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5 寝起きは良くても


3回ノックをして、控え目に声をかける。

「おはようございます。起きてますかグレアス様」


しん、と何故か屋敷中の空気が静まり返る。


それにともない部屋の主も起きてくる気配がないのが分かって、ちょっと首をかしげたフェイリーンはそうっと取っ手を回して扉を引いた。

少し開いた隙間に、行儀が悪いと知りながら頭だけ入れて部屋をのぞいてみる。


無人、そして無音。


右手の扉を確認し、同じ姿勢を保ったままフェイリーンは口を開いた。

「グレアス様、朝ですよ」

起きて下さい、と続けようとしたところで奥から鈍い物音が立て続けに起こり、寝室の扉が勢いよく開け放たれた。

短い悲鳴を上げたフェイリーンが首を引っ込めて扉を閉め、更に身体で押さえつける。

『お願い一緒に押さえて!』

『いいよ』

ぎゅっとレイメがドアに身体を押しつけたところで室内側からググッと力がかかった。


「開けないで下さい!」

「おはようございますフェイリーン、どうしてここを開けてくれないのですか?」

「おはようございますグレアス様、部屋から出る時は身だしなみを整えてからになさってください」

「そこに貴女がいるのに?」

「その格好はダメでしょう!」

「折角起こして下さるなら、耳元で優しく囁いてほしかった。そうしたらこんな慌てて起きずとも、素晴らしい目覚めと共に貴女を捕まえて一緒に二度寝が出来たのに」

「起きてすぐだというのによくもそんな口が回りますね」


フェイリーンの脳裏に、上半身裸なうえに下に穿いていた寝巻きがずり落ち腰骨まで晒したグレアスの姿がよみがえる。

防衛本能による反射的行動より扉を閉めたので、そこから下は見ていない。

しかしながら、団長の名に恥じぬがっしりと筋肉の付いた腕や肩、胸部、割れた腹筋までもが目に焼き付いてしまっており、振り払おうとブルブルと首を振る。

物事の流され具合に反して貞操観念は固めのフェイリーンだが、あれに捕まったら二度寝どころではなく、たとえ朝でもタダでは済まないと直感が告げていた。


「それにしても、以外と力が強いんですね。私も結構押しているんですが」

「レイメに手伝ってもらっているので諦めて下さい」

そう告げた途端、室内からの気配がどんよりとしたものに変わる。

「貴女はそうやって私の半身は受け入れて下さるのに、どうして私はダメなんです?」

「抱き枕の事を言っているなら、もってのほかだと申し上げました」


昨日の夜もそれで少し揉めた。


「いいですか?男と言うものは『ちょっとだけ』とか『1回だけ』などというのはほぼ口先だけなのです。それを突破口に最後まで突き進んでしまう生き物なのです。それを貴女と言う人は半分許しているにもかかわらず私に我慢を強いる。しかも一つ屋根の下で。それがどれだけ酷なことか例えるなら寸止めの――――」

「分かりました。グレアス様の『ちょっとだけ』は信用しない事にします」

「冗談ですよ」

「本音ですよね?」

寝起きのせいか欲求不満だだ漏れの発言に、フェイリーンが警戒心が高まってゆく。


「とりあえず顔を洗って服を着てください。一緒に朝食を食べると昨日言っていましたよね?」

「おっとそうでした、仕方ありませんね……先に行っててください。すぐ行きますから」

「分かりました」

そうして途切れた会話に、フェイリーンはすぐ下で扉にもたれるレイメを見る。

『……いる?』

『いるよ』

そして押される扉。

「用心深いですね」

「いいえ、それほどでも」

「捕まえるのはあきらめますよ。……今はね」

珍しく舌打ちが聞こえそうな声色に、フェイリーンは冷や汗をかいた。

その背後、廊下の突き当たりの角から使用人達が頭を縦に並べるように出して見守っている。

近くをとり囲まないのは彼らなりの配慮らしい。

「惜しかったですね~」

「なかなか手強いですなぁ」

「今度は寝覚めのお飲物を運んでいただこうかしら」


ちなみに、これまでもレイメが単身薬園に遊びに来たり、添い寝して翌日帰ったりと言う事は度々あったが、添い寝の事実は昨日初めてフェイリーンの口からもたらされた。

「レイメとなら一緒に寝るのも慣れている」という一言である。


その時のグレアスの表情は末代までの語り草になるだろうと、使用人達の頭であるザイレムは語る。

どうやら喜色と嫉妬と期待が絶妙に入り混じったものだったようで、普段は冷静沈着で非情も厭わない主人をあそこまで感情豊かにさせるフェイリーンに、使用人の期待は高まる一方であった。



彼女が今朝の一悶着を思い出している間にフェイリーンの補充を終えたグレアスが、ゆっくりと腕を緩める。

「昼食はどうしました?」

はっと我に返ったフェイリーンが「むう」と僅かに口を尖らせグレアスを見上げた。

昼食作りを手伝った彼女は、この食事を囮に自分への被害を減らそうと画策していたのだが、グレアスの髪型に意表を突かれすっかり忘れてしまっていたのだ。

「……私が理性を保っている間に返事をしてください」

ちょい、と指で唇をつままれて慌てて飛びのいたフェイリーンが、後ろに控えていたレイメに足を取られ、「うぎゃ」と奇声を上げて体制を崩す。

それを腕一本で支えたグレアスは流石である。


「もしかして貴女が私の昼食ですか?」

「怖いこと言わないでください。食事の用意は出来てます」


時刻は一般的な朝食の時間から少し遅い。

薬園への土産は昨日のうちに購入したので問題はないが、自分の戻りが遅ければ先に食事をしてもらうよう使用人に指示しておいていたにもかかわらず、彼女は食べていないようだ。

となれば彼女は自分と昼食を一緒に取るべく待っていてくれたのか――――

―――― などと考えたグレアスは機嫌が大幅に良くなり、半分フェイリーンの策に嵌っていたと言えるだろう。



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