『兎の獣人』
ありがとうございます!
「母さん。話があるんだけど」
胸がどきどきする。普段から接している家族だけど、僕の夢の事を話すのは初めてだった。背筋がピンと伸びる。
僕はよく感情の変化が乏しいよね。とか、いつも笑ってて何考えてるのかよくわからない。とか言われるけど、そんなことないと思う。口角が信じられないほど上に上がって、汗で肌がなんとなくべとっとしている。変な顔をしている自覚がある。
「どうしたの?私の可愛いラビィ」
母さんは料理を作りながら、振り向いた。茶色のくるくるとした長い髪が揺れる。にこにことしていて、なんだかとても嬉しそうだ。
ふわっといい匂いが鼻をくすぐった。思わずお腹が鳴ってしまいそうになる。だめだだめだ。今から大事な話をするんだから。
「この前、母さん僕に何か将来の目標はあるのかって聞いてきたでしょ?」
採れたばかりの新鮮な根菜が慣れた手つきの包丁に小さく切られていく。話を邪魔しない程度の、トントンと小気味の良い音が僕の大きな耳に入ってくる。
「聞いたわね。ダルがそろそろ大人として一人立ちできる年齢になるから、我が子の将来を考えるには丁度良いと思ったの。そういうことを考えてもいい時期だもの。」
微笑みながらそう話すが、少し寂しそうな声色だった。食べやすくカットされた橙色の根菜が、湯気を立てるスープの鍋に落ちていく。
大人になった時の話をするのは辛いものなのだろうか。僕にはまだよくわからない。
何気なく母親の言葉の裏の真意を知ってしまった気がした。ちょっと言いずらい。やっぱりまた今度話すことにしようかな。当初の興奮がなくなり、頭が冷えてしまった。
「ラビィは、どんな職業に就きたいと思っているの?この町は小さいから、選択肢はあまりないかもしれないけど」
満面の笑みだった。声も震えていない。さっきのは気のせいだったのかもしれない。
スープの鍋がぐつぐつと音を立て始める。
「母さん。僕、【冒険者】になろうと思うんだ」
大きな琥珀色の瞳。驚きで見開かれた母さんの目が僕に向けられた。母さんは返事をしなかった。口は笑っているが、目は一切笑っていなかった。それに…。
それに、僕がその単語を口にした瞬間。母さんの表情が一瞬だけ違うものに見えた。怒らせてしまった?悲しませてしまった?少なくとも嬉しそうな顔には見えなかった。
僕の夢を聞いて、嫌な気持ちになってしまったみたいだ。正確にはわからないけど、僕にはその表情が恐怖しているもののように思えた。
母さんが台所を離れ、僕の近くに歩いてきた。
「ごめんなさい。スープの音がうるさくてよく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれないかしら」
琥珀色の瞳の中心に、僕の顔が映り込んでいる。母さんとは違う、真っ白な髪と真っ赤な瞳だ。
再びその単語を告げた瞬間、母さんが僕を強く抱きしめた。力の強い母さんが思いっきり抱きしめてくるので、背中が痛い。
それは無理な夢なのよ。小さくつぶやく母さんに、どうして、と尋ねようとするが、その前にさらにそのつぶやきは続けられた。
「あなたはこの町から出てはいけないの。絶対に」
不気味なぐらい素直な子供だと噂される僕だが、その言葉に頷くことはできなかった。
ラビィ「何で僕はお父さんとお母さんと違って、兎の獣人なのかな」