完璧な嘘
「そういえばさ、伊智花と遼一って、おそろいのものとか持ってないよね?」
ふいに奈那子が口にした言葉に、少なくとも俺は一瞬動きが止まった。
「んー、特に必要もないからねぇ」
そんな俺の隣で、のんきにそう返す伊智花の顔は、明らかに苦笑いを浮かべている。
「必要ない?」
そういう奈那子と恭哉兄の左手には、ペアリング。
確か、去年のクリスマスに買ったとかで、当時は散々見せ付けられた覚えがある。
「うん。……わたし、大事なものほどよくなくしたり、壊したりするから。なくなったときのショックを考えると、特に必要ないかなぁって」
『……なんか、しばられてる気がしない?』
一度だけ、付き合っているという設定の必須アイテムだと思い買いに行こうと言ったことはある。
けれど、返ってきた答えは、そんな言葉で。
たぶん、口調からして「俺が」しばられている気がするんじゃないかという意味で言ったってことはわかったのだけど、どうしてか、少し淋しくなって。
それ以来、そんな話をしたことはなかったのだけど。
「えー……じゃぁさ、伊智花って遼一からどんなプレゼントもらってるの?」
……その言葉に、再び動作が止まる。
俺だって、何かあるたびに伊智花にプレゼントを渡すことがないわけじゃない。
けれど、一番最初に奈那子へのプレゼントを代わりのように渡してしまったのが良くなかったのか、伊智花に渡したものは何かと理由がつけられて奈那子へと渡ってしまうのだ。
(渡すときに、伊智花に買ったものだと言ばいいんだろうけれど)
そう言えればいいのだが、どうしても奈那子の好みのものに目が行ってしまうらしく、結果としては奈那子が喜びそうなものを買ってしまっている状況からすると、そう言ったところで、納得する伊智花ではないだろう。
「内緒」
どう答えるのかと様子を見ていると、口元に右手の人差し指を一本添えて、伊智花は心底嬉しそうな顔を奈那子に向けた。
(……本当に、完璧だよ)
傍から見れば、気持ちが繋がってれば何も要らない様を装い。
疑いの目に、本物の微笑みを返す。
嫌になるくらい、わかってしまう。
幸せで居て欲しい人のために「嘘」を完璧に演じていることが。
……その対象が、自分だっていう「疑問」は消えないけれど。