乳首
僕は、いわゆるニューハーフという人種だ。故に、今後は一人称を『あたし』とする。
そもそも何故ニューハーフになったのか、であるが。それは、修学旅行の前日のことだった。
あたしが自宅で、いつものように入浴をしていた時のこと。元々毛深いあたしは、ふと、脇毛が気になったので、愛用のひげ剃りを片手に鏡の前に立った。じょりじょりと軽快に脇毛を剃っていた、その時だった。ズルッと、ひげ剃りが腹部付近まで滑ったのだ。格段傷は出来無かったものの、鏡に映るあたしの裸体は、以前のそれとは大きく違っていた。
乳首が無くなっていた。
片方の乳首が、恐らくひげ剃りを滑らせた拍子にであろう、すっかり消えてしまっていた。
あたしは束の間唖然としたが、すぐに床を見渡した。すると、乳首らしきピンクの薄い円形物体が、水の流れに乗り、ぷかぷか浮浪していた。しまった、と思ったその瞬間、乳首は排水溝へと飲み込まれた。
そう、これが全ての発端であった。
修学旅行に付き物であるイベントと云えば、『皆で入る風呂』である。
あたしは、頭を抱えた。乳首のない胸を、友人含む大勢の男子に晒すことなど、絶対に出来ないだろうと泣いた。しかも、片方だけ乳首がない胸を。
どうすればいい、そんな答えの出ぬ問いを、誰にでもなく投げつける。考えろ考えろ。……。
あたしがニューハーフになったきっかけは、こんなひょんな出来事だった。
あたしは、修学旅行の夜、友人含む大勢の男子と風呂場へ向かった。水着--ブラジャーのみを身に着けてシャワーを浴びるあたしに、皆が見て見ぬ振りをしていたのは、言うまでもない。
全ては、片方の乳首を失った胸を隠すため。羞恥心はあったが、それでもそうせずには居られなかった。
乳首がなくなって数週間、あたしはブラジャーを身に着けることを、苦に思わなくなった。気付けば、商店街のランジェリーショップに気を惹かれる(以前とは別の意味で)ようにすらなっていた。
そして、もしかしたら、あたしはニューハーフとして生きるべきなのかも知れない。そう思うようになったのだ。
スカートを履いて、化粧をした。すると忽ち、自身の心は開放的になり、此までにない快感を味わった。鏡に映る自分を見て、ウインクをする。何とも楽しい。
だがある日、事件は起こった。それは、あたしが片方の乳首がないことを忘れかけていた頃だった。
あたしがとある川のほとりを、ハイヒールをかつかつ言わせながら歩いていた時、それは不意に姿を現した。川をぷかぷかと浮浪する、乳首だった。
あたしは束の間唖然とした。あたしの乳首が、目の前で流れている。あの日なくなったはずの乳首が、自ら再びその存在を示している。
取り戻さなければ、と手を伸ばそうとした。が、あたしの腕は、その動きを止めた。
ーーこれで、いいのかしら?
乳首が再び戻ることは、あたしのニューハーフとしての人生を終えることを示しているのではないかしら。そんな葛藤が、心に渦巻いた。
やがてあたしは、川の流れを追う足を止めた。
ニューハーフとして生きるの。そう心に誓い、もと来た道を、折り返した。
「あたしには、乳首が無いの。でも、だからこそ今幸せに生きているのよ」
笑顔でそう語れば、人は共感し、涙する。
この人種になってから気付くようになったことだが、川や池には、色々なものが流れている。乳首もその一つだ。そして、その乳首やちんこが、誰のものであるのかというのも、何となく判別出来るようになった。
そして、あたしは知った。乳首が無くとも、快感に満ちた世界は、作れるのだということを。
乳首にも血管は通っています。




