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14/30

血まみれの指

フワリと眩暈のような感覚から我に返る。


木の柱がむき出しの天井が見える。


視界にある全ては暗い蜜柑色に沈み、光量としてはかなり足りていない。


首を傾ければたちまち目に入ってくる古く朽ちた家具たち。


ザワリと寒気を首の後ろに感じ、俺は飛び起きた。


手をついた場所はソファの座面で、ギリと今にも破れそうな音を立てる。


「ここ――」


見えているものが信じられなく、続きが声にならない。


どう見てもモートン邸に借りている部屋ではなかった。


そこはシークレットバーリーの地下。


いやハーデンベリア号といったか。


なぜ――。


……ああそうか夢か。


また夢を見てるんだ。


そうに違いない。


急速に膨れ上がる拒絶感が、胸中での独り言を饒舌にさせた。


不気味すぎて気を失いかける。


目が眩んだ瞬間、なにが起こったのかわからなかった。


気づけば俺の体は大きくソファからはみ出し、床へ激突する。


「ッてぇ」


夢の中なりに頭が冴え、遅れてきた痛みに打ったのが肩だったことを知った。


呪いという言葉をつかうのなら、これがまさにそうなのかもしれない。


シークレットバーリーという名の『人食い屋敷』に食われる呪いではなくとも、こんな気味の悪い夢を続けて見るなど呪い以外に考えられるか?


着ているシャツには埃がまとわりついていた。


セイリードと名乗ったあの人形のような少女の姿は見当たらない。


薄汚い格好で艶然と微笑む少女は、居ても不気味だが、居なかったら居なかったでまた不気味だ。


肩をかばいつつ起き上がり、右から左へと視線を這わせる。


目が止まったのは一枚の扉。


前の夢のときにも目についた。


位置的には壊したはずの壁とは反対側についている扉だ。


それが今、目の先で血まみれになっていた。


恐怖のあまり縛られたかのように体の自由が利かない。


クソ。


そのせいで扉から目が離せず、イヤでも詳しい情報が視覚を通して次々と流れ込んでくる。


一面に、爪か道具か――で引っ掻いたような跡が無数にあって、ノブの周辺は特に表面の板が酷くささくれ立っている。


そして更に悪いことに、その傷跡は古いものとは思えない。


なにものかがなんらかの方法でガリガリと引っ掻いた。


今自分がいるのと同じこの部屋で。


逃げろ。


咄嗟に頭の中に命令が下る。


この引っ掻き傷を作った『なにものか』が物陰から飛び出して来る前に――そうするつもりだったが。


逃げろ――て、いったいどこへ?


部屋にある扉はひとつだけで、壊したはずの壁も滑らかでびくともしない。


そのとき、グッと腕を掴まれた。


堪えていたものが反射的に爆発して、俺は絶叫を噛み殺せない。


「うああああああああああああああああああっ!」


腰が床へ落ちた。


痛みが走る。


渾身の力で腕を掴んでくる手が、骨にまで食い込む!


床を這い、ほとばしる声を止められなかった。


と、突然目の前に、いくもの傷と、乾いた血の跡と、葡萄色に腫れ上がった手がニュウッと飛び出してきた。


俺の喉が変な痙攣を起こす。


「手手手が! 手が手――手……っ? 手、あ……っ?」


暴走する心臓は病魔に冒されたかのように破裂寸前。


降参だ降参するから今すぐ誰か俺を叩き起こせ!


手のひらに続く血よりもくすんだ赤い袖が視界に入る。


その先にある小さな肩と口を噤んだ少女の顔とを順に見上げた。


少女は。


セイリードだった。


「……おおまおまえがやったのかよ!」


躊躇った後で彼女はコクリと頷く。


「それならそうと早く」


言え! と俺は言いかけて言えなかった。


そうするにはセイリードがあまりにも暗く静かな瞳をしていたし、少女の手は傷つきすぎていた。


重ねて責めることができないほどに。


セイリードはズタズタに腫れ上がった手をそっと袖の中へしまいこんだ。


よく見たら、俺を掴んでいる方の手も同じように痛々しい。


「――もう二度と起き上がってくれないのかなと思った……嬉しいよ、ロッシュ」


そんな今にも泣き出しそうな顔で言われたら、俺だって人間的にうろたえる。


否、これは夢だ。


夢のはずだ。


けれどさき程までの恐怖の波はまだ完全に引いておらず、目の前の少女の目は灯を受けて蜂蜜色にしっとりと潤んでいる。


いくらおれでもこんな状況では心臓だって縮み上がる。


「――こ、これは夢だろ。この部屋も、おまえも……」


「夢ならいいよね……全部夢ならよかったのに――」


可愛い顔をして空恐ろしいことを言ってくれる。


俺はまだ掴んだままでいるセイリードの腕を引っぺがしてやろうかと思ったが、どんな触れ方をしても痛そうな手をそうすることはできなかった。


こんなときにまで相手を気遣う自分が嫌になる。


結局は少女の腕を支えてやり、彼女をソファへと座らせて自分も座った。


「――これが夢だってことはわかってる。でも一応訊いてやる。どうしてこんな手になるまで扉を引っ掻いた? 開くかどうか試したいならノブを回せば済むだろ」


「ノブを回して開くならね」


セイリードは力なく答える。


見下ろす角度にある彼女の睫毛は長く、そして震えている。


頭痛がするのか頭を軽く押さえている。


「ああそうか、鍵が掛かってるのな」


「鍵なんかないよ、壊れてて、造りなら戸棚の扉みたいに単純なんだから。近づいて見ておいでよ」


「いやいい」


俺はソファの位置から扉を顧みるだけにしておく。


近づいて扉の造りを見ようとしたって、セイリードがつけた血の跡の方へ気を取られてそれどころじゃなさそうだからだ。


「救急箱とかなかったか?」


「あったかもねその辺に。でもいいの。薬はとっくに腐ってるし、包帯は虫に食われて穴だらけだよ。黴生えてるかも」


とたんにやるせなくなった。


セイリードのドレスだって穴だらけなんだから、長年放置されてきただけのぺらっぺらなガーゼ布などパン屑みたいになってるかもしれない。


彼女は確か二〇〇年もここにいると言っていた――そんな少女が二度も出てくるとは悪夢とはいえ冗談がキツい。


「そのままにしてたら今度はおまえの手が腐るぞ」


「平気だよきっとだって――」


また手前勝手な理屈をごねようとしたので、俺は自分のシャツの裾を掴み、セイリードの腕を掴み、それで彼女の指先から順に拭いてやった。


「ひ、ひいぃいい……痛いぃっ」


「我慢しろ、そっとやってる」


「……う、うん」


それきりセイリードは大人しくなった。


だがやはり痛いのか、途中何度か声を噛み殺している。


爪の間に刺さっていた木の尖ったやつも、薄暗い中では苦労したが抜いてやった。


水でもあればいいが、ここには蛇口も汲み上げポンプも存在しない。


ついでにあげると食べ物らしいものも見当たらないが、その辺は夢だし仕方ないだろう。


正直、悪夢にはうんざりだ。


けれど、どうせ悪夢だ。


「ほら、少しはマシだ」


血の跡を拭き終え、少女の手を放してやる。


シャツの裾があずき色に染まったせいで、ゴーストハウスのようなこの一室に対する俺の適性も一ランクアップしてしまった。


と、コテッといきなり腕へなにかが当たった。


なんだ? と思って見ると葉飾りをつけたセイリードの頭だった。


彼女がそのままこちらに体重を預けてきたので疲れて眠気でも差したかと思ったが、そういうわけではないらしい。


目はぱっちりと開いていた。


「ありがと。あんた優しいね」


相手は得体の知れない人形のような女の子だが、甘えられたのがわかったとたん俺の首元に重たく纏わりついていた緊張感がうっかりやわらいでいた。


「誰からも言われたことないぞ、そんなこと」


「世界中の人たちの目が節穴なんだよ。いい男だと思うよあんた」


「……はあ、それはどうも」


そこまで言われるとさすがにこちらも調子が狂う。


どうせならフリアのような女に言わせたい言葉だ。


セイリードがなにか言ったが、フリアのことを考えていたせいもあって聞き取れなかった。


なに? と訊き返す間もなく不審行動を始めるセイリードの意図がわからない。


ソファの上へ立ち上がった彼女に顔を両手で上向きにされたかと思うと、頬に柔らかいものが当たる。


頭の中が真っ白になった。


小さくて、人の体温がして。


最後にこの少女は呪われているんだったと思い出した。


俺の心臓はドクドクなのかビクビクなのかよくわからない音をたてている。


とたんに激しい身震いに襲われた。


瞬きを忘れている間に、彼女の方から体を離す。


「……今、なにを?」


「照れないでよ頬っぺくらいで。実は純情さんだったり?」


セイリードは申し訳なさそうに小さな肩を縮め、ピンと立てた人差し指を唇へ押し当てる。


「なわけないだろっ。俺のファーストキスは十五のときだ!」


「やっぱり。人は見かけによらないのよねえ」


ポンッとソファにお尻をつき、セイリードはンフと笑い声を漏らす。


なにがやっぱりなのか、いろいろと騙されている気がしてならないのが腹立たしいが、俺も大人だ。


怒鳴り返すことだけは留まった。


――ああ、悪夢よ。


日常に精神を乱す何某かの原因があるのならすぐに取り除く。


酒煙草暴飲暴食遅寝遅起好奇心過剰すべてやめるやめてやる。


「先走りすぎだ、おまえは」


「そんなことないんだけどなあ」


「似合わないものは傍目にもイタいだけだしな。可愛げもない」


俺の目線は無意識にセイリードのサイズの合わないドレスの裾へと落ちていた。


パンプスなどは水でも汲めそうなほどパカパカしている。


顔を上げるとセイリードの視線と出会った。


俺は地雷を踏んだらしかった。


「……優しくない」


「言ったろ。俺はこれまで人から優しいとかそういうことは」


「……そんなヒドイことをセレみたいな顔で言わなくても」


今度は俺が絶句する番だ。


俺の挙動、言動、全てにセイリードはセレとかいう男の姿を重ねてしまっている。


こちらにとっては迷惑極まりないことだが、知り合いの死が彼女にとっての深手になっているのなら。


……なんだか顔を向けずらい。


と納得しかける自分にまた怖気が走る。


俺は極上の悪夢の中で、しかも死んだ人間に姿を重ねて見られている。


やりきれない。


「とにかくさっさと出るぞ」


どうしようもないただの偶然に罪悪を感じている場合でもない。


それより一刻も早くこの陰気な部屋から解放されたかった。


悪夢を終わらせたい。


やはりこの夢は前に見た悪夢と繋がっているようだ。


前は確か部屋から出ようと四苦八苦していたところで目が覚めた。


俺がセイリードに貸したハンカチも、血に塗れてソファの端にそっと乗せられている。


「どうやって?」


「壁が無理なら扉をぶち破る」


恐怖映画でしか見たことのないようなおどろおどろしい体裁の扉を俺は睨みつける。


セイリードも気を持ち直したようで、伏せていた顔を上げ扉の方を見つめていた。


「おまえ、ここはシークレットバーリーじゃないって言ってたよな」


「うん。そんな貧相な名前じゃないよ。ハーデン――」


「そうそう、ハーデンベリア号。なんだか知らないが、おまえの話じゃ座礁した豪華客船なんだろ?」


自分でも頭の線が数本まとめてどっかへいってしまったような話をしていることはわかっている。


それでもセイリードはまじめな顔で頷いていた。


「事情はともかく、それなら俺にとっても好都合だ。一度入って外へ出て来た者はいない――けれどそれはシークレットバーリーの呪いだ。ハーデンベリア号での話じゃない。というか、ミロンズタウンでハーデンベリア号なんて船の名は聞いたこともない」


俺は説明を続ける。


セイリードがやや首を傾げ、顔を曇らせるがかまっちゃいない。


「つまりだ。この船が地中に埋まってるにしろ、甲板まで出て土を掘り進めれば地上へ出られるってわけだ。深さなどたかが知れてる。老齢のモートン爺さんでさえ地上へ出れた程度の深さでしかないんだからな」


「もーとんじいさんって?」


「俺以上の好奇心過剰重症者で体の不自由なご老人だが、今は頼りにできる」


セイリードの瞳がとたんに輝きだす。


また抱きつかれる前に、俺はソファから立ち上がって件の扉へと近づいた。


がむしゃらに引っ掻いたとしか思えないセイリードの血の跡。


見ているだけでこっちの手まで痛くなってきそうな酷さだった。


こんなに流してよく貧血も起こさなかったもんだなと妙なところに感心しながら試しにノブへと手をかけてみる。


スルッと軽い感触が伝わってきたので、彼女の血で自分の手が滑ったものと思ったが――。


カ……チャ……


静謐の間に小さく響いた陰気な音。


咄嗟に俺の腰へセイリードがしがみついてくる。


開いていた。


扉と壁の間に生まれた、闇の隙間がそこにあった。


「――ウソ……開いた……」


「震えてるじゃないかおまえ。なに俺以上にビビってんだよ」


「うううんうううんそんなこと。ねえ大丈夫大丈夫かな向こうになにもいない?」


「開いてから言うな。おまえのやり方が悪かったんじゃないのか? 怖ろしく簡単に開いたぞ」


ンフと笑うセイリードの声にはまるで気持ちがこもっていない。


心底慄いているらしかった。


魔星雲の時期だからこそ、俺はつるはしを担いで地下通路へと向かった。


魔星雲の気まぐれがたかがひとりの男の夢の中にまで作用するとは思えないが、もしそうならそれはそれでありがたい。


なんにしろこの辛気くさい部屋の扉は開いた。


「冗談言ってる場合かよ。ランタンだセイリード」


「うんっ」


すぐにランタンを手にしたセイリードが戻ってくる。


ついでに俺がやったハンカチもベルト代わりのリボンの間に押し込んでいたが、見なかったことにする。


馬鹿馬鹿しいほどあっけなく開いた扉を、俺はさらに大きく引き開いた。


その先は廊下になっていた。


セイリードから受け取ったランタンの灯火が、開いた扉の影をはっきりと映している。


まるで朽ちたホテルの廊下のようだった。


古く黴臭い絨毯。


シャンデリアがいずれも崩落しているのは、座礁の衝撃からだろうか。


長い廊下の両側には同じような扉が並び、緩く傾斜している。


部屋にいながら酔いそうになったのは、やはり傾斜のせいもあるかもしれない。


「静かだね」


「ガイコツが立食パーティーでもしてたら終わってるだろ」


俺とセイリードの声も、廊下の闇に吸い込まれて消えた。


「扉に物でも挟めておくか。あのでかい木箱でいい。中に入ってるものも錘になってくれるだろうし」


俺はセイリードに扉を押さえさせて木箱を運び、扉が閉じてしまわないように置いた。


「行くの?」


「一刻も早く俺は外の空気が吸いたい。おまえはどうするんだここに居座るのか?」


「ま、まさか行くよ一緒に行くっ」


セイリードは木箱を開けると中から古い油の入ったビンを何本か抱えた。


使えるかどうかわからないがランタン用にと少女なりに気を利かせたつもりだろう。


「さっきから少し変だぞおまえ。呪われ人が普通の人間よりも怯えてるってどうなんだ」


扉を越えて俺は廊下に立った。


少し寒い。


そう思いながら廊下の右手を振り向き、次に左手を振り向く。


俺が歩き出すと、セイリードもぴったりと張りついたままついてきた。


あんまり顔を強ばらせているから、俺は大人の気遣いで気楽な口調で話を振ってやる。


「とりあえず色々と理解できないことは置いといて、たとえば二〇〇年前におまえがこの船に閉じ込められたとしよう。――待て、ってことはおまえ年はいくつだ?」


「え。はたちだよ」


当然のような顔で、セイリードは俺を見上げる。


顔立ちと仕草だけは可愛らしいが。


「なわけないだろ、子どものくせに背伸びするなと言ったはずだ」


この場合、背伸びなのかサバを読んでいるのかわからない。


「二二〇歳って言ったら納得してくれる?」


「二一〇歳ならなんとかな――よしわかった、年なんか訊いた俺が悪かった。ともかく、おまえがここに閉じ込められる前になにがあった? 豪華客船に乗っていて座礁に巻き込まれた……それだけじゃ、シークレットバーリーの地下に埋もれるわけないよな」


……無言。


振った話がまずかったらしい。


セイリードが沈黙する。


俺もそれ以上かける言葉を失った。


まもなく左手前方に上の階へと続く階段が見えてくる。


「ロッシュはかなり妄想傾向が強い大人だけど、想像力がもうちょっと足りないよ」


セイリードは責めるわけでもない、むしろ優しささえ感じさせる声で言った。


「あたしはハーデンベリア号の乗客じゃなかった。座礁に巻き込まれたわけでもなかった。だってあたしは、あのセレ=ビリアンドたちと行動を共にしていたセイリード=ヒラーだよ。もっと派手で大胆なことをしたよ」


虚をつかれ、俺は想像力を働かせてみる。


乗客じゃない、座礁に巻き込まれていない、じゃあなにがあったのか。


大胆とは?


心臓の鼓動音が、不吉さを煽る。


「たち、って言ったな。セレってやつは死んで他の連中はどうした?」


セイリードが息を呑む。


俺たちは階段の前に立っていた。


「……わからない。きっと死んだか、呪われたよ」


セイリードはそう言って俺の上着へしがみつく。


俺は一瞬ためらい、頷いた。


階段は巨大な螺旋になっていた。


脳裏をモートン邸の螺旋階段がよぎるが、大きさ、手すりや壁の装飾、二〇〇年もの間放置されたこの上ない朽ち果て方、全てにおいて比較にならない。


「乗客たちはみんな助けを求めてた。船で到着した救助隊が乗り込んで、動ける人は自分の足で、動けない人はその場で応急手当をしてから担架に乗せて甲板へ向かうように――」


螺旋階段を上りながらセイリードが話す。


声が震え、深く息を吐き出す。


「救助船が着いたなら、なぜだ? おまえも助けてもらえばよかっただろ」


「だからもっとマシな想像はできないの? あたしはハーデンベリア号の乗客でも、座礁に巻き込まれたわけでもないって言ってるんだよ」


俺は驚き、傍らの少女を見た。


そういうことか。


セイリードは救助する側、つまり救助隊について座礁現場にやってきたということだ。


セレという男たちとともに。


だが違和感がありすぎる。


「あたしたちは手数の足りない救助隊のお手伝いに過ぎなかったんだ。報酬がよくて、悪くはない仕事だった。セレはいつも堂々としてたけど、それにも増して堂々としてた。たまには人助けも悪くないなって」


セレという男の名を口にするときだけは、セイリードの顔から少しだけ緊張が緩んだ。


救助隊のお手伝いと言ったセイリードの言葉に、俺は一応納得してやる。


少女が救助隊として同乗した経緯には、なにか避けられない事情があったと考える方がまともだろう。


「でも……でも……」


セイリードの声がまた震えだす。


「おい、どうしたんだよ急に」


少女が辛そうに頭を抱える。


倒れそうになるのを俺が脇の下に手を添えて支えてやる。


「――あたしたち間違ってた。こんなところに来ちゃいけなかったんだ……セレみんな――」


「セイリードこらっしっかりしろ、ここにいるのは俺だロッシュだセレじゃない」


頭痛がひどいらしく、セイリードは頭を抱えたまま顔を上げない。


こくりこくり頷いてはいるが、俺の声など届いていないだろう。


「くっそ早く出るぞ、こんな場所」


引きずるようにして螺旋階段を上りきり、ランタンで周囲を照らした俺は目が眩みそうになった。


灯火に照らされた廊下に散乱する幾多の灰色の細いものと、絨毯を覆う砕けて粉のようになった欠片。


ごろりと転がる球形には二つの大きな穴といくつかの小さな穴があり、下部に並ぶのは薄汚れた――歯だ。


セイリードを抱えたまま、俺は絶叫していた。


人骨だ。


右を照らしても、左を照らしても骨、骨、骨。


廊下いっぱいに人骨が溢れ、積み重なっている。


その向こうに扉らしきものがある。


出口だ!


俺の直感がそう告げていた。


瞼を上げたセイリードも絶句している。


おそらく人骨の全てが彼女が言った甲板へと向かう途中で廊下に殺到した人々だろう。


俺の思考が砕け散る。


あはははははははははははは。


考えちゃいけない。


この悪夢めが!


「ロッ……」


しがみつくセイリードを問答無用に横抱きにし、俺の二脚が勝手に走る。


人骨の散乱する朽ちた廊下を抜け、突き当たりの扉へ飛びつくとセイリードを下ろしすぐにノブに手をかけがちゃがちゃとただひたすら回した。


「っくしょ、開かないのかよっ!」


ノブは回るが空回りしている。


押しても引いても蹴っても体当たりしても扉は開かない。


辺りを見回す。


折れた柱が目に留まり、それをもぎ取って扉へ叩きつける。


ガンッ ズドンッ ドスンッ


けれど扉はびくともしない。


「開け! クッソ開けよ!! 開いてくれ――っ!」


とにかく扉をひたすら殴り続けた。


殴って殴って殴りまくった。


そして。

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