稀有な一日
一日一筆複数連題です!
お題「ラジコンのゴール」「朱いもの」「自転車」「Governmentな一日」「孤独と共に手に入る安息」
自分でもバカだと思う。仕事を休んでまで娯楽を優先するなんて。おかげでケータイが鳴りやまない。置いてくるべきだったかもしれないな。
今日は日本政府が発足して二百年の節目。国を挙げての祝賀会だったが、昔からそういう雰囲気を嫌ってる私は数少ない有休を使って、昨日急遽休みを言い出した。
それが混乱を招いたのか、合法的な休みなのに連絡が途絶えない。電話じゃ繋がらないと察したのか、すでに数百件のメールが舞い込んできているが、百の位が三に入ったところで電源を切った。あいにく、今日の用事にケータイは必要ないんだ。
訪れたのは、ラジコン大会の会場。今日は年に一度開かれる懇親会も込みの大会だ。
去年からラジコンに触れるようになって調べまくるうちにこの大会を見つけ、それが発足記念日と重なっていることを知り...天秤にかけた結果、仕事より娯楽を選んだ。
幸い会場は自転車で行ける距離。荷物は多くて動きづらいが、たまには風を感じるのも悪くなかった。
それに、自転車に乗ることで少しだけ高くなる景色は、よどんだ心に違う色を導きいれるようで気持ちがよかった。
自転車を停め、受付へ向かう。
私からすればお嬢さんと呼べるぐらいの年齢の人がてきぱきと仕事をしている。感心なものだな。これぐらい手際よく作業ができる人間が居れば、この国の政府も安泰だってのに。
「はじめまして」
人だかりを潜り数多のラジコンが並ぶグランドへ向かう。この大会は走らせるだけでなく、自慢のラジコンを展覧することで交遊を進めることも一つの目的としている。とは言っても私のラジコンは不恰好で初心者的だからこんな無骨な車たちとは並べられないが。
私が向かうのはレースのブースだから、とそちらに向かおうとすると、やけに目につくラジコンがある。
「...」
それは、真っ赤なラジコンだった。いや、赤いのではない。朱いのだ。装飾全てが目に痛い朱色。その影響かそのラジコンの周辺のラジコンも少々見づらい。
でも私にはそんなことどうでもよかった。その朱いラジコンが、なぜか私の心に追突してくるような、そんな錯覚を覚えたんだ。
ラジコンのゴールは、ゴールフラッグもしくはタイムアップ。でもこのラジコンはどうだろう。
羅列と言っては失礼かもしれないが、見せるために並べられたラジコンたち。このラジコンたちにゴールはあるのだろうか。
買われることがゴールなのは売り物に限る。これは展覧されているだけで売り物じゃない。じゃあ展覧の終了がゴールかといわれても、なんだかしっくりこない。じゃあ、何だ?
悶々としている。何が悪いというわけでも、何を言及したいというわけでもない。ただ、気になる。
このラジコンたち...特に、この走るためではなく見せるためにコーディネートされた朱いラジコンのゴールが。
いそいそとバッグから包装されたラジコンを取り出す。
レースが始まろうとしているからだ。
ラジコンのコミュニティには入ってるが、ネットに聡くない私はあまりネット間での交流はしておらず、ほかの人が談笑しているというのに私は無言。孤独だった。でも、孤独と共に手に入る安息もあるってことを今知った。
普段は周りの目を気にしながら仕事をしていたが、今はどうだ。何もしていなくても咎められることはない。案外、孤独が一番なのかもしれないな。
このレースだって注目を浴びるために参加しているわけではなく、あくまで自分のストレスと解消するために合法的に走らせたい、そう思って参加したまで。だから順位もあまり気にしていない。
そう、気にしていない。
でも、それは今の今までのことで、たった今その認識は少し変わった。
並べられた私のを含むラジコンの中に、見覚えのあるラジコンがある。これは。
光をつるりと反射する車体。白い反射光が映える真っ赤な色。いや、朱色。
さっき、展覧されていたラジコンそのものだった。
私は咄嗟に周囲を見回しそれらしきラジコンの運転手を探した。車体が朱色なんだからコントローラーも色は同じだろう。しかし見つからなかった。まるであの朱いラジコンは、誰に操縦されるでもなく自ら、走るかのようだ。
先ほどまで「見せるために置かれたラジコン」と認識していたそれが同じレースに参加するということで、気にしてなかった順位を気にするようになり始めていた。
なんだか、あのラジコンには負けたくない。
レースが始まろうとしている。ぎりぎりになるまでコントローラーを探そうとしたがそれでスタートが遅れては元も子もない。あきらめて私は自分のラジコンに注視した。
明らかに、見劣りする車体。朱いラジコンとではなく、ほかのラジコンと比べたって手の入りようが浅いことがまるわかりだ。それでも、少なくともビリにはなるまいと少しだけ力強くコントローラーを握った。
レースが始まった。スタートダッシュでいくつかのラジコンがぶつかり合う音がする。そしてすぐに、迷彩色の入ったラジコンが群を抜く。私はそれを後目に自分のラジコンを見た。後ろの集まりで進めずにいる。どうにか進む術はないかと抜け道を探すも、四方をほかのラジコンに塞がれており、思うように進むことができない。
奮闘の末、やっと集まりを抜けたがそれと同時に、朱いラジコンが私のラジコンを抜かした。
口の中で小さく舌打ちを鳴らす。もっと早く抜けてれば。
朱いラジコンは見た目通り速く作られてはないようで、トップ集団には入れていなかった。が、そんなこと私はどうでもいい。私は朱いラジコンにさえ負けなければいいんだ。
どうにか障害物をいなし進む。その間朱いラジコンとの距離が開くことはなかった。
そうして迫る最後の一本道。ここに障害物はなく、それだけの加速で走り抜けられるかがカギとなる。
目の前には朱いラジコン。追い抜かなければ。私は加速をつけ朱いラジコンに詰め寄る。ゴールまであと数メートル。
しかし無情にも、朱いラジコンとの距離が数センチになったところで、ゴールしてしまった。
あぁ。順位とは関係なく、ただ展覧に並んでいたラジコンに負けたことだけが悔い。
肩を落とし帰ろうとすると、肩を叩かれる。振り向くと見覚えのない青年。
「楽しいレースでした、ありがとうございました!」
手に持っているのは、朱いラジコン。
あぁ、私はこんな青年と闘っていたのか。
「ありがとうございました、目立ってたね」
彼のラジコンを指さしながら笑う。なんだか、自分が情けなくなった。
「見た目重視で速度に手は入れてませんでしたからね」
と、彼も笑う。その速度無改造のラジコンに負けたんだがな。
ふと、疑問が浮かんだ。
「君、質問してもいいかい?」
全員が私なら話は早い。「順位なんて二の次、むしろ興味ない」と言えるんだから。だが残念ながら、私以外は私じゃない。だから、今浮かんだ疑問と、あの時覚えた疑問をぶつけてみたくなった。
「順位は気にならないのかい?」
彼は困ったように笑った。
「そりゃ、気になっちゃいます。だって、走らせるのがラジコンですし。速いと気持ちがいいですし」
「じゃあ、展覧されるラジコンたちのゴールは、どこだ?」
突飛な質問に目を白黒させている。だがすぐに彼は答えてくれた。
「満足いったらです」
彼は楽しげに笑みを浮かべた。
「このラジコンを見て、『個性的だな』って思わせられれば僕は満足。それが見せてる時のゴールです。逆に言えば、見せてるのになんのリアクションもなければ僕は満足できず、ゴールしないまま展覧が終わってしまうかもしれません。でも、普通のレースと同じで次のチャンスがあるから一旦引き下がれる。僕は、そうやってゴールを決めて、ここ数年このラジコンを並べさせてもらってます」
そうか、あのラジコンたちにもちゃんとしたゴールがあったんだな。
私は心の中でひそかに、安心感を感じた。
帰りの自転車。これといった交遊もなく、青年と話しただけで今日の大会を締めくくった。
しかし、満足している。
考えてみれば、私たちだって同じようなものだ。国の見世物にされ、真摯に働いていても理不尽な蔑みにさいなまれる。政治に完成は無く、行きつくところが限界ではない仕事を限界までやり続けなければならない。
さながら展示されているラジコンだ。
でも今日、そのラジコンにはゴールがあることを知った。とすれば、私たち政府管理者にもゴールがあるのではないか。と、行きとは違う風を受けながら私は考えた。
趣味のための一日なのにいつの間にか仕事のことを考えている。私も重度のGovernment Workerになったものだ。
如何でしたか?
いつもと比べて気分よくかけたような気がします。早く本調子に戻りたいので一日一筆以外の小説もぽつぽつ書いていきます。