兎の獣人と獅子の獣人
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商店が建ち並ぶ通りを2人で歩く。
こういう時にラビィは、ロムのことを優しい性格だとしみじみ思う。
体格的に天と地ほどの差があるので、普通に歩くとラビィはだいぶ遅れてしまうはずだ。それなのに、2人が並んで歩けるのは、ロムが一見乱暴者に見える容貌でありながら、実は気配りができる性格だからだ。
誕生日は数十日しか変わらないはずなのに、見上げなければ会話できない事実は、かなり癪ではあるが。
「リリーは居なかったのか?」
いつもならこの道は3人で歩いている。ラビィもロムも何か物足りない気分になる。
「うん。商売が忙しいみたい。」
ラビィは一回伸びをすると、落ち着かない様子で長い耳を上下に揺らした。
近隣の町に、老樹林の森で手に入れた素材を卸しに行く。それがリリーの仕事だった。
ロムもリリーも町の外の世界に出る事ができる。ずっと町の中に閉じ込められているのはラビィだけである。
「どうしたんだ?何か不満そうだな。」
ロムは町を魔物の襲撃から守るための警備隊のメンバーに選ばれ、リリーは町の外で仕事。
2人とも特別な存在だ。ただリリーに限ってはこの町の住民全員の中でも別格だった。
「なんか数日でも帰ってこないと不安になるんだ。」
リリーは僕達とは違うから。
ラビィは、リリーがいつか人間の町に住んで、ここには戻ってこなくなるのではないかと考えていた。
ブルーメルの住人は全員が獣人だ。たった一人を除いては。
「リリーが簡単に死ぬわけないだろ。腕に自信のある獣人達と一緒に行っているわけだし。それにリリーは只の【人間】だ。」
ラビィは上手く笑えなかった。
そもそもラビィが考えていたことは、リリーが死んで帰ってこなくなってしまう。という話ではない。
リリーの精神的な孤立を案じた話だった。
獣人の思考回路と人間の思考回路は全くの別物らしい。
ラビィは以前、そんな記述を読んだことがあった。獣人という生き物は、陽気で楽しい性格だと一般的には認識されているが、本当は相手に共感することが苦手で、自分勝手らしい。
同じ獣人であるハズのラビィですら、確かにもうちょっとデリカシーを持った行動をして欲しいと、時々咎めるような発言をしてしまうことがある。
人間のリリーであれば、自分勝手な獣人達を相手にするストレスは、ラビィより遥かに大きいのではないだろうか。
ラビィの心を揺さぶったのは、そんな会話の内容のすれ違い云々ではない。
簡単に死ぬわけないだろ
ぎらりと光る生身の刃がラビィの胸を突き刺す。
舞い散る花弁。姫御伽草の甘い蜜の香り。軽やかな風の音。
五感とともに、5年前のあの出来事が、急に距離を詰めてきた。
この語を刃物のように思っているのはラビィだけだ。
突き刺されたなんてそんな風に思う資格はない。
何勝手に、傷付いてるんだ。
ラビィは、自分の考えが恐ろしかった。自分勝手極まりなかったからだ。自分が先に殺しておいて、被害者面しようとする、有り得ないほど身勝手な思考だった。
この言葉を剣と思ったならば、一体今僕は、誰が、その柄を握っていると想像したんだ。
「おい、着いたぞ。」
ロムの声にラビィは現実に戻る。
ロムはいたって普段通りの表情だ。
ロムはラビィを攻め立てる気持ちなどさっぱり無かった。
寧ろ、急に不自然な笑顔を浮かべ始めたラビィを心配していた。
灰色の固い土の上に、所々雑草の緑が顔を出している。
ここは、ロムの家のすぐ裏にある空き地。走り回れるほどは広くないが、二人が今からやろうとしている事をするには問題ないスペースだ。
ラビィは数年前から、ここでロムに剣の技術を教えてもらっていた。
この町には警備隊の手練れの者たちが、子供に剣を教える習わしがある。
昔、ラビィも勿論その修行に参加していた。だから、基本はわかっているのだが、やはり実際に老樹林の森で魔物と対峙しているロムに比べると雲泥の差があった。
おそらく戦った回数は千を超えているだろう。一日中剣を振り回した時だってある。
でもラビィはロムに一度たりとも勝ったことがない。
ラビィは決して弱いわけではない。
獣人としての種類が違うから、身体的な能力がそもそも違う。
ロムは獅子の獣人だ。
強靭な肉体、俊敏な動き、狩りの本能。
ロムは戦闘に有利な特性を持ち合わせた種だった。
獣人の身体構造は一長一短である。完全な種など存在しない。
ロムは昼の活動があまり得意ではなかった。魔物退治は夕方から、早朝にかけて行われている。
こうしてラビィと相まみえる時間は、万全の状態だとは言い難い。
ラビィがロムに勝てない理由。それは単純にロムがあまりにも強かったからだ。
警備隊に集められたのは、戦闘が得意な獣人ばかりだし、ロムは年齢的には下から数えた方が早い新人だった。
獣人を研究した結果を記した書籍には、ロムのような戦闘向きの種の獣人について行った実験が書かれていた。
何の特訓もせず、戦いの手法を教えなかった獣人を、凶暴な魔物10体を放った檻に入れるというものだ。獣人は温厚な人間の研究員に育てられ、性格は人懐こく、非常に穏やかということだ。
一方魔物は、大陸全土に名声を轟かし、過去には国の悩みの種だったドラゴンを打倒したことがあるというあの王宮騎士団の人間が、1体の相手をするのに、3人束にならなければ打倒すことができない程、狡猾で凶暴な魔物だったらしい。
なんて残酷な実験だ。
そんなの結果は目に見えているし、可哀そうだ。ラビィはいたたまれない気持ちで、次のページをめくった。
可哀そう。そう思う矛先が違っていた。一方的に追い掛け回され、逃げ道の無い場所で次々と蹂躙されていく。
絶命の叫びをあげ、地に伏しているのは魔物の方だった。
そんな化け物の中で、ロムは最強の剣士だと言われているらしい。
ロムは実力はこの町だけのものではない、おそらく大陸全土から見ても強者であるといえるだろう。
ラビィは今日のこの時間を心底楽しみにしていた。
ラビィ「僕の友達はブルーメル最強なんだ。すごいでしょ。」