感想戦
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「まさかお前に負ける日が来るとは思わなかった。」
「ただのまぐれだけどね。」
ラビィは笑った。
ロムが自分に剣術を教えるとき、初めのうちは手を抜いて、とどめを刺しに来ないということを、利用した戦術だった。
真面目に勝負したらロムには一生勝てないし、どう考えても卑怯な手段による勝利だから、何の意味もないけれど。
ラビィは今日までにロムに勝っておきたかったのである。ロムに自分を強くしてくれと頼んだ集大成として。
ロムの大きな固い手のひらが、陽の光に照らされてキラキラと輝く白い髪をわしゃわしゃと撫でた。乱暴な手つきに、耳の付け根が少し押し曲げられる。ちょっと痛い。
ロムは手を抜いた結果負けてしまった。確かに剣の稽古という場でなければ負けることはあり得なかったが、ラビィの実力を見誤って慢心していたという部分では自分の実力不足だった。
この結果をロムは素直に受け止めていたし、千をこえる勝負の上に初めて付いた黒星はすがすがしい気分だった。ラビィが今まで、ロムを本気で打倒そうと挑んできていなかったことに気づいていたからだ。
今日のラビィの剣さばきには、粘り強さがあったし、勝利への執着が感じられた。どんなに魔物に追い詰められても、生にしがみつき、必ず倒さなくてはいけない。その思考は実戦で大変役に立つだろう。
それに、ラビィの剣の腕前は最初に比べて、かなり上達していた。ロムはともかく、他の警備隊に参加する獣人達とは、お互い本気でいい勝負ができるレベルだ。
ロムはラビィがこれからどのように強くなっていくのか楽しみだった。いつか自分の本気の実力に追いついてくる日がくるかもしれないと胸を膨らませた。
ただ同時に悲しくもあった。
折角ここまで強くなっても、ラビィにはそれを活かせる場が無い。
ロムも兎の獣人の話は知っている。万が一、魔物に命を奪われたり、奴隷商に攫われたりすれば、文明的な大損失になる。
現在確認されている唯一の兎の獣人の生き残りの存在は、町全体で隠匿すべきものである。ロムはラビィを町の外に出すべきでは無いと考えていた。
だがラビィ自身はどうなのだろうか。
ロムは剣の手入れをしているラビィを見た。ロムの譲ったおさがりの剣は、ラビィが持っていると随分大きな得物に感じる。
ラビィは魔物が町に侵入してしまった時のための、護身用だと言って、剣を習いに来た。
その時は本当にそれだけのつもりでロムに教えを請ったのかもしれない。
今はどうなのだろう。
自分やリリーが町の外に出かけている時、どんな気持ちなのか。町の外に出たいと感じていないのだろうか。
ラビィは剣を背中に背負っている。通常は腰に付ける大きさの剣だが、ラビィの身長では引きずってしまうのでその位置になった。
「今日は剣を持って帰って、素振りをする。」らしかった。
ロムは、彼自身が全く信頼を置いていない頭を回転させて考えたが、やはり答えは出なかった。
ロムは欠伸を漏らした。
今夜も老樹林で魔物退治をしなくてはならない。警備隊の活動に備えて早めに寝ておくべきか。
いつものように別れの挨拶を告げようとすると、呼び止められた。ラビィがこちらに歩を近づける度に、2本の耳がふわふわと跳ねる。
「今からするのは絶対にありえない話で、僕はこんな事、この世に生を受けてから一度も考えたこともないんだけどさ。」
大きな赤い瞳がロムの顔を見上げている。何か引っかかるような、釈然としない変な言い回しだと感じる。慎重に言葉を選んでいる様子だ。
「もしだよ。」
「もし、僕がこの町を出て冒険者になっていたら、君は一緒に来てくれているかな。」
「それはないな。」
返事は迷いなく口から出ていた。
突き放すような強くて低い声。発した言葉が自分の耳に入ってきたとき、驚いてしまうほど冷たい声だった。
「俺はお前がずっとここにいるべきだと思ってる。だからそんな事には協力できない。」
ラビィがこの町から消える。ロムにとってそれは絶対に想像したくないことだった。ここ数年、ロムとラビィはかなり長い時間を共有してきた。親友…かどうかはわからないが、ラビィの事を自分の理解者だと思っている。
獣人しか住まない安全な町の中にいて欲しいと思った。
ラビィに冗談が通じない奴だと思われたかもしれない。
「そっか。」
人に聞かせるつもりのない小さな呟き。兎の獣人は、酷く傷ついたような面持ちをしたように思えた。ほんの一瞬だけ。
ラビィはすぐに完璧な笑顔を作りあげ、はねるような語調で言葉を紡いだ。
「今のは所謂、言ってみただけってやつだよ。安心して。僕も獣人が外に出る事が危険だってことはわかってる。」
だから…
ロム「今夜の魔物はでかいのが出そうだ。」