4 グレアスの家
グレアスの家は、評するなら「居心地が良いよう整えられている」家と言えるだろう。
家主が四六時中彼女を構いたおす事を除けばフェイリーンが受けた印象もほぼ同様で、使用人たちには歓待でもってもてなし、屋内の調度品も落ち着いた風合いで統一されているため疎外感もなければ威圧感もない。
また、間取りがそれぞれ広く取られているのでレイメがいようと窮屈さを感じることがない。
テッサが勝手に改造しているという畑の他、敷地のいたるところに薬草が生えており、フェイリーンの興味を誘っていた。
「ただ今戻りました」
「あ、おかえりなさい……え!?」
肉料理の付け合わせによく使われるケブーという香草の生えた場所にしゃがみこんで、慣れた手つきで雑草を抜いていたフェイリーンは帰宅を告げる声に立ちあがりつつ振り返り、驚いた。
「髪を切るために出かけたんですか?」
「さすがにそんな事で貴女との時間を無駄にするわけにはいきません」
隊舎に床屋が出張して来ていたのでついでに、と言うグレアスは、伸びっぱなしになって結べるほどになっていた髪を全体的にバッサリ切り、顔まわりが大分スッキリしてより凛々しい雰囲気になっている。
朝とは違う髪形をまじまじ見ていたフェイリーンは、グレアスが目元を和らげたことに気付いた。
「何か?」
「私の顔に慣れたでしょう」
「―――― あ」
「そわそわする貴女も可愛かったのですが、こうしていると貴女に近づけているという実感がありますね」
「うう……」
出会った当初、容姿に加えてお互いの温度差もあり、フェイリーンはグレアスを直視できない事が多かった。「そのうち慣れますよ」というグレアスに対し彼女は「絶対見慣れない。目が疲れる」と酷い事を断言していたのである。
それが今ではすっかり落ち着き、凝視できるまでになっていた事を指摘されてしまい、彼女は何やら唸っていた。
「そして、先程のやり取りが嬉しくてニヤけそうです。貴女に毎日『おかえりなさい』と言ってもらえる日が待ち遠しくて仕方ない」
「う、嬉しくても顔には出ないくせに」
「顔じゃなく行動で示すから良いんです」
「自重!というか、土を触っていたから汚れ―――――」
牽制むなしく抱きしめられ言葉も胸板で遮られたフェイリーンは、頭の上に頬を寄せられて硬直した。
なぜなら。
今までなら擽るように鼻や頬に当たっていたグレアスの髪がなく、なんとなく違和感があり、という事はこの行為も以前の感覚を覚えているくらいには慣れてしまっている、と気付いたからだ。
(悔しい、ような気がする)
以前はあれほど困惑して突っぱねていたのに、自分でも知らないうちに徐々に受け入れてしまっているらしい。
そう判断したフェイリーンは深々と溜息をついた。
「やっぱり直接貴女に触れないと気が収まりませんね」
「……」
その言葉でフェイリーンの眉間に皺が寄った事を知ってか知らずか、上機嫌に頬ずりを続けるグレアス。
時は数刻前、今朝に遡る。
来客用の寝室で思いの外ぐっすりと眠る事が出来たフェイリーンは、何かお手伝いできる事は無いかと手早く身支度を整えていた。
ちなみに抱き枕は喜々としてレイメが担当。
薬園での生活で夜が明ける少し前に起きる事も可能になった彼女だが、今朝は少しだけ二度寝とレイメの毛皮を楽しんでから寝台を出た。使用人たちの朝も早いらしく、すでに働く気配がしている。
階下に降りようと廊下へ出たところで、それを見つけた侍女のカレナが声をかけた。
「おはようございます、フェイリーン様」
「おはようございます。何かお手伝いできる事はありませんか?」
「お客様にお手伝いをお願いする訳にはいきません。お茶をお持ちしますので、もう少しゆっくりしていてはいかがでしょう」
「何でも良いですよ?お掃除でも、畑仕事でも」
カレナの目がキラリと光った。
「では、グレアス様を起こしてきていただけませんか?」
「うっ」
「その間に朝食の用意を整えますので」
「いや、ちょっとそれは、遠慮したいというか、雑用をしたかったのですが」
何でも良いと言った手前断るのは心苦しいが、さすがに嫌な予感がして部屋に戻ろうとするフェイリーンを、レイメが背後からの軽い頭突きで止める。
「そうですね、フェイリーン様にしかお願いできない雑用と言って差し支えありません。今後もフェイリーン様にお手伝いいただけると助かります」
(今後!?)
「では、グレアス様のお部屋はつきあたり、入ったら右手の扉が寝室です。鍵は開いているはず――――」
「いやいやいや、寝室に入ったら問題ありでしょう」
「扉の外から声を掛けていただくだけでも構いません。よろしくお願い致します」
そう言うとカレナは歩き出してしまう。
たっぷりとした体格がマァチを思い出させるカレナだが、性格は落ち着きがあり、大分グレアス贔屓に機転が利いてしまうらしい。
「あぁー」と弱音の溜息を吐き、フェイリーンはグレアスの部屋の前に立った。




