クリスマスじゃないクリスマス
伊智花が告白されている場面に遭遇してから、数か月。
俺らは、何事もなく、それこそ普段どおりの日々を送っていた。
多少、あの時は面白くなかったものの、考えてみれば、伊智花が満足しているならいいか、と、そんな風に考えて、俺はその話題から、今にして思えば逃げたんだ。
それが、どれだけ後で俺を苦しめることになるのか考えることさえせず、季節は巡り、冬になった。
「別に、クリスマスだからとか、気を遣わなくても良かったのに」
クリスマスの日、恭哉兄と出かける奈那子を見送った俺は、とりあえず、といった感じで伊智花を街に連れ出していた。
「まぁ、嬉しいからいいや。ちょっと憧れだったんだよねぇ、クリスマスにデートって」
去年のクリスマスは、4人だった。
帰り際に、クリスマスプレゼントをもらって、代わりに奈那子に買ったプレゼントを渡したのが1年も前の出来事なのかと思い出しながら、この1年、随分遊んだなと思う。
春の花見、夏祭り、秋のキャンプ。
だから、てっきり、クリスマスも一緒だと思って予定を空けていたのに、今年はそれぞれ過ごそう、と恭哉兄に言われたのは、先週のことだった。
(恭哉兄のことだから、奈那子が喜びそうなデートを考えてんだろうなぁ)
そう思いながら、空いた時間を埋めるためだけに伊智花を誘った自分が、なんだか嫌な奴に思える。特に、伊智花がこんな風に喜んでくれると、温度差が見え隠れして、申し訳ない。
「ごめんな、急に」
何の計画もなく誘ったので、クリスマスらしいデートプランもなければ、今年もプレゼントの用意をしていなかった。
というか、朝に偶然見送った奈那子と恭哉兄のデートも、いつもの普通のデートだと思っていたので、クリスマスだということを思い出したのはつい先ほど。
今年は土日の関係で早めに冬休みに入ったので、すっかり日にちの感覚がなくなっていたとはいえ、伊智花にそんなことを言えるわけない。
なので、当たり障りのない謝罪を言葉にすると、伊智花は、きょとんとした後、何言ってるの? と笑顔を浮かべた。
「いいよ。どうせ暇だし。で、どうする? マックかどこかで初詣の予定でも立てる?」
「…………初詣?」
街を彩る、緑と赤の色彩には時期が早すぎる言葉に、思わず首をかしげる。
すると、彼女も、軽く首をかしげながら、だって去年は行かなかったじゃない? と続けた。
「4人で行くのもいいと思うんだけどさ、きっと恭哉さんは今日のプランで忙しかっただろうし、奈那子もクリスマスの余韻に浸っちゃったりして、そのまま年末を迎えそうだなぁと思って。先に、電車の時間だとか、そういうの調べておけば、一緒に年越とかできるかなと思ったんだけど」
とても自然にそういう伊智花に、それもそうかと頷きかけて、踏み止まる。
(いや、そうじゃなくて)
「伊智花」
「? 何?」
「今日って、何の日だっけ?」
「……? クリスマス、だけど」
そうだ。
今日は、クリスマス。
伊智花だって、言ったじゃないか。
クリスマスにデートが憧れだったって。
去年は、4人でホームパーティみたいな感じだったから、クリスマスだということを思い出してから、伊智花が来るまでイルミネーションとか、そういうのを観に行けばいいかと思っていたのだ。そこで、夕飯でもプレゼント代わりに奢れればいいかな、なんて、即席とはいえ考えていたのに。
それなのに、伊智花はまるでテスト対策の打ち合わせでもするかのように、初詣、なんて言葉を出してきた。
「だったら」
言いかけた言葉は、途中で遮られる。
「けど、クリスマスだからって理由で、わたしを誘ったんじゃないでしょ?」
義理でもなんでも、そうだったらプレゼント代わりにでも連れ回そうかなぁと思っていたんだけど、そんなつもりはなかったみたいだし。
図星だった。
ただ、空いた時間を埋めるためだけに伊智花に声をかけて、待ち合わせ場所まで着く間に、俺はクリスマスということを思い出した。
それは、確かにそうなのだけど。
「待ち合わせ場所にいた遼一の顔見ればすぐにわかったよ。クリスマスだからデートに誘ってくれたんじゃなくて、暇だなぁと思って誘ってくれた後に、クリスマスだったって気が付いたんでしょ? まぁ、クリスマスするのも悪くはないと思うけど、一緒に初詣行きたいし、わたしとしては、さすがに奈那子も一緒じゃないと深夜にさしかかるカウントダウンに行くの許してもらえそうにないから、計画を練りたいんだけど」
あくまで、自分のためにを全面に押し出しながら、俺のためだろう言葉を紡ぐ伊智花は、本当に救いだと思う。
だから、気づかなかったんだ。
「来年は、ちゃんとクリスマスも考えとく」
と、繕うようにつぶやいた言葉に、
「……本当、気にしないでよ。そんな必要ないんだから」
と言った伊智花の言葉の意味に。