7 贈り物
一通り聞いたテッサは頷いた。
「人ごとだもの、しょうがないわ」
「……」
「まぁまぁ、そんなにむくれないで。とりあえずグレアスの家にしておいて、どうしてもダメだったらモヴェナ様に泣きついたらいいでしょう。それよりもこれ、あの家の畑に植えておいてくれるかしら?」
フェイリーンの前に出されたお盆の上には、一握りの種が入った布の袋と10株の苗。
「私からの転職祝いよ。そろそろあっちの家、右側の畑が植え替え時でしょう?」
どう見ても胃腸をいたわる効果のある、主に乾燥させてお茶に混ぜ込んで使うポコの苗。
そして―――
「初めて見る種、ですね」
「うふふ、芽が出てからのお楽しみよ。あ、半分だけ蒔くのよ、種は種で使えるから」
「ちょっと怖いんですが……ありがとうございます」
種は自分で調べることにして素直に受け取るフェイリーン。
それを見てにんまり笑うテッサ。
「フェイリーン、その苗の植え時は?」
「今月中が望ましいはずですけど……え!?」
今月はあと10日で終わる。
「実はモヴェナ様から私のところへも打診があったの。貴女を王都によこしてくれないかって。だから私からも貴女の事頼んでおいたわ。苗の事もあるし、今月中に行くでしょうからよろしくってね」
絶句しているフェイリーンは流れを止める事が出来ない。
「ちなみに4日後の貴女のお休み、午後から貴女の門出を祝う会をする事になってるから」
「え、ひどっ!嘘でしょうテッサさん!」
「その次の昼前までに出発すれば、夜には着くでしょう。大丈夫、その日は私も一緒に行くから。王都の薬師と工房に用があるのよ、丁度良かったわ」
テッサがグレアスの母親だとフェイリーンが痛感している間に、あれよあれよと、まるで鉄砲水に流される木の葉のように王都行きの日程を組まれていく。
「貴女も挨拶くらいはしておくべきね。さっと紹介して後はグレアスに任せるわ。あ、その日の夕食は向うが誘ってくれているから私の分はいらないの。宿も用意されてるからカレナに伝えておいてもらえるかしら?」
後悔先に立たず。
しかしフェイリーンは後悔していた。
テッサは薬園の管理者で彼女の雇用主でもあるため、身の振り方は最終的に報告する義務がある。
何かと頼れる女性であったので、日頃からついつい相談を持ちかけてしまうのだが――――
(まさか先手を打たれてるとは……!)
テッサはグレアスの母として、フェイリーンが自分の娘になる事を受け入れている。
それどころか、34歳にもなって女の噂が全く聞こえてこず、むしろ「女嫌いの鉄面皮」とまで囁かれている息子に訪れた運命的な春を逃すまいと、母なりに未来の娘を息子のもとへ送りだす準備を着々と進めていたのであった。
「あんた面白がってるだろう」
「マァチったら人聞きの悪い事を言わないで。背中を押しているだけよ」
「押し方が強引すぎるんだよっ!」
門出を祝う会で、当事者であるフェイリーンは入れかわり立ちかわり急な転職を激励され、さらに労られ、あげく婚約する女性に贈る習慣だという前掛けを何枚も持たされ途方に暮れている。
「あたしはほら、ポケットを大きく取って少し多めに区切りを入れておいたから。道具が1つずつ入るから作業しやすいはずだよ」
「ホントにねぇ~なんだか孫を嫁に出すようで。あ、これは私のお古。1枚はお古がないと縁起が悪いから」
「こっちのは草木の汁がついても良いように、濃い色で染めたんだ。ツフツフの実、あれは虫除けにもなるから良いと思って混ぜてみたら、こんな良い色が出たよ」
「一応3枚作っておいたけど、あと2枚は縫う予定だったのよ。出来上がったら手紙を出すから取りにおいでなさい。その時は王都の美味しいお菓子と貴女の結婚話をお土産に持ってくること。わかったわね?」
分かっている。
良い人たちなのは重々承知している。
皆、手先が器用だから前掛けを作るのも苦ではなかっただろう。
それでも時間はかかっただろうし、染めたり工夫をしたりすればなおさらだ。
(だけど素直に喜べないぃぃぃ)
きっ!と眦に力を入れてテッサを振り返ると、「どうだ」と言わんばかりに真打ちのお手製前掛けを眼前に掲げられ返り討ちにあう。
容赦なく積み重なっていく前掛け。
もはや一生自分で作らなくてもよい、というくらいの量に達しているそれに若干引いているフェイリーンの肩を、マァチがぽんぽんと軽く叩いた。
「贈り物の前掛けはね、汚れを災いに見立てて「災いを防ぐ」、「災いから身を守る」という意味をこめて贈るのさ。お下がりなんかは前に使っていた人を守っていたものだから喜ばれるんだよ」
「そうだったんですね」
皆が想いをこめて作ってくれたものだと、ようやく腑に落ちたフェイリーンの表情がふにゃっと緩む。
「で、あたしからは何と言ってもこれ!子どもが出来たら腰を締め付けるのはダメからね!前身頃も付けてあって頭からかぶるんだ。腰紐も一応付あるけど、絶対きつく結んじゃいけないよ!」
上げて落とす。
「……もう、飴なのか鞭なのか分からない……」
「何だって?」
「うう……ありがとうございます」
翌日、私物の半分以上が前掛けという荷物を持ち主とともに乗せた馬車は、薬園の住人総出で見送られつつ、ゆっくりと王都を目指して出発したのであった。




