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古の呪い

「な、なによ、幻なら失せなさい――あんたは来るはずない、来るはずがないんだから……」


痛むのか女は片手を頭に添えている。


どこかで聞いたことのあるような言葉。


俺は既視感に包まれる。


「……まさかあんたも他人の空似とか言うわけ? それとも本当にファーなの?」


「赤の他人が君やセレとの思い出を共有してると思う? いくら魔星雲接近期であってもそれはないと思うけどね」


「じゃあ、本当に――」


女の唇も、唇に添えた指先も細かく震えていた。


「明かりまで消しちゃってさ。そこのロッシュ=カートレイをパニック寸前にさせて、おもちゃにするのがそんなに面白い?」


「しつこくフルネームで呼ぶなロッシュでいい。苛々する」


俺は己を奮い立たせる。


ファーディンと呼ばれた男は「失礼」と言って適当にあしらった。


俺とさほど年齢が変わらない外見だが、やけに堂々としていた。


「だって……あたし」


赤いドレスの女は、上目遣いで俺の顔色を伺う。


「驚かれたくなかったんだもの。ロッシュってあまりにも小心者だから」


その上目遣いに俺は背筋が寒くなる。


「ま、無理もないよね。冒険者面して隠された秘密に自ら手を伸ばしたにもかかわらず、いざというときに腰が引けてるんじゃ頼りにならないよ」


ファーディンが俺を顧みる。


たった今出会ったばかりで俺のなにがわかる! と言い返したかったが、ファーディンの言い草は情けなくも的を射ていた。


ファーディンが浮かべる表情や物腰も、俺に反論を許さない理由になっていた。


これと似た年齢にそぐわない言動や仕草にどこかで出会ったことがある。


セイリードだ。


セイリードから感じていた時代錯誤とでもいえそうな雰囲気を、同じくファーディンも纏っていた。


ファーディンは女に歩み寄り、手を差し伸べる。


「心配してたよずっと」


女は一瞬躊躇した。


それから手を借りて立ち上がった。


「……あたしも昔のことばかり考えてた。あの日のことしか頭になくて狂いそう」


ファーディンが頷き、白い頬で微笑む。


「外の世界にいては君の生死すら知ることができなかった。死んでしまったのか、それとも俺みたいにディアードの呪いで生かされ死ぬこともできずにいるのか。君の亡骸を見るまではどうしても諦めきれなかったくせに、悪いことは考えないようにしようと長い間この街をずっと避けてた。七つの魔星雲が最も接近してる今、方々のエネルギー均衡と同じようにディアードの呪いも不安定になっていることは、俺も身をもって実感してるよ」


今度は女が頷いた。


言葉以上の意思疎通が二人の間であるとしか思えなかった。


「君はディアードの呪いでハーデンベリア号に閉じ込められただけじゃなく、幼少の頃の姿に変えさせられていたんだね。裾を短く引き裂いてある赤いドレスとほどけたベルトのリボン、引きずり歩いて踵の減りすぎたパンプスを見てわかったよ」


ファーディンの言葉を俺は疑った。


いや、本当はとっくに気づいていた。


葉っぱの髪飾りにベール、赤いドレス、パンプス。


どれもよく知っている。


どれもがセイリードが身に着けていたものだ。


これ以上呪わしい現象を認めてしまえば、俺の精神が崩壊してしまいそうで拒絶していただけだ。


赤いドレスの女はセイリードだ。


彼女は消えたわけじゃない。


ずっと俺の近くにいた。


セイリードはンフッと悲しげに白い喉を鳴らす。


「当たり。そんな推理をどこで覚えたのファーディン? 情報集めや分析はセレの方がずっと得意で、あなたは逃げ足の速さと変装だけが自慢のただの女泣かせな体力馬鹿だったはずだよ」


「ずいぶんと勉強したからね」


ファーディンは苦笑いを浮かべる。


「俺には時間だけはあった。素性を隠して方々を渡り歩いて――結婚もした。孤児院育ちの俺の夢が家庭を作ることだったの覚えてる? でも何度やっても上手くいかなかった。最初の妻の顔さえもうほとんど覚えてない。しかたないさ、呪われた男を心から愛してくれる女なんて誰もいなかった」


誰もが黙り込んだ。


ディアードだけが扉の合わせ目の奥で、声もなく笑っている気がした。


セイリードには仲間たちがいたと言っていた。


その一人が、人一倍好奇心が強くて、冒険が好きで、けれどそれで命を落としたという英雄かぶれのセレ=ビリアンドという男。


“仲間たち”というからには、他にもいたということだ。


それがここにいるファーディンという男だろう。


見る限り肌の白さが目を引き、端正な顔立ちをした男だが、セイリードの仲間だというなら彼も二〇〇年もの昔から生きている呪われ人だ。


俺の頭が徐々に回り出す。


およそ二〇〇年前の魔星雲の年、彼らは救助船に乗り、豪華客船ハーデンベリア号が座礁した場所までやってきた。


地中に埋まったハーデンベリア号やこの地下空間のある付近、つまりここだ。


人手不足だった座礁船救助に彼らが参加した理由は『報酬が高かった』ため。


けれど、本当にそれだけか――?


「体が元に戻ったのは一時的なだけで、あたしの呪いは解けたわけじゃない。たくさんの呪われた扉と同じく、魔星雲のせいで不安定になってるだけ。どうせまたすぐに幼い女の子の姿にされるのに、この場で元の姿に戻るなんて最悪だよ。あたしもファーと同じようなものね。呪われた姿で船室に閉じ込められて、暗闇の中でずっと一人ぼっちだった。あれから二〇〇年が経って彼が突然現れるまではね――」


セイリードと俺の視線が出会う。


俺は変に緊張した。


本来の姿であるやや利かん気な女らしいセイリードの姿が未だ信じられないせいではない。


彼女に見つめられているせいでもない。


彼女が視線を下ろした。


そこには俺の姿をした俺が、脱力したままうつ伏せに倒れていた。


「夢じゃないんだよロッシュ」


古の呪いだ。


「なあロッシュ。なぜあんたはそんなに顔豹が俺の親友に似てるんだ?」


数百年に渡って続けられてきた魔女や錬金術師たちの追放や処刑――その怨念の境地を統べる呪いの主魔女王ディアード……。


……魔星雲は二〇〇年の時を経て接近し、宇宙の暗幕に入る。


だがそんなことはもう聞き飽きた。


問題はもっと身近で深刻だ。


ハーデンベリア号の座礁も、セレ=ビリアンドが死んだのも、俺が生まれるよりも遥か昔のことだ。

けれど魔星雲の接近に伴い、この惑星を巡るエネルギー均衡も徐々に狂い始めていた。


気象、地殻、生態系――保たれていた螺旋は崩れ、悪夢の再来を呼び起こす。


――『鍵』の存在、呪いの歪みとともに。


俺は激しく首を横に振る。


「違う! 俺はセレ=ビリアンドじゃない! 小さな雑誌社で働いていたただの……ただのカメラマンだった人間だぞ!」


堪えていた恐怖が生き物のように俺の全身を這いずり回る。


昔の彼らのことなど知らない。


この扉の『鍵』になるために生まれてきたわけでもない!


「ミロンズタウンに立ち寄ったのもただの気まぐれだ! シークレットバーリーのことだってここに来て初めて知ったんだ! セレなんてやつ知るか!」


「そうよ!」


悲鳴のような同意が上がる。


離れたところで拳銃を構えたままの眼鏡女だった。


「その人はロッシュ=カートレイよ! セレなんて名前じゃないわ!」


「ねえ、本当はいったいなにがしたいんだい【青藍】?」


ファーディンが微かに笑顔を浮かべたまま振り返る。


「俺に救援要請を出してまで、魔星雲接近期におけるシークレットバーリーの調査に尽力したがってたんじゃないの?」


「……【銀狼】あなた……そこにいるセイリードという女も……」


「ここはシークレットバーリーの地下深く。呪いの根源ともいえる場所だよ」


ファーディンの声はあくまで穏やかだ。


「そしてその呪いに触れた人物ロッシュ=カートレイが今君の目の前にいる。ほっとくわけにはいかないんでしょ? 彼を捕らえて依頼主である国際保安局に連行するのが筋だ。ミロンズタウンの秘所に触れるなんて、歴史を揺るがす一大事だって言ってたものね。――ああもしかして、二人いるからどっちを捕らえたらいいのか迷ってるのか」


俺は耳を疑う。


国際保安局!


国際機関に追われるなんて世界中を欺き逃亡し続ける殺人鬼や無差別大量虐殺を行う秘密組織の親玉クラスだろうが。


――この俺が?


拳銃を握る【青藍】とかいう女の腕が震えている。


この女も何者だ?


通り名らしきものを使ってるようだが、まさか国際保安局の人間か?


「ま、待てよ。俺はそんなつもりじゃ……ただ」


秘密を少しだけ切り取り覗いてやるつもりで――。

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