年齢もわからない不思議な声色。喋っている内容は脳が理解しているのに、自分の鼓膜がどのように震えているのか伝達されていない。
頭に直接送りつけられているような。そんな感じ。
「おーい。どこ見てんの?こっちこっち。」
白い指が視界の隅を掠めた。
10歳。いや、それよりはもう少し上だろうか。仮面の少年が椅子に座っていた。
椅子は全体がふわふわとした赤色の繊維で覆われている。町でも書籍でもこのような形の椅子は見たことがなかった。
「何、間の抜けた顔してるの?すごいブサイク。」
白紙の上に黒い線が走り始めた。空間が明るくなる。紙が発光しているようだ。
「あ、始まっちゃう。ほら、座って座って。」
振り向くと、少年が座っているのとまったく同じ赤い椅子が、ずっと後ろの方まで並んでいた。ラビィと少年の位置に平行にも椅子が寸分の狂いもなく、均等な間で並べられている。
先ほど、他の人と言っていたが、それらしき人は見当たらない。
少年に諭され、席に着く。いったい何が始まると言うのだろう。
発光する紙の中に、鉛筆で描かれたような白黒の絵が映し出された。
2頭身の人型が3つ。
右にいるのは頭に2本の長い耳を生やした女の人。
左にいる男の頭には何も書かれていない。象徴的な部位の描き込みは何もない。人間だろうか。
真ん中は2人に比べて背の低い人型だ。頭に折れた2本の長い耳を生やしている。
真ん中の折れ耳の人型が歩き出した。白い紙の中を右にどんどん進んでいく。
残りの2人は付いてくることなく立ち止まっている。紙の左端に見切れそうになると、フッと姿が消えてしまった。
折れ耳の人型の前に、熊のような耳を生やした人型が数体現れた。男と女が2人ずつだ。小柄な方の女の人型が、髪をいじって遊んでいる。今度は、姿が消えることはなく、見切れていった。
折れ耳は気にせず前に進んでいく。
次に現れたのは、山羊の角を生やした人型だ。折れ耳に小さく手を振っている。丸い眼鏡をしていて、なんだか表情が気持ち悪い。
次に現れたのは、人間らしき少女の人型と、獅子の部位をもった少年の人型だった。ラビィの親友達にとても良く似ている。ニコニコとしていて楽しそうな雰囲気だ。
しかし、獅子の少年の人型は左端に見切れそうになった時、消えてしまった。
また紙の上に、獅子の人型が現れた。腰にぶら下げている剣以外は、さっきの人型と瓜二つだ。その人型は目の前を通り過ぎる折れ耳を引き留めようとしている。しかし折れ耳は通り過ぎて行ってしまった。
折れ耳の前に今度はさっきとまったく同じ、少女の人型が現れた。折れ耳が目の前を通り過ぎようとした時、少女も同じように歩き出した。折れ耳は独りぼっちではなくなった。
次に、耳のとんがった女の人型が現れた。エルフ族だろうか、2頭身なのに全体的にすらりとしている。
刹那、突然の暗転。紙が真っ黒に染まった。と、思えばコーヒーにミルクを注いだ時のような波紋が広がっていく。白と黒の渦は紙の上をはみ出していた。
違う、これは僕自身の視界が…。
ラビィは再び眠りに落ちた。
仮面の少年「君は自分の兎の獣人である側面しか知らない。もう一つの仮面を知ろうとするべきだ。」