バージンロードのふたり
「わぁ、素敵」
会場に着くなり、歓声を上げたのは、奈那子だった。
その姿を微笑ましそうに見つめる恭哉兄は、本当に素敵な彼氏で、ふたりの姿はほのぼカップルに見える。
そんなことを考えていると、後ろから小さなため息が聞こえてきた。
「好きじゃなかった? こういうところ」
「え?」
きっと、無意識だったんだろう。
声をかけると軽く俯いていたため息の主は、不思議そうな顔で俺を見上げた。
「好きだけど。…………まだまだ縁のない場所だと思ってたからさ」
「まぁ、確かに」
結婚の予定がないカップル限定のイベント。
ホテルで式場担当になった新人の練習台みたいなものだから気軽に来いと呼ばれたのは、そのイベントを企画した恭哉兄の知り合いだった。
『どうせだったら、おまえらも来ないか?』
運悪くその場に居合わせてしまった俺まで軽いノリで声をかけられ、思わず頷いてしまったのがまずかった。
「遼一の場合、気後れしてる理由が違うと思う。自分で招いた事態でしょ? 自業自得」
いつになく厳しい伊智花の言葉が耳に痛い。
『わざわざ傷つくような真似して、何が楽しいの?』
出かけることを伝えたときに、自分の方が傷ついた顔をして伊智花はそう俺を問いただした。
ウェディングドレス姿の奈那子の隣に立つのは、当たり前だけど俺じゃない。
(どうして、2度も自分じゃない相手が隣に並ぶ姿を見なきゃいけないんだ)
伊智花はすぐに、俺がそう思ったことに気が付いたのだ。
そして、それを口にするわけにもいかず、勢いで了承してしまったことを悔いていることにも。
「厳しいなぁ」
「今回ばかりは、フォロー難しいなぁ。これから、二人で模擬挙式もするんでしょ?」
苦笑する伊智花が近くに居てくれて、本当に良かったと思う。
「伊智花ー! ウェディングドレスの試着だってー!! 早く行こうー!!」
奈那子の声に、駆け出す伊智花を見ながら、苦笑してると、恭哉兄がこちらにやってくる。
「悪かったな。付き合わせて」
「いや、滅多にこれるような場所じゃないし」
「ま、そうだけど。適齢期のカップルだと逆に来にくい場所だしな」
「……そういうもん?」
「そういうもん。イベント企画したの、従兄弟なんだけどさ、同級生は軒並み彼女に妙な期待を抱かせるのが嫌で断られたって言ってた」
結婚の予定がないカップル限定のイベント、と言っても、確かに気負うものがあるのだろう。
「でも、稼ぐ覚悟ができてないだけで、結婚する想像くらいしないわけじゃないのになぁ」
当たり前のように呟く恭哉兄に、心から奈那子の相手が恭哉兄で良かったと思う。安心して、奈那子を任せられる相手。奈那子を愛してる相手。
奈那子は、男を見る目もあったなぁと誇らしく思いながら、男を見る目が全くないんじゃないかと思う彼女のことを考える。
(本当、見る目ないよなぁ)
模擬挙式のため、恭哉兄もタキシードに着替えるようで、俺は教会の中で戻ってこない伊智花を待っていた。
自由に歩いて構わないとのことだったので、バージンロードを歩いてみたり、パイプオルガンに近づいてみたりしながら、誓いを行う場所で足を止める。
いつか、俺も誰かとこの場所に立つ日が来るのだろうか。
結婚する想像くらいしないわけじゃないのに。
さっき、恭哉兄は何ともなしにそう言った。
俺が、今まで「誰と」のことを想像したかなんて、きっと思いつきもしないんだろう。もちろん、思いつかれちゃ困るんだけど。
「あ、いたいた! 遼一!」
立ったまま、天井のステンドグラスを眺めていると、不意に弾んだ声が俺の名前を呼んだ。
「ねー、見て見て!! 似合う? 似合う??」
教会の入り口で、純白のドレスに身を包んで微笑む姿に、こちらの頬もゆるむ。
「馬子にも衣裳?」
「……言うと思った」
からかう言葉に、拗ねた様子の幼馴染。
「あれ? 恭哉兄は?」
眩しい姿を見せつけてくれた奈那子に、もうひとりの幼馴染の姿を探す。
「え? 知らないよ?」
「は?」
「だって、遼一に一番に見せに来たんだもの」
「え?」
伊智花がね、言ったの。と、先ほど俺を自業自得呼ばわりした彼女は、こんな状況下でもラッキーを届けてくれようとしたらしい。
「恭哉は可愛いしか言わないだろうから、遼一に最初に見せてきなよ、って。正直な感想聞いてきたらどう? って」
だから、どこまで。
そう思って、柄にもなく胸が詰まる。
恭哉兄よりも先に、奈那子の姿を見ただけなく、一番最初に彼女を褒める役まで自然と作ってくれたのだ。
もちろん、本番では難しいかもしれないけれど、今回だったら。
そんな伊智花の気持ちに、頭が下がる。
「……綺麗だよ」
だから、正直に答えた。心からの言葉で。
奈那子にとっては、俺からの言葉なんて、順番なんて、関係ないと思う。
恭哉兄に言われることに、敵わないと。
けれど、そう言った俺に、嬉しそうに浮かべた笑顔は、紛れもなく俺に向けられたもので。
「ありがとう!」
じゃ、恭哉にも見せてくる! と踵を返した奈那子を見送りながら、たいして痛まない胸の理由を考えるなんて、思うこともしなかった。
だから、いったいどこから撮っていたのか、バージンロードの上で微笑み合う俺と奈那子の写真を渡しながら後日告げられた伊智花の「別れてもいいかな、って思うんだけど」という言葉に、俺は頭が真っ白になったのだった。