7 その出会いは
泉の水を2つに割るのではと思うほどのマァチの声に、近くにいた働き手たちが駆け付けてきたのだが…
「マァチ、どうし……あら?あらあらあら!」
「フェイリーンったら、どうしたのそれ!」
「まぁまぁなんて事でしょう!怒らないからこっそり教えてちょうだいな」
「「「レイメのご本人はどこ?」」」
「ちょっとアンタ達!この一大事を前に言う事がそれなのかいっ!」
「マァチ、良いかどうかは実物を見てみない事には何とも言えないでしょう」
「…ごほんにん?」
おばさま方の様子がおかしい。
きゃぴきゃぴと楽しそうに再度「ご本人は誰?」と聞かれて答えに詰まる。
グリグリと脇の下から顔を突っ込んでフェイリーンの体に顔を擦りつけるこの獣は、やはりレイメらしい。
何回か言われてようやくレイメと対になる人間が未だに姿を現さない事に、彼女も首をかしげた。
『迎えに来るよ』
上機嫌に答えたのは獣だ。
『来るの?ここに?』
『連れてく?』
『ううん、あたしはここを出られないから、来てもらえると助かるんだけど』
『うん、一緒に待ってる』
何やらレイメと頷きあったフェイリーンが「ここに来るみたいです」と言うと、おばさま方のテンションが急上昇した。
「でもわからないです」
「え?」
「このレイメも、レイメのご本人も、見た事ありません」
「そうなの?」
「確かにねぇ、見覚えがもないわ」
「近頃は王都にも行かないしねぇ」
「こんな立派なレイメを連れていたらすぐ気付きそうなもんだけど」
「通りすがりとかじゃないかしら?」
「一目惚れって事かい?」
「ヒトメボレ?メボレって何ですか?」
「やだこの子ったら一目惚れって言葉を知らなかったの?」
単語自体は聞いた事はあったのだが、話の途中に突然出てくるので意味を訊けていなかったのだ。
しかもその単語が出てくる話にかぎって、滔々と話を語られ口を挟む隙がなく、質問したい事が増え続けてゆくのである。
「でもフェイリーンは薬園の、しかも畑にばっかりいるのよ?そうそう無いんじゃないかしら」
「そうよだねぇ…リュ-ン月だってまだまだだし」
ん?とマァチが首をかしげた。
「フェイリーン、歳は正確にいくつだい?」
「歳…えーと、24を過ぎて、半分くらい、です」
「ええ!?あんたこないだ、もうすぐ24って言わなかったかい?」
「こないだちがいます。ずっとまえに言いました」
あら~時がたつのは早いもんだねぇ~とオバサマ特有の空気が流れる。
「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないよ!」
マァチが突然、隣にいたリョセンの腕を叩きだした。しかも大興奮で、である。
「いたいよマァチ!やめて!」
「フェイリーンが24になったっていうなら、『予約』が出来る年になったって事だよ!しかもレイメだけがここにいる!言い伝え通り探しに来たんじゃないのかい!?」
んまぁ!とおばさまたちのテンションが再び急上昇した。
「なんて事でしょう!運命だわ!」
「だからこんなにレイメがくっついて離れないのね!」
「良かったわねフェイリーン!」
「ということは、フェイリーンはここからいなくなってしまうんじゃないのかい?」
途端に暗くなった空気。その慌ただしい乱高下に、フェイリーンだけが付いてゆけず狼狽える。
「…仕方のない事だわ、薬園の掟だし」
「旦那様を見れるだけでも良しとしましょう」
「いつ到着するのかしら!楽しみねぇフェイリーン!」
「旦那様ですか?」
首を傾げて呟いたフェイリーンの肩をマァチがバシバシ叩く。
「あんたの旦那様のことだよ」
「え?」
「だから、レイメのご本人なんだから、フェイリーンの旦那様よ?」
「え?え?奉公に出されますか?」
「何言ってんだい、結婚相手に決まってるだろ」
「旦那様は、夫で、お婿さんで、婿殿よ?」
そこまで言われてようやく「ああ、その旦那様ね」と納得しかけたフェイリーンが硬直した。