8 太陽
敷地を広く取りがちなレイメルディアの住人が形成する王都は、他国の主要都市に比べ、閑散とまでは言わないが広めにばらけている印象がある。
王城を除く建物と言えばテンティ同様せいぜい2階建くらいだが、その隙間を埋め視界を遮るようにそびえ立つのは、路地に生える街路樹とも野生ともつかぬ樹木たち。
建国以前から自生しているものになると、道端にも家屋にも大きく影を落とす。
しかし、3つの太陽は東方面から時間差で角度を変えて昇り、天頂を超え、大地を跨いで反対側へばらばらに暮れてゆくので、待っていればいずれ影が短くなり陽当たりに苦心するものは少ない。
夜明けの太陽は「緑の陽」。その名のとおり淡い緑色を帯びており、1番最初に昇り始める。
少し時間を開けてやや南寄りから昇ってくるのは「赤の陽」。3つの中で一番大きく、この太陽が空に長くあればあるほど暑くなってゆく。
最後にぐっと北寄りから昼前に昇り始め、「緑の陽」と同じくらいに暮れてゆくのが「青の陽」である。
12ヶ月、360日で一年となるこの世界は、3つの季節にわかれており、太陽の昇る順と同じく新年から4ヶ月を緑の季節、次の4ヶ月を赤の季節、最後の4ヶ月を青の季節と言う。
ちなみにリュ-ン月が新年からの1ヶ月、つまり緑の季節1の月ということになる。
現在、赤の季節4の月26日目。
朝晩の暑さがようやくゆるんできて、これから年末にかけては収穫と備蓄の日々である。
「フェイリーン、なるべく外を見ててもらえる?」
「陽石ですか?」
「そう。今日は思ったより早く出発で来たから、少し時間をかけて拾えるものは拾って行こうと思って」
「少しもらっても?」
「いいわよ。使う分は取って、あとは石屋に売りましょう」
陽石とは、太陽から時折落ちてくると言われている石である。
一般的なもので手のひらに載るくらい、大きくても女性の拳ほどの角張っていたり丸かったりする石で、半透明で色によってその性質が違う。
例えば赤陽石は火の性質を持ち、専用の棒でたたくと発火する。
これを聞いたフェイリーンは、もし万が一、赤陽石が落ちた拍子に発火したら火事になってしまうのではと心配していたのだが、専用の棒と言っても良質の銀で一定の重さが無ければ反応しないので滅多にそんな事はない。
街中や見晴らしの良い草地では拾いやすい陽石も、森の中では光が届きにくく見つけることが難しい。
テッサは道中でそれを拾い、小金に換える心積もりらしい。
今回借りている小さい荷馬車は、きっちりと幌がかかって中身が見えない荷台に前掛けやら、フェイリーンのちょっとした私物やら、餞別の食糧・種・苗・薬、果ては道具類など、雑多に積み込まれている。
出発前、フェイリーンが私物を乗せようとした時にはすでに多くの荷物が積み込まれており、彼女の目を白黒させた。
馬車を引いているのは一頭の少し毛足の長いこげ茶色の馬だが、大分大きい種類である。
いくつかいる種の中でも足腰がしっかりしていて体格が良く、温厚かつ我慢強い性格をしているため馬車や農耕向きと言われているモーン種で、この種の大きさに合わせて馬車を作るために荷馬車の前方に位置する座席は少し高めに作られている。
他にも体格が一段と良く、気性が荒いうえ争い事にも物怖じしない性格で軍馬等に向いているロウ種、やや小柄で足腰のバネが強く俊敏性に優れたトアーズ種等がいるが、薬園でお目にかかるのはもっぱらモーン種だ。
さて、薬園から森を抜けた先の街道までは、少し坂になっているため回り道をしながら進む。
徒歩あるいは馬に乗ってであれば多少坂道も平気なため、最短距離をとれる別の道を進む事が多い。
陽石を見つけたらしばらく周囲の石探しをし、あらかた探したら再び動き出す、と言う事を繰り返していると赤の陽が天頂にさしかかっていた。
この季節のちょうど昼過ぎというところである。
「テッサさん、ご飯を食べて、あとは止まらずに王都に向かいませんか?」
「そうしましょうか。結構拾えたわねぇ」
「大分重いですよ、これ」
色別に分けられた厚手の布袋が、片手では持ち上げるのが難しいほどはちきれんばかりに膨らんでいる。
普段馬車が止まる事のない道端を探したせいか、大量に収穫できたため、いくつか手元に置いたとしても換金額は大きくなりそうだ。
石の色が濃いほど効果が強い陽石の中でも需要が高いのは火の性質を持つ赤陽石で、次いで風の性質を持つ緑陽石が薬の精製関係者に人気だ。
水の性質を持つ青陽石は一定以上の色の濃さがなければ飲み水として使用できないため、モノによっての取引額の差が大きい。
「グレアスが王都で待ちくたびれているかもしれないわね」
「……今日は仕事のはずですけど」
「あら、勤務時間も把握しているの?やるじゃない」
ぐったりと唸ったフェイリーンにテッサが笑う。
その時だった。
『逃げて!急いで!』




