0.終生
ゆっくり更新になりそうです。よろしくお願い致します。
「なんで、こんなことに、」
「こんな筈じゃ、」
「なんで、」
「なんで、」
己の創り出した化学兵器によって紅く染まった街を見下ろし、男は壊れたように繰り返す。
かつて最下層の生活を送っていた彼は、その類まれなる才で、絶対の身分制度をとる帝国で、国の上層にまで成り上がっていた。
彼にとっては身分など興味のないことだった。
ただ、自分の研究する場所、資金を提供してくれるというから、引き受けただけ。
小さな頃から、周りのことに興味が尽きなかった。
なんで、空は青いんだろう。
なんで、飛んできた弓が耳を掠めた時、音がするんだろう。
なんで、鉄は錆びるんだろう。
そして、それを解明する意欲、才能が彼にはあった。
それこそ、異様に。
疑問を解決した次は、よりよく応用できないか。
彼は、考え、そして創り出す。
異常な才を見せる彼を、軍事大国である帝国が放っておく筈がなかった。
『君のその才を国のために役立ててみないか。
(君の研究、発明に存分に協力しよう。)』
ボロ屋に役人が来た時、彼にはそう聞こえた。
研究以外に興味が向かない彼は二つ返事で了承する。
それから彼は、帝国の設備の整った研究室で、筆頭学者として研究、開発に勤しむ。
何にでも興味が尽きない彼には、国の持ってくる研究、開発依頼も快く了承した。
『航空機の飛行時間を短縮する──』
『破壊力のある武器を──』
『最高の致死性の猛毒をもつ花の成分分析を─』
───今思えば、何故おかしいと思わなかったのだろう。
考えれば当然分かったはずだ。
軍事大国である帝国が、その研究結果、作品を何に使うのか。
何を破壊するのか。
この時代、後に過去最凶最悪と呼ばれる人類同士の戦争が150年にわたって繰り広げられていた真っ最中であった。
その日は、突然やってくる。
『父君が敵地で亡くなりました。』
戦第一主義、という帝国の在り方に常に父親は疑問を抱いていた。
その日、傭兵である父親は、敵地に潜み、そこで敵国の民達に密かに手を貸していた。
そこに投下された、最凶最悪の爆弾。
街は、悲鳴をあげる間もなく、
何が起きたか把握する間もなく、
朱に染まる。
…勿論、彼の父親も。
その爆薬を製作したのは、彼だった。
彼自身が、父親を殺した。
そして初めて彼は、自分の犯してしまった間違いに気づく。
研究室に篭もりきりで、全く目を向けていなかった世界を、自分の発明品がどのように変えてしまったのか、
父親が亡くなったという街の惨状を見下ろし、初めて気づく。
彼の創り出したもので、明らかに戦争は苛烈さを増し、より多くの犠牲を生み出した。
『こんなつもりじゃなかったんだ。』
そう呆然と呟いた彼の言葉は、未だ戦火の燻る街の空気に似合わず穏やかに溶けて行く。
『俺は、ただ───────』
幼き日々が、脳裏を横切っていく。
不思議に思っていたことが、分かった瞬間。
そんな自分の頭を撫でて褒める、父親の大きな手。
しかし、それはもう、
彼が犠牲となった人々から奪ったものであると、彼に解らせるのみ。
彼は、そっと腰に巻き付けたポーチから、とある瓶を取り出す。
それはつい最近自身が創り出した、壮絶な致死性をもつ猛毒。
こうすると決めてから、今までの彼の研究結果を記した書類、彼が生み出した猛毒ガス、開発中の兵器を、海の底に沈めておいた。
あとは、自分さえ。
自分さえ居なくなれば。
手にした猛毒を勢いよく煽る。
こうして稀代の天才科学者と呼ばれた男の人生は、
齢23で幕を閉じた。
この時代は、19世紀半ばの西欧のイメージでお願いします。
丁度ドイツが陸上装甲艦を作り出したぐらい。