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ふたつの誕生日プレゼント

 俺と恭哉兄と3人で、自分の部屋でお祝いしたいと思ってるんだけど、という奈那子の提案に、伊智花はちらりと一緒に居た俺を見た。

 視線から、どうしたらいいかと迷っているのを感じる。現状をどうにかしようと奈那子が気を利かせているのであれば、その気遣いを俺が不快に思っていないかどうか、それを気にしていることが、容易にわかる。わかってはいるのだけれど、それがなんだか面白くない。


 (いつものことだけどさ、伊智花は俺に祝ってほしくないわけ?)


 伊智花が俺のことを好きだという気持ちを疑っているわけではない。

 むしろ、どうしてそこまで、と思うことの方が多い。

 けれど、ふとした瞬間に思ってしまうのだ。

 見返りを求めない伊智花は、本当に俺のことを好きなのだろうかと。


 「まぁ、若干1名お邪魔な奴がいることは否めないんだけどさ」

 「……おい」

 そんな伊智花の様子を、別の意味でとらえたらしい奈那子に、すかさず突っ込む。けれど、その突っ込みを無視して、奈那子は静かに続ける。

 「こうやって、お祝いできるのも、もしかしたら最後かもしれないな、と思うのよ。大学になったら、当日にお祝いするなんて難しくなってくるかもしれないし。……ダメかな?」


 奈那子自身、不安なのかもしれないな、と思う。

 親友と幼馴染のカップルが受験を理由に別れて、進路によって人間関係が変わっていく。

 当たり前なことだけれど、それが少し淋しい。

 そんな雰囲気を感じたのか、「ダメなわけないじゃない」という伊智花の返答を受けて、誕生会は伊智花の誕生日当日に行われることになった。



 「伊智花ー! プレゼントだよ」

 奈那子が準備をしていたプレゼントを伊智花に差し出したのは、恭哉兄が買ってきたオードブルやデリバリーピザを食べて、ケーキの準備ができた頃だった。

 その手には、細長い箱が2つ。

 中身は、シンプルなシルバーのネックレス。2つとも、花がモチーフで、ひとつは小さな花が連なっているものと、もうひとつは中央にメインのバラが象られ、それを囲むように蔦が囲んでいるもの。


 「どちらかひとつ。伊智花が好きな方を選んで」

 

 なぜ2つなのかというと、奈那子と俺の意見が真っ二つに割れたからだった。



 どうせ、伊智花にひとりでプレゼントあげる勇気ないでしょう? だったら、3人から、ってことで遼一の選んだものをあげよう? と言った奈那子に連れられて、アクセサリー売り場に連れてこられた俺は、最初いつものクセで奈那子に似合いそうなネックレスばかりを手に取っていた。思い浮かべるまでもなく、近くに本人がいるので、いいなと思ったものを手に取り、薦めようとして、ふと手が止まった。

 (いやいや、違うだろう)

 いつものように『いずれ伊智花の手を経て、奈那子に行くもの』を選んでいた俺は、それが今回ばかりはあり得ないことを思い出す。

 さすがに、3人から、と渡されたプレゼントを、奈那子にあげるわけがないのだ。それに気が付き、俺はもう一度アクセサリー売り場を見渡す。


 (伊智花に似合うもの、伊智花が好きそうなもの……)


 思えば、初めて伊智花のために、と選んでいる自分がいた。

 ひとつひとつ、伊智花が身に着けている姿を思い浮かべながら、これでもない、あれでもない、と気が付けば奈那子が「……真剣に悩んでるところ悪いんだけど……まだ?」と呆れた声をあげる始末。

 

 そんな中で俺が選んだのは、中央にピンクシェルのバラがあって、それを囲むようにシルバーの蔦が囲んでいるネックレスだった。

 いつだったか、伊智花が言っていたのを思い出したのだ。花の中でバラが一番好きだと。確か、新商品のお菓子がバラの花りがして、あまり美味しくなかったという話をしたときだったと思う。実際のバラの花の花りは甘くていい匂いなんだよ、と言いながら、庭にピンクのバラが植えてあって、毎年咲くのが楽しみなのだと。


 「えー……伊智花は、こっちの方が好きだと思うけどなぁ」

 けれど、奈那子が思い描く伊智花へのプレゼントではなかったらしい。

 その手には、確かに伊智花が選びそうな、華奢な花モチーフのネックレス。

 

 (確かに、似合うだろうし好きだろうけど、それは伊智花が自分でも買いそうだなと思ったんだよな)

 せっかくの誕生日。どうせなら、選びそうもないものの中から、似合うものをあげたい。

 だから、引かずに「いや、こっちにする」と、奈那子に言い切る。


 「こっちの方が、絶対似合うって」

 ネックレスが伊智花の胸元に収まる姿を想像して、完璧だと頷く。

 と、憮然とした奈那子の顔が目に入った。

 「……なんで、そんな自信満々なの? 伊智花ならこっちも似合うと思うんだけどなー」

 「似合うと思うけど……やっぱり、こっちだろ。そっちは却下」

 「却下って…………わかった。遼一、勝負しよう」

 「……勝負?」

 「両方買う。で、伊智花に選んでもらう。どっちが、伊智花の心掴むか、勝負よ!」


 というわけで、今、伊智花の目の前には、二つのネックレスが並んでいるのだった。

 「え? 両方ともくれるんじゃないの?」

 どちらも自分のために用意されているのではないかと言う伊智花に、奈那子は首を振る。

 「ダメ。どっちかひとつ。っていうか、これは勝負なの」

 勝負って、なんの? と首を傾げる伊智花は、またもや俺に困惑の視線を送ってくる。

 と、すかさずそれに気が付いた奈那子が「遼一、抜け駆けしちゃだめだからね」と、反応をすることを禁じる。

 その様子を見た恭哉兄は、あいかわらず妙な部分でこだわるなぁ二人とも、と笑いながら伊智花に「伊智花ちゃんが好きな方を選んでいいんだよ」と声をかける。

 「この二人、どっちも自分が選んだプレゼントの方が伊智花ちゃんの好みだって譲らなかったらしくてね。勝負してるらしいんだ」

 その言葉に、伊智花はさらに困惑した表情を浮かべた。


 「ええ? だって、これどっちも好みなんですけど」


 何度か、選べない、と繰り返すものの、じゃぁ、先に着けようと思うのはどっちだ、と詰め寄る奈那子に、迷いながらネックレスを見ていた伊智花は、俺と奈那子の顔を見比べながら、ひとつの箱を手に取った。


 「こっちのバラの花の方」


 (よしっ!)

 伊智花の手が、自分が選んだネックレスに伸びた瞬間、こみ上げた気持ちはなんだっただろうか。

 「ええー……そっちー?」

 あからさまに落ち込んだ奈那子に、あれ? という顔をして、伊智花が慌てて奈那子の肩に手をかける。

 「え、これ奈那子が選んだんじゃないの?」

 「違うよー。わたしが選んだのはこっち。そっちは遼一が選んだ方。……伊智花なら、こっちの方が好きだと思ったんだけどなー」

 元カレに負けるなんて、親友としてのプライドが……! と悔しがる奈那子を、まぁまぁ、と恭哉兄がなだめる。

 「遼一はセンスがいいからなー、仕方がないって」


 (センスがいいっていうか)

 恭哉兄がそういうのは、奈那子のプレゼントを選ぶときのことを言っているのだと思う。

 (確かに、俺が選ぶものは、奈那子にとって使い易いみたいだけど、大事にしてるのも使う率が高いのも、恭哉兄からもらったものの方じゃないか)

 伊智花を通して、奈那子の元に渡ったプレゼントたちも、大事にされている。けれど、明らかに、取扱いが違う。好きな人からもらった、という付加価値が、やっぱりついて回るのだ。


 と、そこまで思い浮かんで、俺は先ほどの伊智花の言葉を思い出した。


 (「これ奈那子が選んだんじゃないの?」って言ったよな)


 気が付いて、急に気分が下降していく。


 (それって、奈那子の選んだ方を選ぼうと思ってたってことかよ?)


 すごく、すごく面白くない。

 俺が選んだものは、伊智花にとって、好きな人が自分のために選んだものになるのではないだろうか。それは、恭哉兄が選んだものを奈那子が大事にするように、大事にされるものなのではないだろうか。


 「なんだよ、俺が選んだものだったら気に入らないわけ?」

 

 恭哉兄だけじゃなく、伊智花まで奈那子を慰めているのに、ついそんな言葉がこぼれた。

 (伊智花も伊智花だって。喜べよ。俺がおまえのために選んだんだぞ)

 つい、ふて腐れると、落ち込んでいたはずの奈那子が、珍しいものでも見たかのように目を丸くした。


 「…………遼一が拗ねてる」

 「はぁ?!」

 「あ、本当だ」

 「恭哉兄まで、何言ってんの?!」


 幼馴染の2人が堪えきれないように笑い出す中、今日の主役である伊智花が、何度目かの困惑の視線を送ってくる。

 それを無視して、ケーキを食べる準備を促すと、生暖かい視線が約2名から注がれているのを感じた。



 ケーキを食べて少しゆっくりした後、片づけは任せて主役を送り届けるように、と2人に促され、伊智花を駅まで送っていく。


 「…………」

 「………………」


 無言。

 あれから、普通に戻ったものの、たぶん、伊智花はどうしたらよいかがわからないのだと思う。けれど、考えてみると、俺がふて腐れる理由が自己中心的過ぎて、最初の言葉が浮かばない。


 「あの、ごめんね」


 そんな中、場違いな台詞が伊智花から聞こえてきて、俺は足を止めた。


 「……なんで、伊智花が謝んの?」

 「だって、奈那子のを選んだ方が、遼一良かったんじゃないの?」


 (え?)

 思いもよらない言葉に、伊智花を見やると、不思議そうに伊智花は首を傾げた。

 (もしかして、奈那子の方を選ばなかったら、俺が不機嫌になったと思ってる?)

 さすがに、そう思っているのであれば、誤解を解かなければと慌てて俺は口を開いた。


 「嬉しかったんだけど」

 「え?」

 さらに首をかしげる伊智花に、

 「嬉しかったんだよ。伊智花が俺の選んだのを選んでくれて。確かに、奈那子が選んだのも、似合いそうだし好きそうだなぁと思ったけど、誕生日だし、自分で買いそうもないものやりたいなって思って。前に、ピンクのバラが好きだって言ってたし、いいなって思って」


 だから、自分が選んだものを手に取ってくれたのは、全然問題なかったのだ。ただ、それを伊智花が『好きな人』が選んだものとして喜んでくれていないような気がして、それが面白くないと思っただけで。

 本当に自分勝手な理由なので、どうしたらいいかと思っていると、どこか茫然としたような伊智花の声が割り込んできた。

 

 「……わたしのために、遼一が、選んでくれたのだったの?」


 (どういう意味だよ?)

 あまりにも信じられないというような顔をした伊智花に、なんでそう思うのかと苛立つ。

 「そうだよ」

 憮然として言い返すと、しばらくして、「どうしよう」というつぶやきが聞こえてきた。


 「どうしよう、って、伊智花?」

 「どうしよう……わたしも嬉しいんだけど」

 「え?」


 さっきから、お互いに、お互いの発言を聞き返してばかりいるな、と思っていると、伊智花が両手を頬にあてて、もう一度「嬉しい」とつぶやいた。


 「ネックレス、どっちを選ぶのが正解なのかわからなくて、ごちゃごちゃ考えるより、好きな方を選ぼうって思って。……きっと、奈那子だろうと思ったの。遼一だとしても、わたしがバラを好きなことは知らないんじゃないかなって思ってて。覚えててくれて、わたしのために選んでくれたんだってわかったら、嬉しすぎてどうにかなりそう」


 顔がにやけて止まらない、と両手で顔を隠しながら、笑う伊智花の姿に、拍子抜けする。

 

 「ありがとう、遼一!」


 心底嬉しそうな伊智花を見て、先ほどまでの不快感がなくなっていく。

 それがあまりにも自然で、俺は深く考えることのないまま、幸せそうな伊智花に笑顔を返した。


 けど、同時に、違和感も浮かぶ。

 どうして、伊智花は俺からの好意をこんなにも考え付かないのだろう。

 そして、俺はどうして、それに腹が立つのだろうかと。

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