リリーと一緒に
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ラビィは町の夜景を眺めていた。ここは、昔3人で集まるときのいつもの待ち合せ場所だった。
町の中心部から少し離れた場所に住んでいるラビィにとって、ここはよく通る道でも何でもないため、そう言えば最近は来ていなかった。
「ラビィ‼」
ラビィは声のした方を振り返った。
黒髪を揺らし、息を乱してこちらに向かって走ってくるリリーの姿があった。
頬が若干赤く染まり、乱れた髪の束が肩の手前に乗り越えてきている。
「ごめんね。こんな時間に待ち合せちゃって」
「全然大丈夫だよ。親友の呼び出しならいつでも」
申し訳なさそうにするラビィに、リリーは冗談めいた調子で答えた。
ラビィは当初誰にも伝えることなく町を出発するつもりでいた。
兎の獣人が町の外に出ることは、金庫の中に閉じ込めていた財産を、家の外に放り投げる行為に等しい。
他人に話せば、必ず止められるだろうし、下手をすれば住人全体にラビィが監視されるような事態になってしまうかもしれない。
たとえ誰かにラビィの意思を否定されても、冒険者になることを諦める気はなかったし、どうせ変わらないのだ。なら、黙って去ったほうが、自己責任で終わる事ができる。遺恨を残すことがなく。
ラビィはそう考えていた。しかし…
「…なんか浮かない顔。どしたの?」
知らない場所を自身の経験、肉体、頭脳などの実力だけで、旅をする冒険者の寿命は短い。
ラビィは獣人で、しかもよりによって現在絶滅したとされる希少な兎の獣人である。
生きてまた、この町に戻ってこれる保証は無い。寧ろ高い確率で死ぬだろうと予想した。
自分が死ぬかもしれないと思ったら、親友には別れを告げておきたいと思ったのだ。ルークもあの時、きっとこんな気持ちだったのだろうと気付く。
長い睫毛に縁どられた双眼が、不思議そうにラビィを見ている。
「この街を出ようと思う。冒険者になるんだ」
リリーの瞳が揺れる。ちょっとの間、時が止まったように動かなかった。
「そんなことしたら」彼女は口を開くのを躊躇った。一回ゴクリと喉を鳴らすと言葉を紡いだ。
「ラビィ、死んじゃうよ」
赤い唇がはっきりとその形に動いた。悲しい顔ではない。ただ周知の事実を淡々と述べた時のような動作だった。
「この町の外では、獣人は怖がって店に入れてくれないし、常に人攫いには狙われ続ける。そのことは理解してる?」
ラビィの常識を疑ったり、攻め立てたりするような口調ではなく、知識を確認するような口調だ。
彼女からラビィの意思を否定する感情は読み取れない。
「そうならないように準備はしてきた。勿論、命の保証がないっていうのも覚悟してるよ」
緊張の糸が張られる。
わかってはいてもいざ事実を口にすると、心の奥が少しだけ痛くなる。
「だったら宜しい。応援する」
ラビィが予想していなかった回答。
少しは引き留めてほしいとか、女々しいことを考えていたわけではなかったけれど、背中を押されるとはとは思わなかった。
「ただし」
リリーはラビィの両手を持ち上げた。コートの開いた袖が風に煽られる。
「私、ラビィについていくよ」
リリーはそう言って笑った。
ラビィは困惑した。
町を発つ前に、思い出の場所にリリーを連れてきて、そこで冒険者になる決意を報告する。そこでリリーに別れを告げて、老樹林の森に向かう。
それがラビィの大筋の今日のプランだった。
その中でリリーは泣くかもしれないし、怒り出すかもしれない。けれど自分の行動を変える気はさらさら無い。いわば一方的な言い逃げをするつもりでいた。
ところがどうだろうか。
リリーはラビィに理解を示し、旅に同行したいと言っている。
「それはだめだよ」
キツく言い聞かせるようなつもりの声。当然リリーには、呟くようなか細い声にしか聞こえてないだろうが。
「なんで?」
「危険だから。冒険者はいつ魔物や物取りに襲われて死んでもおかしくない身分だし、連れていくわけにはいかない。リリーは女の子だし」
「それを言うなら、ラビィの方が危ない」
至極正論だった。女の冒険者だって世の中には沢山いる。
この世で最も冒険者をやってはいけないのは多分僕だ。
でも僕はリリーやロムが町の外で自分の役割を果たしている時、ただただ本を読み漁っていたわけではない。
この日のために、冒険者になるための装備や道具を整えたり、剣の自主練習をしたり、路銀を稼いだり、できる限りのことをしてきた。
備えあれば患いなし。たしか異国が舞台の小説にそんな言葉があったような気がする。
「とにかくダメだよ。絶対。そもそも何で僕の夢に君が付いてくるって話になるわけ?」
「ラビィ、獣人を見た人間はどんな反応をするか。さっき確認したけど、詳しく教えてほしいな」
疑問は無視して、話題を切り替えてきた。
リリーはまたもラビィの知識を試すつもりのようだ。
読書家をなめないでほしい。獣人が出てくる書籍はこの世界には山ほどある。
ラビィは今までに本で得た知識を思い出した。
反応は主に3つに分かれる。
1つ目は、恐怖する人間。獣人は人間と比べて圧倒的に体の機能が優れている。とくにロムのような獅子の獣人は体格も大きい。だから恐れられるのだ。
このタイプの人達は獣人に危害を与えるつもりもないけど、仲良くする気もない。話しかければ無視されるし、商店では物を売ってもらえない。ほとんどの人間は獣人に会えば大抵こんな反応をするらしい。
2つ目は、獣人を狙う人間。大昔に人間と獣人の間で戦争があり、それに獣人が負けて以来、一部で獣人は物や家畜扱いされているようだ。
その一部の界隈では、兎の獣人は国が一つ買えるレベルの大金が動く価値がある。ラビィにとっては最も注意すべき人間達である。
3つ目は、獣人に友好的な人間。童話や小説を読んでいるとよくこのタイプの人間は登場するのだが、学術書によればそんな人間は数奇な存在であるらしかった。
ラビィは、人を小馬鹿にするような表情で笑っているリリーに、本の内容を大変細かいところまで、実に小難しく説明をして差し上げた。
解説を終えると、リリーは満足そうな顔で頷き、自慢でもするように自分の胸に手をあてた。
「人間達は、怖がりな癖に危険な生き物なんだね。でも私が一緒にいれば大丈夫。もし人と関わる時は、ラビィに変わって話を付けてあげるから」
なるほど。人間と接触することによって生まれるリスクを減らすことができる、ということか。
ラビィは特殊な声をしているし、兎の獣人のであることがばれなくとも、怪訝な態度をとられることがあるかもしれない。
確かにメリットではある。
しかし、彼女にはこの町に残ってもらう。
ラビィの勝手な夢と自業自得な罪悪感のために、リリーを危険に晒すなんて絶対にしなくなかった。
リリーを連れて行くのは間違いなく危険だ。だって…
「リリーは戦えないよね。魔物が住み着く迷宮を通らなきゃいけない冒険者には向いてないよ。」
ラビィはそう反論した。もうすでに次に言う台詞は考えてある。「僕についてきてくれるっていう言葉。本当に嬉しかった。ありがとう」だ。
ラビィの思惑とは裏腹に、リリーは早々とその言葉を遮った。
「ラビィは獣人。警備隊の人達程じゃないけど、普通の人よりも身体能力が高い。だから、迷宮の中で魔物を突破するのに向いてる」
子供が新しいいたずらを思いついた時のような、企みと純粋さを混ぜたような笑みを浮かべた。
「ラビィが魔物の相手をして、私が人間の相手をする。どう?これなら私達、一人前の冒険者になれそうじゃない?」
リリー「置いて行かれるのは嫌」