『弟の消失と僕らの罪』
見てくれてありがとううううぅぅぅぅうううううございます!!
桃色の絨毯がぶわりと風に揺られ、その穂先を波立たせていた。
姫御伽草が満開になる季節。綺麗に色づいた花弁が一枚、風に乗って空の青に吸い込まれていった。
僕は今、親友の旅立ちを見送りに来ていた。
ここは町の外れにある花畑だ。僕らは昨日ここで驚くべきものを見つけてしまった。そしてそれを見つけたからこそ、親友は動かされているんだ。
昨日の朝方。毎日3人で集まって、朝から晩まで一緒にいる僕らは昨日、偶然この花畑で遊んでいた。何となく、小さい頃やっていた遊びがしてみたくなって、3人で走り回っていた。
リリーが2人を追いかけていたんだけど、リリーは足が遅いから、僕ら二人はものすごく手を抜いていた。
追いかけてる方も逃げる方もつまらないから、遊びはすぐに終わった。その後疲れ果てたリリーを介抱しながら木陰で休憩してたんだけど、遠くの方でガサガサって何かが動く音がしたんだ。
小さな音だったから、気づいたのは耳の良い僕だけだった。僕は2人を誘って、その音の近くまで行ってみることにした。
そしたら、花畑の半分、柵の無い部分を囲んでいる木々の隙間から突然、数人の大人たちが出てきたのだ。彼らはたしか、町の平和を守っている警備隊と言われる精鋭達だった。
僕らの町には出入口がない。皆口々にそう言っていた。
そんなわけない。と僕は思っていたが、僕が知っている限り、この町を出る方法は無かった。
道をひたすら同じ方向に歩いて限界をさがした先にあるのは、必ず木の壁だった。
それもただの木の壁じゃなくて、ぐにゃぐにゃと短い曲線が沢山と、様々な形が折り重なって描かれていた。曲線は所々同じように折れたり、同じ角度で曲がったりしており、規則性が見て取れた。おそらく何らかの文字なんだと思った。
その時、本で見た挿絵が急にフラッシュバックした。そして分かった。これが魔法陣だと。
僕は木の壁にある隙間に手を伸ばした。すると、指の先がバチっと光り、跳ね返されていた。
この魔法陣は、町の周り全体に張り巡らされており、隙間に物を投げ込んだり、手を突っ込んだりしても同じように跳ね返された。
門や続いている道がないどころか、町全体が檻のように獣人を閉じ込めていたのである。
でも本当に町から出る方法が無いなら、警備隊の人達の存在がよく分からない。
警備隊は老樹林の森、つまりこの町の四方八方を囲む森で活動をしているハズだ。それに町には、近隣の町から輸入してきたと言う商品を売っているお店もある。
必ず、この町に出入口は存在している。子供は知らないだけで。それが僕の出した結論だった。
警備隊が見えないところに消えた後、僕らはその隙間の前に向かった。
隙間の先には、赤色の円が描かれた木の幹があった。円の外側を囲むように、あの時の魔法陣と同じ雰囲気の文字が、小さく書かれていた。
僕らは昨日、この町の出入口を見つけてしまったのだ。
そしてリリーと僕の前で、彼はこの町を出ると言い出した。とがった耳を震わせていた。気分が高揚しているみたいだった。
三度の飯より本が大好きな僕でさえ、驚愕するほどの勉強家だった彼は、研究員として世界各地を回ることを夢見ていた。
僕が本を読むのは知識欲もあったが、純粋に楽しくて仕方がなかったという気持ちの方が大きい。ページをめくる度に、筆者の気持ちになって、どこか遠くの地を冒険しているような気分になれるのがとても幸せだった。
一方で彼は知識を蓄え、体系化し、自分の頭でああでもないこうでもないと考えるのが一番の幸せだったようだ。時には、その分野の本の知識を集合して、それをまとめた文章を書いている事もあった。その文は拙い部分は全くなく、あふれ出る知性と才能を感じさせるものだった。と僕はひいき目に評価している。
今日、彼は僕らの前から姿を消す。
にもかかわらず、僕とリリーは笑顔だった。
いままであまりにも近くにいたから、本当に彼がいなくなってしまうんだっていう自覚を持てなかったというのもあるかもしれない。でもそんな、友人関係なら誰にでも当てはまるような凡な理由ではないと思う。
はたまた、僕らは子供だから、大親友が今から荒れ狂う川に身投げしようとしているという事実を、認識することができなかったのかもしれない。でも、子供といってもそんなに小さな子供ではないし、僕もリリーも常識とか、倫理とか、道徳とか、他の獣人達よりもかなり優れていると思う。
きっと僕らが笑顔でさよならを言えるのは、利害関係があったから。
彼に叶えて欲しい望みが僕にはある。
そのためなら彼が危険な目に合おうが、究極的には死んでしまおうが、かまわなかった。
僕にも昔、冒険者になりたいという夢があった。当時、有名な冒険者の冒険記を読んできたのだ。
ありありと描かれる、本当にその場所を訪れたからこそわかるリアルな人々の暮らし。臨場感のある魔物との戦い。ともに旅するパーティメンバーとの信頼、説得力のある本物の感情。
親にこの町から出る事はできないと言われ、兎の獣人が世間からどう見られるのかを自覚した今日の僕は、その夢を手放してしまった。
そして、彼の昨日の、町を出たいという言葉を聞いて、この憤りを彼に託してしまいたいと考えてしまったのだ。
おそらく僕の隣で、笑って手を振るリリーも、彼に託したものがあるのだと思う。
昨日、彼とリリーが分かれる際に内緒話をしていた。正直、僕には筒抜けだったけど、聞こえていないフリをした。
リリーにはお兄さんがいた。しかしちょっと前に忽然と消えた。
小さいころ僕もよく遊んでもらっていた。とても優しい人で、リリーのお兄さんなのにリリーと比べ物にならないくらい、運動神経がよく、器用だった。
リリーは少し不気味に思うくらいお兄さんのことが大好きだった。あの時は三日三晩泣き続けて、慰めるのが大変だった。
リリーはお兄さんを探して欲しかったのだ。それが彼女が彼に託してしまったものだと思う。
僕たちに背を向け、彼は赤い円の中心に手を当てた。周囲の木々が光りだす、ガサガサガサと、葉っぱが擦れる音がする。
次の瞬間、小さい、けれど存在感のある、門が開かれていた。森の緑の中で、きらきらと眩しく輝いている。
彼は僕らに向かってもう一度手を振ると、獣道に消えていった。
彼は、僕らの町には住所が無いから届けることが出来ないが、森を抜けたすぐ先にあるらしいトランダという町に、手紙を出すと言い残していった。
最初の数か月、彼から近況報告が届くたび、リリーと大はしゃぎして喜んだ。
しかし、ある月を境に彼から手紙が来なくなった。
初めは忙しいだけだと思った。いや、自分にそうであるハズだと言い聞かせてきた。
彼は頭が良いだけでなく、剣の腕も同世代では一番だったし、そんな、彼が、そんな、簡単に、嘘だ。そんなこと、あるわけ、だって、彼は。彼は。彼は。
でもそれは現実逃避でしかないと気付いた。
死んでしまおうがかまわないなんて、不適格な造言だ。根も葉もない冷血さだ。
僕は親友を殺した罪を背負った。
ロム「恨むことじゃないさ。でも忘れることはできない。」