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相棒

第四章 時鐘




8月2日


幼き者の涙は猛毒の種子を芽吹かせる


朱色の衣装を纏った魔獣は月夜の寝台で踊れない


賢人の祈りはさざ波に飲まれ


愚者の骸は永久落下の谷で慟哭し続ける


風は回る、逆巻く時の彼方へ


二つの鍵は道へと通じてる


門は息づいてる











――これでよかったんだよな。


明日午後三時発の飛行機を予約し、俺はバナードの西外れに位置するエルヴィタウンという小さな街に宿を取っていた。


海洋祭の時分にセントラルタウンに宿なんぞ取れるはずもない。


空港近辺の宿という宿も、夏の休暇をこのバナードで楽しもうと方々からやってきた観光客によって全室占領されている。


たとえ宿が取れなくたって観光客たちは怯まない。


宿を取らずに夜通し祭りだ祭りだと騒ぎまくるのが海洋祭の醍醐味だというワイルドな連中もいる。


宿がない晩は寝なければいい。


この時期は食べ物も娯楽も手を伸ばせばそこらじゅうに溢れている。


何軒も何軒も電話をかけてやっと空きを見つけたのが、今いるこの街の小さなビジネスホテルの一室だった。


午後八時。


セントラルタウンは文字通りお祭り騒ぎで大盛り上がりだろう。


決して好きとは言えない海洋祭にそれとなく未練を感じてしまうのは、なんだかんだいってもやっぱり一度でもフリアを外へ連れ出してみたかったからだ――今さら思いを巡らせたところで虚しさが尾を引くだけだが。


昼間、せっかくフリアが作ってくれたサンドイッチを残らず吐き出した後で、俺はモートン氏の部屋を訪れ、あの壁が壊れなかったことを告げた。


そうか、と老人はそれだけを言ってガックリと落胆した。


日を改めて今一度挑戦してみてはくれないだろうか、ともちかけられたが迷うことなく俺は断った。


そして、今日の夕方の航空チケットをすでに取ってあると嘘をついた。


そうか、ともう一度言い、老人は塞ぎこんでしまった。


それから数時間の内に荷物をまとめ、三週間ほど世話になったモートン邸を後にした。


ミロンズタウンから離れたことで、なんだか気が抜けた。


酒でもやろうと宿近くの商店で酒瓶をひとつ買ったものの、いまひとつ手が伸びずにサイドテーブルで単なる飾りと化している。


煙草すら吸う気になれない。


実際手にしているのは自動販売機で買った紅茶の缶で、なんとなく買った味気のないクラッカーと一緒にそれをチビチビやっていた。


一過性の食欲不振だろうが、国へ帰ったら一応は医者に診てもらった方がいいかもしれない。


壁際のベッドの上で裸足の両足を投げ出した俺の横では、子ウサギちゃんが微笑んでいる。


「久しぶりだな。どこ行ってたんだよ」


今日の俺は相当疲れている。


だいたいミロンズタウンからエルヴィタウンへ来るのも、電車に揺られて一時間近くもかかった。


「おまえは都合がわるくなるとまったく顔を出さないんだな。今回のことでよくわかった。そんなんじゃ相棒なんて言えないな」


ニコニコしていたウサギは寂しそうに両耳をふわりと下ろし、目隠しをしてしまう。


そしてスーッと消えてしまった。


足元には、まだ皺の残る灰色の印刷物が広げたままになっている。


習慣で駅構内の売店で買った今日の朝刊。


たたむのも面倒でぐしゃりと潰してバックパックへ放り込んでしまったせいで、こんな姿になってしまっていた。


捲れ上がった経済面には、世界最大手の貿易会社フィートラスコーポレーションの社長の顔写真とインタビュー記事が載っていた。

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