1.始生【前】
───ここは、とある森の中。
「ねぇ、もう帰りません?いませんよ、魔物。
こんなに探してもいないんですよ?」
「いんや、まだ帰らん。ラティナに大物を狩って帰ると宣言したんだ。ラティナを驚かせるようなでかいヤツを手に入れるまでは、俺は帰れない。」
「奥様は、まだ病み上がりですよ……驚かせてどうするんですか……」
意地を張って大股でずんずんと前へ進んで行くのは、金髪に灰色の目をした、引き締まった身体をした背の高い男。
そんな男を藍色の長い髪を後ろで緩くまとめた、明るい緑色の目をした青年が呆れたように窘める。
「だってラティナが、どうしようもなく気落ちしてんだよ。確かに子が流れたことは、俺だって辛いし、悲しい。でも、もう立派な息子が2人もいるんだ。辛いことだが、以前のような前向きなラティナに戻って欲しいんだ。」
そう言って少し肩を落とす自分の主に、青年はもうちょっとだけ気を使えば良かったかな、と少しだけ後悔する。
「前回の出産が双子でしたからね……それ以来、奥様の体調は思わしくありません。」
「……だから、俺が、デッカい立派な獲物を狩って、ラティナを元気づけてやるんだ!!」
「なんでそうなる!?
花を贈るとか、もっと繊細な方法で励ますことは出来ないんですか、貴方は!?」
さっきのしょげようはどこに行ったのか、再びずんずんと森を進みながら周囲の気配を窺う男の後を、青年は溜息をつきながら追う。
「……貴方が進みすぎて、クルルが全然追いついてこないんですが。」
「あいつが遅いんだ。逃げ脚ばっかり速いんだからな。屋敷に置いてきて良かったんだがな。」
「公爵家当主である貴方が怪我したらどうするんですか?ドン臭くても、クルルの治癒魔法は一級品です」
「俺が怪我をすると思うか?」
「………………念の為です」
「にしても、こんなに魔物がいねぇのは、やっぱ可笑しくねぇか?」
「…そうですね。この国有数の魔物の強さと数の多さを誇るこの森にしては、異常だと思います」
「……がぁああ!!クルルなんかより、索敵者を連れてくるべきだった!俺もお前も索敵はあんま得意じゃないのに!」
そう自らの金髪を掻きむしりながら叫ぶ男を横目に、青年が静かに辺りの様子に五感を澄ませていると、青年の耳がとあるこの森には場違いな音を拾う。
「しっ!!静かに!……何か、声が聞こえませんか?」
「……なんだ?」
「………………これは……」
「「赤ん坊の泣き声??」」
顔を見合わせた2人は、互いの目を見つめあって頷き合う。
「あっちか、行くぞ!」
「あっ、待ってください!!
得体の知れないものに従者より先に向かう主が何処にいますか!!此処にいますけど!」
なんか従者が言っているが、無視して声の発信源に急ぐ。
近づくにつれて、ますます泣き声が大きくなっていき、とうとう視界に地面に置かれた白い包みを映す。
「あったぞ!!」
「全く貴方は……!?」
「ぐっ…………!!」
2人して、思わず地に膝をつきかける。
赤子との距離が近づけば近づくほど、周囲の空気が重くなり、圧迫感を感じる。
「なんだ!?この魔力は!?!?」
「……あの赤子から発されているのでしょうか。」
「お前はここで少し待っていろ。」
これ以上進めそうにない従者を置いて、男は圧力に耐えつつゆっくりと赤子に近づいていく。
赤子が泣いているから、余計に魔力が暴走しているのだろうか。
そう考えた男は、包みに包まれた赤子をそっと抱き上げ、とりあえず揺すって泣き止ませようとした。
「……ほぅら、大丈夫だぞー。
おじさんは怖くないぞー………」
そうすると次第に泣き声はやんで行き、周囲の圧迫感も随分と和らいだ。
どうだ、泣き止んだか、と赤子の顔を覗き込んで、男は動きをとめる。
「…………!?!?」
赤子の顔を覗き込んだまま、愕然とした表情で固まる男に、ようやく動けるようになった青年が不思議に思いながら、近づいていく。
「どうしたんですか?赤子ですよね?」
「……赤子だ。」
「他に何か?」
そう青年が疑問を投げかけると、男がこれを見ろ、と赤子の顔を青年に見せる。
「………………これは!!高位森人の赤ん坊!?!?しかも…………」
泣き止んだ赤子が不思議そうにクリクリとしたその紅い眼を男達に向ける。
「……アルビノだ。」