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14 レイメの成長とは



レイメルディアでは木の葉のさざめきの他に、キラキラした音が、風の通る様を教えてくれる。

それは、家の軒下や窓辺に吊るす形で飾られた陽石の掛け飾りの音である。


使用する度に色が薄くなってゆく陽石は、太陽の光にあてる事で色が回復し再利用できるが、再利用すればするほど色を貯める事が出来なくなってゆき、やがて銀に反応しないただの透明な石となる。

これをそのまま飾り糸でくくったり、研磨で丸く形を整えてから連ねたりして作られる掛け飾りは、石同士が触れ合うと金属とはまた違う涼やかな音を奏でるのだ。


強い風が吹いて、一斉にそれが葉擦れに響きを重ねる瞬間は、聞き慣れている国の者も手を止めて風がどこへ行くのか耳を澄ませる。



さて、その風に乗ってきた賢者は、開いていた窓に一旦着地して羽をたたみ、ぴょんと室内に飛び込んだ。

『おや、昨日も食べたろうに』

食事場所を兼ねた居間でフェイリーンが作っているものを見て、賢者がテーブルの上で首をくるりと傾げた。


「……グレアスが」

『うん?』

げんなりと訳を話す間に賢者は椅子の背もたれに移動する。


「グレアスは表情が無さすぎですが、レイメは分かりやすすぎるのでバランスが取れてるのかもしれません……逆にレイメはあんまり喋らないほうですよね」

ブツブツとぼやきつつ少し平べったいパンに切れこみを入れ、作ったばかりのマヨネーズを塗って野菜を挟むフェイリーン。


『ひとつ君に言っておきたい事がある』

一度片翼をはためかせて空気を打ってから切り出された言葉に、フェイリーンは両手がふさがったまま神妙に居住まいを正した。

『我が国におけるレイメの重要性、そして、個人的な部分に触れる危険性についてはすでに説明している』

「はい、伺いました」

特に王都では、レイメの言葉が分かるような素振りは控えるように言われている。


『レイメの成長は、それを持つ男性の繊細な部分に触れる事になる。くれぐれも注意してほしい』

「レイメの、成長?個体の大きさは顕れてから変わらないのでは?」

フェイリーンが返した一言に、『うむ』と重々しく頷く賢者。


『もう分かっているかと思うが、レイメには語彙が豊富で流暢に話すものと、小さい子のように拙い口調のものがいる。これは、半身のある経験に比例、というかきっかけに劇的に変化するものだ。何だか分かるかね?』

「……ちなみに、グレアスのレイメは」

『拙い部類に入る』

(あのグレアスが経験不足……)

しばし考え込んだフェイリーンだったが、ヒントをもらおうと顔を上げた。


「それは修業的なものですが?」

『性交渉の有無だ』


ズバッと音がしそうな切り返しの正解に、「ひぐっ」と息を詰まらせたフェイリーンが次いで盛大に噎せた。

慌ててテーブルに背を向けて両手を顔よりも上にあげ、手に持った物に被害が及ばないようにしているが、すでにパンには力のこもった指の跡がくっきり入っている。


異常を聞き付けてザイレムが様子を見に来たが、賢者がいるのを見て何も聞かずに水差しとカップをテーブルに置き、「失礼しました」と退室していった。

その間にも賢者の説明は続く。


『成人前の性交渉については、17歳未満に手を出さなければ他は特に規制がない。よって、20歳の儀式で顕れるレイメの語彙力はすでに二分されている。ここで言う性交渉とは』

なおも咳込み続ける彼女を慮ってか、少し外を眺め、何か考えている賢者。

『うむ、女性に優しい表現で言うなら―――― 運が良ければ子ども授かる行為、これを指す』

「……ゲホ、ゲホッ……、あー…死ぬかと」

『水を飲むといい』


なんとかパンを皿の上に置き、水差しからカップに水を注いだフェイリーンは、一気にそれを飲んで震える手でそれをテーブルに戻し、そのままぐったりと顔を伏せた。

『気をつけてほしいのは、語彙が少ない者と口数が少ない者は差が分かりにくいという点だ』

「その、情報、あんまり、聞きたく、なかったです……」

絶対に無駄情報だと思いながらフェイリーンは唸った。


グレアスはフェイリーンの10歳年上だ。

それでも団長としては若い部類に入るだろうし、性格はともかくあの容姿、加えて家持ち。

浮名を流していたとまでは思わないが、そういった事は人並みにこなしていただろうと勝手に思っていたため、彼女の衝撃は大きかった。


「私、この後グレアスのいる隊舎に行かないといけないんですよ?」

『行けばいいだろう』

「そんなこと聞かされたばっかりで、平静を装う自信がありません……!」

ようやく衝撃から立ち直って、軽食作りを再開したフェイリーンは恨めしげに賢者を見る。


『隊舎にいる者たちの情報は把握済みだから、気にせず通り過ぎて構わない』

そうは言われても、レイメの言葉は耳に入ってきてしまうのだ。

何が嬉しくて男性陣の経験の有無を勝手に知らねばならんのだ、と途方に暮れるフェイリーンを賢者は静観している。


「大体そんな情報どうするんですか……」

『いつかは知るところとなるのだ。迂闊な場面で得るより良いだろう』

「そうですけど!いつ聞いても気にはなるんでしょうけど!」

『それよりフェイリーン』

「それより!?」


やや自棄になりかかっているフェイリーンをよそに、賢者がテーブルの上を嘴で指す仕草をする。

『それを一つ、モヴェナ用に包んでもらえるだろうか。昨日の料理とは違うようだから』

「……」

皿の上に並べられている、辛子や香草入りのマヨネーズと共に色んな具材を挟んだパン。

表面がカリッとしているトットムと呼ばれる細長いパンに縦の切れ込みを入れ、しゃきしゃきとした歯ごたえの葉物野菜と香ばしく焼いた腸詰を挟み、昨日分けてもらったサルサソースがかかっているものもある。


フェイリーンは無言で、脇に除けてあった指跡の付いたパンに山盛りの具材を挟み、そのすき間にたっぷりとマヨネーズを盛った。

『ありがとう』

「……どういたしまして」

紙に包まれたそれが入っている小籠の持ち手を鉤爪で器用に掴み、賢者はまた風に乗って帰って行った。



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