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世界を嗤う化物の話

作者: 玄斗楽

『すべての物語は"昔々、あるところに"から始まる。


だから私も、この話を"昔々、あるところに"で始めようと思う。


いつかこの"話"が"物語"となることを願って…』




『昔々、あるところに、光がありました。


そして、光とともに、影がありました。


二つは相容れない存在でしたが、同時に一心同体でもありました。


光がなければ影は無く、影がなければ光は存在出来

なかったのです。


しかしあるとき、光も影も気づきました。


光でもなく影でもない物の存在に。

それは"闇"でした。


光のなかには存在せず、影のなかでは消えてしまう。

けれども闇は確かにそこに"あった"のです。


光は怯えました。自らを塗り潰す闇に。


影は苦しみました。自らに成り代わる闇に。


そして闇は…』




『全てを飲み込むのが役目だ、と言いました。


光も、影も、終には闇自身までもを飲み込み、壊すことが役目だと、言いました。

悲しげに。寂しげに。涙をこぼしながら。


闇がこぼした涙は、綺羅綺羅と宙を舞い、やがて幾つもの結晶となって地上へと降り注ぎます。


色とりどりの輝きが光も影も包み込んで、世界を変えていきます。


やがて涙は渇れ、闇は辺りを見回しました』





『世界が、一変していました』





『青い空と白い雲。

木々がさざめき、小鳥たちが歌う。

獣は地を這い、魚が海を泳ぐ。


光と影しか無かったセカイに、"色"が、生まれていたのです。


光は言いました。

君は全てを飲み込み、そして造り出した。

ここは、君が創った世界なんだ、と。


影は言いました。

君は僕たちに出来なかったことをやったんだ。

今度こそ、仲間になれるよ、と』




『闇は"心"が喜んでいるのがわかりましたが、その"感情"をなんと言えばいいのかがわかりませんでした。

そこで、自分の体をそぅっと伸ばして光と影の端に少しだけ触れました。

嬉しくて嬉しくて、闇はまたちょっとの間、泣きました』




『しかし、たくさん泣きすぎたせいでしょうか。


今では闇はとても小さくなってしまいました。

その存在が消えそうなくらい、小さく、小さく。


そして、闇は言いました。光と影に言いました。



──私は自分の全てをセカイに変えてしまった。

───だから、私自身がもうすぐ消えてしまう。

────でも、最期に、一つだけ』






『────ありがとう。

──────いつも、そばに……』






『そう言うと、闇は世界に溶けるように、ふわりと消えていきました。最後に、金と銀の二つの煌めきを残して。


その二つの煌めきは、金色は光の、銀色は影のもとへ、ころころと転がっていきました』



『光と影は、どうやったら闇にありがとうのお返しが出来るか考えました。


そして、ついに二人は、"いいこと"を思い付きました。


闇が作った煌めきを、少しずつ集めるのです。


海の色を。

雲の色を。

空の色を。

木々の色を。

獣の色を。

最後に、自分達の元にある太陽と月の輝きを』




『金の光を細く長く伸ばし、銀の光でそれぞれの色を包みます。


それはまるで、沢山の"宝石"を抱いた"首飾り"のようでした。


それから二人は、全ての色を抱いた其れを、闇が一番に創った"海"の底へと沈めることにしました。


だって、二人は信じているのです。


きっと闇はまだ、光も影も届かない場所に"存在"続けていると』



『"首飾り"を海に沈めた次の"朝"、"二人"の耳には小さな小さな声が届きました』




『─────ありがとう』




『それは本当に小さな小さな声でしたが、確かに闇の声でした』



『立国宝物庫在記』より







───────────────────────








「…と、まぁ、こんな感じだったかな……?」


薄暗い部屋の中で目深にフードを被った"青年"は、こう言ってお伽噺を締めくくった。


蝋燭の微かな灯りに照らされた口元は紅をさしたように赤く、濡れたように光っていて、薄い唇からは長すぎる犬歯が覗いている。フードからこぼれる長い髪は伽羅色に艶めき、見るものを魅了してやまない。また、若者とも老人ともつかぬ声色からは、年齢をうかがい知ることができなかった。



一方で、先程からぽっかりと口を開けたままお伽噺を聴いていたもう一人、青年がいた。

こちらはまだ若く、やや幼さの残る顔立ちをしている。光の加減によって自在に色を変える白髪に、金色の瞳。装飾の多いその出で立ちは、古の神話に登場する神々の物と酷似している。しかし数ある装飾の中でもとりわけ目を引くのは、銀糸に通されたシンプルなデザインの宝玉であろうか。光そのものの様に輝く金色、時折虹色の虹彩を見せる、巨大な黄玉。




先の青年の落ち着いた語りの最中もそわそわと気を散らせていた彼は、相手が喋り終えるその言葉に被せるようにして質問を返した。


「……それは、正史ですね?」


質問というよりは、確認。容姿からは想像しづらい低めの声は先の青年を少しだけ驚かせた様だ。


「……正史…。そう、か…。君達はそうに呼んでいるのか。そうだね。これはお伽噺の"最初"だ」


"最初"という言葉に場の空気が若干凍る。


「……どうして。どうして貴方が"最初"の話を知っているんです?貴方は……一体何者ですか?」


声量を抑えた言葉の裏には猜疑心と恐怖、そして僅かな好奇心が潜んでいる。


「……俺は、ただの店主。名前は…ツァルト=ハイト。ツァルトでいい」


答えになっていない答えに、苛立った様子をみせる相手を少し笑って、ツァルトは唐突に"昔話"を始めた。




「……そうだな…。ここでもう一つ、昔話をしようか」






───────────────────────






『昔々あるところに、一匹の化け物がいました』


それは事実か。

或いはツァルトの作り話か。

それは遥かなる神代に作られた化け物の話。


本来世界に対して憎しみしか抱かぬはずの、下等な生き物でしかなかった存在の話。



『その化け物は、世界に対して悪であれという"役目"を持って創られたのです。

それ以外の思考は持ち得なかったのです。

その化け物は、しかし段々と人間に惹かれていきました。

ほんの些細なことで笑い、泣き、怒り、悲しむ彼等を、化け物はずっと見ていました』



『生まれ落ちたその瞬間から老い始める人間と、化け物は違いました。

化け物には沢山の"時間"が在ったので、いくつもの世代に受け継がれていく彼等の血を辿ることは容易でした。

人が作った多くの"国"が生まれそして滅んでいきました』




『化け物はずっと見ていました』




『生き続けた化け物は段々と宿命を忘れ、その存在意義は薄れていきました。

何故なら人間の中に悪が生まれたから。

彼が"悪"とならなくても、世界に"悪"が有ったから。

やがて、自らを見失った化け物は、人間の形をとるようになりました。

化け物は、人間の中に混じり、人間として生きることを望んだのです』




『しかしそれは。それは神を愚弄する望みでした』




『宿命を捨てようとした化け物に、天は罰を与えました。

それまで化け物が持っていた名前を奪い、さらなる"時"を彼の運命の先に付け足しました。

そして、罪の証を三つ、彼に着せました』





すなわち


────死ぬことは出来ない


────人間に干渉ことは出来ない


────神の与えた罪を隠すことは出来ない





『こうして化け物は、不老不死となったその身を引き摺って夜の世界を歩くようになりました。

瞳は罪の証を隠せないために赤く染まり、夜の世界の住民でさえも化け物を拒みました。

化け物は、ひとりぼっちになりました』




『化け物は、人間を見ることを止めました。

希望を持つことを止めました。

その代わり、彼は"夢"を見ました。

どこまでも幸せな、暖かい夢を。

ですがそれは一時の幸福。

夢から覚めるとやはり化け物は一人なのです』




『時間はたくさんありました。化け物を狂わせるだけの時間は。

やがて化け物は、孤独に耐えきれなくなりました。

神を呪い、自らの運命を嘆き、世界の全てに絶望しました。

……彼は再び、人間の形をとりました』




店主の男はここで一度言葉を止め、聞き手に促した。



…君は、この後化け物がどうなったと思いますか?



ちろり、とツァルトの視線が青年に向く。フードの奥で怪しげに光る、緋。

そして青年は、一つの結論にたどり着く。



『……まさか、その化け物というのは……貴方なんですか………?』



化け物は、不老不死であり、その目は血の色をしていると。先ほど、ツァルトはそう語った。

何故か。彼自身がその化け物だと思えば、話は繋がるのではないか。

青年の結論はしかし、あっさりと否定された。


『残念。惜しい』


そういいながら、ツァルトがゆっくりとフードを外す。薄布の下から現れた端正な顔。

しかしその瞳は、青年の予想に反して蒼かった。

切れ長の相貌が、青年を見据える。

知らず、青年の頬を冷たい汗が流れ落ちた。



『…では、その化け物というのは。貴方は。何者なのですか…?』



空気が、重い。冷気が全身にのし掛かってくる。



『僕かい?…さぁ。彼は化け物だった。そして僕はヒトではない。…化け物でもない。僕は……』



ふっ、と辺りが闇に飲まれる。光源を、黒い布で一瞬にして覆ったときのように。

その闇の中で、"彼"の声が響く。




─────────Zartheit.


─────────すべての世界ことわりを嘲笑う者だ

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