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11/30

海洋祭始まる

デアスギナ星雲をはじめとする七つの星雲がペアンゼルス座に接近する。


そのことをこの辺りの地域では『魔星雲が宇宙の暗幕に入る』という。


世界中で、もちろんバダコでも、そのことは二〇〇年に一度起こる天空の大イベントとして注目される。


大宇宙が織り成す世紀の大イリュージョン。


天文学者たちは、両手バンザイで有頂天になっている。


彼らはこの時期にこの地球上に存在しえた幸運に、腹を痛めて生んでくれた母親に、種をくれた父親に、何百回でも何千回でも感謝の言葉を吐いていることだろう。


――ああ、生まれてきてよかった。


神さま心の底より感謝申し上げます。


専門家たちはこぞって取材に応じ、同じような表題が連日新聞や雑誌を飾る。


それが地方へ行けば、土地独特の解釈が入り混じり多少ややこしくなったりもする。


この大陸でも魔星雲という呼称が混ざったり混ざらなかったりするのは、そんな流れのひとつだ。


「新聞ある?」


モートン氏に地下通路を完成させるように言われてからというもの、朝、フリアと顔を合わせて最初にそれを訊くのが俺の日課になりつつある。


「はい、こちらに。今朝の新聞はカートレイさんにできるだけ早く見せるようサー・モートンから仰せつかっております」


「それはなにより」


フリアの手から新聞を受け取る。


部屋の窓から射す朝の光が黄金色に眩しい。


その中で聞くフリアが朝食の器を並べるカチャカチャいう音も、紅茶の香りも心地よい。


彼女は俺が借りている部屋に朝晩二回食事を運んでくれる。


ここ一週間ほど肉の量が増えたり果物がついたりと食事が一ランク格上げされたのは、たぶん気のせいではない。


瞼を閉じれば、王族気分を味わえるひととき。


「まだ眠たいんですか。立ったまま居眠りされるなんて、なんというか――器用な方ですね」


鏡越しに雰囲気を平気でぶち壊してくれるやり方は、今日も彼女らしい。


俺も俺で、判りやすく頬を引き攣らせてやる。


屋敷での生活も二〇日を過ぎれば様々なことに慣れ始め、自然と耐性がついてくる。


頭で思ってるよりもひと回りくらい人間という生き物は強い――たぶん。


それでも懲りずに帽子からこぼれる栗色の髪や白い頬に見惚れながら、俺は新聞を広げた。


そしてトップ記事を目にし、恐れから来るものなのか、歓喜から来るものなのか、胃の辺りにゾクッとなにかがこみ上げた。


「……いよいよ始まったんだね海洋祭」


彫りのある塗りも美しい椅子に着きつつ、俺は新聞から目を離せない。


人間のごった煮のようなあの祭りが今年も。


「はい。カートレイさんも見に行かれるんですか?」


「俺は行かないよ。連れの女でもいれば話は別だけど――一緒に行く?」


「行きません」


さり気なさではベストな誘い方だと思ったが、俺はあっさり撃墜される。


「ああ、仕事あるもんね」


「なくても行きません」


撃墜された機体はドボンと海に落ちた。


フリアが小さなテーブルの用意を終えて一歩下がる。


「はぁ、そう。……おお、美味そうだな」


並んだタマゴ料理と野菜、軽く火にかざしたロールパンなどを眺め俺の腹がグゥと鳴った。


「ウインナー炒めとほうれん草は冷凍食品です」


「そうなの?」


俺は肩透かしをくらった気分になる。


てっきりフリアは料理上手な女だと思い込んでいた。


「そういえばカートレイさん、近々お屋敷の天井を直して下さるのだとか」


唐突にフリアが話を変えた。


「お屋敷の? ……ああ天井ね、そうそう」


意味がわからなかったが、すぐにモートン氏がフリアにそう告げたと察した。


地下通路は屋敷の一階部分、つまりはフリアが長く時間を過ごすキッチンと同じ階の奥から続いている。


そこを出入りするには何某かの言い訳があった方が面倒がないのは確かだ。


「防毒マスクが必要ですね?」


けろりとした顔でフリアが訊いてくる。


「防毒――いやいやいらないよ、大丈夫」


「もうここに用意しております。ぜひお持ちください。どうか死なないでください」


喋りは淡々としているがこんな言い方でも心配された気になった自分は、よほど単純だろうか。


手渡された防毒マスクはやたらと本格的だ。


「ありがとう。俺もそう願ってるよ――大丈夫。有毒ガスにはよくよく気をつけるから」


呪いを漉し取る『防呪マスク』なるものがあるなら、そっちの方がよっぽど欲しいところだ。


「お気をつけください。このお屋敷も建てられてから相当長い年月がたっているといいますから、直してくださるのはとても助かります。変わっている人だとは承知していましたが……カートレイさん、実際のところあなたはいったいなに屋さんなんですか?」


「元カメラマンだよ、ただの」


俺は隠すわけでもなくそう答えた。


朝食が終わるのを見計らって、フリアは食器を下げにまた部屋へとやってきた。


空いた皿を手際よくトレーへと載せていく彼女だが、紅茶のカップを手にした際、その底をじっと覗き込んだ。


「カートレイさん、きっとあなたに幸運が訪れます」


「ン? ――なんで?」


魔星雲の記事の続きを読んでいた俺は、新聞から顔を上げる。


「古くから伝わる紅茶占いです。飲み残しの紅茶が『木』のカタチに見えます」


「ふうん、占いねぇ――当たるといいな、ハッピーなのに越したことはない」


「以前、屋敷を訪れたサー・モートンのお客人は、賞金くじを当てられたそうです。お財布をすられ、車を当て逃げされてまで、ポケットの中にあった小銭をかき集めて一〇ペナの当たりくじを買いに行った甲斐があったというものです」


「それってハッピーか?」


間もなく、テーブルの上を片づけ部屋を出て行こうとするフリアを、俺は呼び止めた。


「あ、そうだフリア。つるはしを借りたいんだけど、どこにあるだろうか」






午後。


俺は半地下になっている屋敷一階の廊下に立っていた。


「つるはしをありがとう。照明は仕方がない。少々使いづらいが、これで我慢するよ」


枯れ草色の防毒マスクを装着し、巨大なつるはしを担いだ俺はさながら戦禍にさ迷う兵士のごとくだ。


左手には工具箱とランタン、腰にはホルスターならぬトンカチやらスパナやらを下げた作業用ベルトを巻いている。


「すみません。この街では携帯用照明は昔ながらのランタンがまだまだ主流なんです。つるはしも柄が短く詰められたその一本しかなくて――それで大丈夫でしょうか」


「ああ問題ないよ。君は入ってこなくていいからね。物音がするかもしれないけど、あとは俺に任せてくれ」


笑顔で俺は答える。


地下通路はそれほど大きなものではなかった。


つるはしの柄はモートン氏があの地下通路を作る際、邪魔になって短くしたんだろう。


柄の先端は、のこぎりで切りっぱなしになっている。


「お願いします。三時頃にお茶の用意をしておきます」


「ありがたい。じゃあその頃には休憩に一旦引き上げるよ」


「では、よろしくお願いします」


俺はフリアの華奢な後ろ姿を見送り、ホッとした。


これからお屋敷を直すどころか、ご近所の外壁をどうにか壊して侵入しようとしている。


地下通路はフリアがこの屋敷へ来た以前にモートン氏が今の状態まで完成させたものだ。


まったくなんて爺ィさんだ、と改めて感慨しながら、俺はモートン氏に言われたとおり廊下の突き当たりにある部屋のドアへ近づき、そこを開いた。


「オイオイオイ……」


思わずひとり言が口をつく。


部屋の中は恐ろしいほど混沌としていた。


使わずに余ったと思われる巨大な板やら柱やらが散乱していて、全体の三分の二ほどは足の踏み場もない。


天井付近まで積まれた土の山までできている。


地下通路が未完成ということがひと目でわかる光景。


そして奥の壁には土砂でまだらに汚れたシーツが一枚、大きく広げて貼りつけられていた。


一応は、これで地下通路を隠しているつもりらしい。


シーツの前へ立ち、俺は邪魔なもの――工具箱、作業用のベルト、防毒マスクを板の上へ降ろしてランタンに火を入れた。


さて、


俺はつるはしを構える。


それでシーツの端を引っかけ、ちょっと捲り上げた。


あった。


俺が写真に収めた地下通路に見合う大きさの、ぽっかり開いた歪な闇。


一・五メートル四方に掘り進められた地下通路へランタンの火を翳し、足を踏み入れる。


中途半端な高さのせいで、最もキツい中腰の体勢を保たなくてはならない。


これは意外に狭い。


俺は注意深く歩き出した。


上に件の石壁があるあたりで地下通路はいきなり急な下り坂になり、再び傾斜を失う。


ランタンの明かりは、やがて地下通路の突き当たりを塞いでいる古ぼけた木製の壁を照らし出す。


見る限り、ちょっとやればつるはしで簡単に砕けそうな壁だ。


壁の手前で、地下通路の天井に内側から補修したようなあとがあった。


通路脇には投げ捨てられた木の梯子が見える。


位置的にはすでに地上の石壁の内部に入り込んでいるはずだから、モートン氏はここから一度地上へ出たんだろう。


俺は足を止め、ランタンを高く掲げて周囲を照らした。


重い闇が、古い壕の深部にでもいるような錯覚を起こさせる。


じめじめした空気にむせ返りそうになる。


モートン氏が一度ここを訪れているとはいえ、背筋に寒いものが走ってやまない。


とっとと終わらせよう。


俺は心に決め、つるはしを握り締める。


見るからに相当古い。


どこからなにが出てきてもおかしくはない。


取り巻く恐怖は、ついに頭の中までもを痺れさせ始める。


少しでもよからぬものに触れれば、うっかり失神してしまえる自信があった。


時間の問題でもありそうだ。


精神衛生上この場所はとてもよろしくない。


俺はつるはしを振るって渾身の力を込めた。


ゴッ


モートン氏は、壁はびくともしなかったと言っていた。


案の定、つるはしの先がぶちあたっても、微かな傷しかつけることができない。


場所を僅かに移してみたが、いずれも結果は同じだった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


けれど、今は魔星雲の期間。


運動量に比例して噴き出す冷たい汗で、俺のシャツはべったりと背へ張りついている。


ここまで来たんだ。


やれるところまでやるさ、無理ならさっさと諦めて手を引けばいい。


オレンジ色の光の中で腕時計を見ると、午後一時四〇分。


「せいっ」


柄を握り直し、俺はつるはしを木壁へと叩きつけた。


ガツッ


幾度目かの大振り。


予想外の手応えに、全身が硬直する。


つるはしの先は、確かに壁へめり込んでいるではないか。


バラバラ、バラバラ……


砕けた木片が足元へ続けて転げ落ちていく。


俺は熱に浮かされたように、夢中でつるはしを振るった。


ガツッ、ガツッ、ガツッ


バラバラ、バラ……


壊せないと思ったら、なんだよ、いきなりこんなに崩れて――。


バラ……ベキベキ……ベキッ……


俺の腕力などたかが知れてる。


もしかしたら飽きるか馬鹿馬鹿しくなって、モートン氏は途中でこの作業を放り投げただけなんじゃないだろうか――。


魔星雲……どうせ魔術やら錬金術やらに翻弄された時代が残した、ただの言い伝えだろうが。


グシャっという手ごたえがあり、三時を待たずしてつるはしは建造物の壁の先にある空間へと突き抜けていた。


貫通した最初の一撃。


そこからつるはしを引き抜くと、十センチにも満たない歪な穴が開いている。


その先は闇。


目のように開いた小さな穴からは、八月初旬にしては寒すぎる空気がスルスルと流れ出てくる。


腕まくりをしていた俺は、思わずシャツの袖を長く下ろした。


『魔星雲の時期は様々な場所で超自然力の均衡が崩れて不安定になる』――呪いもそのひとつ。


呪い、呪い――。


子ウサギちゃんは、俺から離れたところにいて鏡台の前でお化粧中だ。


『待っててね~』などと手を振られたような気もしたが、このときばかりはこの作業をいち早く終わらせてしまいたい衝動の方が豪速で勝った。


グシャッ……グシャッ……グシャンッ……


俺は一気に壁を叩き壊した。


「……ハァ」


つるはしの先端を下ろして息をつく。


眼前では、壁が無残な姿で崩れ去っていた。


――お望みどおりに壊してやったぞ、モートンさんよ。


俺はつるはしを土壁へと立てかけ、ランタンを手に取って先の闇を光で照らし出す。


中は部屋になっているようだ。


ランタンを前へと突き出したまま、俺は壊した壁を跨いで一歩、その先へと足をついた。


……はずだった。


「うおあっ!」


無事壁を越えたと思っていた俺の足が突然重たくなり、もの凄い力で真後ろへ引っ張られるような感覚とは反対に、体の方が前のめりになって勢いよく傾いた。


ドデッ


無様に建物内の床へと転倒する。


ランタンの火はなんとか消えずに済んだが、斜めにしてしまったためにオイルの臭いが周辺に濃く漂った。


一瞬の出来事に、頭と三半規管がついてこれない。


数秒間前後不覚になっただけなのに強い吐き気が襲ってくる。


とりあえず収まるまでこのまま動くなと頭と胃が警告を放っている。


フリアの言う通り俺は重症だ。


躓いただけで、こんな一瞬芸のように酔うことがあるとは。


中はそれなりに広く、モートン氏の寝室ぐらいはゆうにある。


ぐるりの壁際には年代ものの家具が、あっちを向いたりこっちを向いたり、まるでガラクタ置き場のように放置されている。


箪笥、小さな本棚、椅子にテーブル……。


真正面には扉があるが古く傷だらけだ。


床が傾いてしまっているのか、立っているわけでもないのに平衡感覚がおかしくなりそうになる。


ランタンの灯りで照らしても、物が多いせいで濃い影ばかりが目立ち、とにかくごちゃごちゃしている。


小さなものも妙に生々しくそこら中へ散らばっている――割れて伏せてある鏡だとか、使い切った後の糸巻きの芯だとか、破れて表紙がなくなっている本だとか。


なんだこの激しくいやな感じは……。


呪い、という言葉が、今一度頭の中を飛び交う。


数メートル先にしゃれこうべが散らばっていても、ゾンビの大群が俺を喰らおうと狙っていてもおかしくない。


そんな妄想が急に膨らみ出す。


が、そのとき、本当に部屋の中で物音がした。


カタっ


瞬時にランタンを高く掲げて飛び起きる。


気分が悪いだなんだと言っている場合じゃない。


明かりが足元から離れ、やや遠くを照らし出す。


そして、


ボフッ


勢いよくなにかが飛んできて、それを俺は顔面で受けてしまった。


蝙蝠か、大蛇の抜け殻か、ムカデの大群か。


突然のことに、声にならない。


なにがなんだかわからないうちに、同じ物が二個も三個も飛んできた。


避け切れずに全てを顔やら体やらで受けた俺は、背けた顔をブルブルと何度も振った。


何度も、何度も、何度も。


振りすぎて眩暈がし、やっと我に返って足元へ目をやると、そこには穴の開いた古いクッションが落ちていた。


蝙蝠でも大蛇の抜け殻でもなかった。


飛んできたのはこのクッションだったらしい。


恐る恐る飛んできた方向へと目を向ける。


そしてやっとその存在に気がつき、ビクッと体が引きつった。


他の家具と同じく古い造りのベッドの隅で、クッションと壁にグッタリともたれ掛かる痩せこけた一体の――。


……あれは、人形か……?


ひと昔も前に流行ったと思われるドレスを着せられた少女の人形。


胸のあたりまで届く長い巻き毛は、何枚もの葉飾りとレースで覆われたヘアバンドでぐしゃぐしゃに留められている。


もうどうしたって繕いようのないくらいにあちこちが裂けて穴が開いている赤いドレスは、腰のところを太いリボンで締められてはいるが、まるで大人ものを着ているように大きすぎて裾がくるぶしまで届いている。


足にはヒールの高い大きすぎるボロのパンプスを、本物の人間の子どもがする悪戯のように引っかけていた。


魂もなにもかもが抜けきった人間のごとく生々しい。


けれどそこにはその人形があるだけで、クッションを投げつけてくるようなものが他にいるわけではなかった。


ちょっと――待て……。


俺は頭の中で理解しようと必死だ。


ハハ……まさかね、ハハハハハ――。


辿り着いた結論を、頭がまったく飲み込めない。


人形がクッションを投げつけてくるなんてまさかそんな馬鹿な話。


これが本場の金縛りというやつか。


凍りついたかのように動けない。


俺は感動し、絶望した。


なぜなら、ドレスを着た人形が数センチ俺の方へカクンと顔を向け直したかと思うと、クルリと丸まった長い睫毛がついている瞼を、ゆっくり一度閉じて開いたからだ。


「――幻なら失せてよ」


人形の唇が滑らかに動き、声がして、俺は悲鳴すら上げる間もなく気を失いそうになった。


マズい……マズいぞ――声まで聞こえるようになったらオシマイだ――。


体を目の前の光景から背けることすらできずに、俺は挙動ばかりがおかしい。


「う――が……」


呻き声を上げることしかできないでいる俺の視界の中で、ドレスを着た少女の人形がベッドからぴょいっと飛び降りる。


そして長いスカートを両手で持ち上げ、パンプスを引きずるようにしながら、埃だらけの床をこちらへ向かって一直線に駆けて来た。


トタトタトタトタトタトタトタ――


これは夢だ誰か早く俺を起こしてくれ!


幽霊だとか幽霊だとか幽霊だとか……そそそそそんなもんいるわけ――っ!


俺は襲われた。


飛びかかってきた少女の人形に押し倒され、腹の上に乗っかられ、馬乗り状態のままギュンッと顔が近づいてくる。


人形の白い唇が再び開く。


そして俺よりも先に、それは叫んだ。


「まぼろしめ! 失せろ、失せろ! 失せろ、失せろ!!」


噛みつかんばかりの半狂乱な声はなおも続く。


「あたしを惑わせたところで今さらどうなる? こんなところへあんたがくるはずがない。あんたは――来るはずなんかないもの!!」


頭が真っ白のまま、俺の聴覚だけは壊れたかのようにクリアだ。


「あんたは、来るはずがない――本当にセレ? ねえ、セレなの? 少し痩せて見えるけど……セレなのかってきいてるのよおぉぉっ!」


ドレスの人形は俺の腹の上で尻を跳ね上げてパンプスでパカパカと地団駄を踏み、わけのわからぬことを叫び続けながら、薄汚れたドレスをワサワサ揺らす。


ここが俺の墓場か。


「ねえ、ちょっとあんたなんとか言ったらどうなのっ? あたし、もう何度もまぼろしを見てきたんだから――あんたがちゃんと喋ってくれるまでは信用しないからねぇっ!」


あぁ――とてもよくできた人形だ……。


少女で顔も体も幼いが、よく見るとなかなか可愛らしいじゃないか――。


壊れていく。


俺の精神が壊れていく。


「……ちょっと、ねぇ。あんた聞いてるあたしの話――?」


聞いてるよ、イヤでも聞こえてるさ――。


「……あの、……あっ、ちょっとあんた気失わないでよっ! ちょっとねぇっ、ねぇっ、お願いだからぁっ!」


少女の顔が今までになくグンと近づき、俺はひたすら気色が悪い自分の笑い声を聞いた。


「ククッ……ウハハハハハハハハハハ、ヘハヘヘヘヘヘヘヘヘヘハハハハハハハハハッ?」


「待って、ちょっとしっかりしてよおっ!」


視界からはなにもかもが消えそうになる。


俺に訪れるのは、ハッピーのはずじゃなかったのか……?

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