2 ある日森から
フェイリーンは、ある日突然森から現れた女だ。
人が越えてくることのないはずの西側から薬園へ、ひょっこりと。
もう1年は前になる。
不思議な事に彼女は言葉が通じず、顔立ちもこの辺りの者とは違い、服装も風変わりだった。
どうしたものかと薬園の者が戸惑う中、異国人らしい彼女は首をかしげて辺りを見回している。
その手に持っている木の枝とそこに成っている実を見て、薬園の働き手たちの眉が一様に寄った。
人差し指の爪くらいの実は森に自生するバルルという名の低木のもので、その実が完全に熟して薄紫色になっていれば甘酸っぱいだけだが、色が青いまま食べてしまうと食中毒を起こしてしまうのである。
熟しても色の変化が乏しいので、慣れない子どもは手を出さないように言われているものだ。
彼女の手にある木の実は、ところどころ青みが残っているものが見える。
食べたのだろうか?大丈夫か?と周囲が様子を探っているうちに、一人の老婦人が彼女の方へ一歩踏み出して身振り手振りで実を食べたかどうか聞き出そうとする。
それをどう取ったのか、彼女は青い実を枝からもぎ取って口へ近づけた。
「ちがうちがう!やめなさい!」
そこにいた女性達が一斉に彼女へ、正確には彼女の手へ群がった。
ビックリして声を上げる彼女の手から青い実が落ちる。
それを食べるふりをして苦しむなどの小芝居の末、彼女は木の実について腑に落ちたらしく「うんうん」と頷いて持っていた枝を近くの女性へ差し出した。
辺りにホッとした空気が流れる。
そうこうしているうちに衛兵がやってきて彼女に質問し、言葉が通じない異国人と分かると彼女に縄をかけた。
これはレイメルディアでは仕方のない事だ。身分の証明できないものは、一旦捕えられ牢に入らなければならない。
しかし、様子を見に集まっていた、薬園に従事する者たちのレイメが一斉に抗議の声を上げた。
レイメとは、レイメ族男性の相棒・半身とも言える特殊な存在である。その姿は鳥や獣、爬虫類と様々で、20歳を祝う儀式に顕れて一生を共にする。
普段は半身とその家族ぐらいにしか関心を示さないレイメ達が、延々と衛兵にむかって騒ぎ立て、更には衛兵自身のレイメまで不満をあらわに彼の周りをグルグルと回っている。
衛兵のレイメは小さな猿型だ。それが時折彼の髪を引っ張り甲高く抗議の声をあげ、衛兵と異国人を繋ぐ縄を器用に掴んで「外しなさい!」というように引っ張る。
それを見ていた異国人は苦笑し何事かを呟いた。それに反応するようにレイメは動きを止め、しょんぼりとうなだれてしまう。
首をかしげた異国人がぐるりとあたりを見回して何かを言うと、またレイメ達が声を上げる。
彼女は衛兵が取り落としてしまった縄を、くくられて不自由な手で拾い衛兵の手に押し付けた。
こうして、レイメ達が非常にがっかり感の伴う声を出すなか、大人しくて不思議な異国人は薬園の警備小屋にある牢に自らすすんで入ったのだった。
これがフェイリーンと薬園の働き手たちの、出会いの一幕である。
説明が多いですね。