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3 王都にて (後)


モヴェナの屋敷を辞して大通りへ向かおうとする途中、グレアスが足を止めた。


大通りへは間もなく。

南北の関所へと続く大通りは、馬の代わりに大型で尾の短い歩竜が引く定期馬車というものがあり、関所が開く早朝から日暮れまで、南北を往復し市民や旅人の足となっている。

定期馬車には低めに響く鈴がつけられており、コロコロンという可愛らしい音がすると人は自然と道の端に寄り道を譲る。

今も、通り過ぎてゆく定期馬車の低い地響きと鈴の音がする。


「フェイリーン」

気付かず歩を進めようとした彼女は、手を引かれ立ち止まって見上げる。

「私は、貴女がどんな事情であの薬園にいるのか、貴女に出会ってすぐモヴェナから話がありました」

「うん?」

「……見知らぬ土地で貴女が1人涙したかと思うと、心が張り裂けそうだった。一日も早く貴女を見つけるのだったと後悔しました。何故半年も探させたのかと、貴女に言った自分を恥じました。自分本位な私を赦して下さい、フェイリーン」

珍しく苦しげな表情のグレアスにフェイリーンはちょっと驚いた。

「許すも何も、誰もその話をしてなかったんだし……」

「でも」

「でも、ではなく。最終的には見つかって、一応、こうして、一緒にいるわけで。私の寂しさは嫌というほどまぎれていたし」


無言でグレアスがフェイリーンを抱きしめた。彼女の背をぐりぐりとレイメが額で押し、まるで挟まれたようになってしまう。

「グレアス様?」

「寂しかったのですか?」

「いいえ?薬園の人たちは優しいし、仕事も楽しいです」

「……貴女を受け入れてくれた薬園の人たちに、感謝しています。貴女が悲嘆にくれて儚くなってしまったら、私は一生愛を知ることなく、1人だった。今はもう、そんな事は耐えられない……」


はからずもその言葉が胸に染み込んできて、フェイリーンは額を目の前の隊服に預けた。

しばらくぼんやりとなすがままになっていた彼女は、ここが公共の道端である事を思い出し、そろりと辺りの様子をうかがってみる。


いた。


バシバシとグレアスの腕を叩き、同時に何事かと集まり始めていた人々に「大丈夫、何でもないです」と声をかけると人の輪は解消されていく。


この国は本当に油断ならない、とフェイリーンは一人気を引き締めた。


「グレアス様、帰りましょう。日が暮れてしまいます」

「……ええ、そうですね」

一度ぎゅうっと強く抱きしめなおした後、ようやくグレアスはフェイリーンを離した。

「我が家へ帰りましょう」

聞き慣れない言葉にフェイリーンの眉間に皺が寄る。

「……薬園、ですよね?」

「フェイリーン、今から薬園に戻っては夜半過ぎになります。夜間通行の申請書は出してあるんですか?」

「グレアス様が手続きしたんじゃないんですか!?」

目を見開くフェイリーンと、「してません」と首を振るグレアス。


そもそも任務でとフェイリーンを連れ出したのはグレアスだ。てっきり帰りの手配は済んでいると思っていたフェイリーンは慄いた。

「宿泊の手配なら済んでいます。とは言っても私の家ですが、ご招待させてください」

「はぁ!?」

「警備部隊の隊舎ではありませんよ?仕事ばかりしているとお金の使い道があまりないもので、以前友人の勧めで家を買ったんです。いい土地で他に買われてはもったいないから、と。あまり頻繁に帰ってるわけではないのですが、一応使用人もいますし不自由な思いはさせないと思います」

思わず後ろへ下がろうとしたフェイリーンの腕をすかさず掴むグレアス。


「今日の夕食は気合を入れて作ると言っていましたよ」

「せめて宿を紹介してほしいのですが」

「お金、足りると思います?」

はっ、とフェイリーンが息を飲むのを見て警備西部団長は重々しく重ねる。

「貴女は今、モヴェナ様から王城仕えを打診されている身です。質の低い安宿は教えませんよ?」


持ってきてはいる。

しかしお土産を買おうと持参した額で、果たして宿屋に泊まれるかと考えた彼女は、掴まれていないほうの腕で頭を抱えた。


「油断していた私が悪いの!?」

「信用していただけて嬉しい限りです」

グレアスのことだ。予定を聞けば教えてくれただろう。

「たった今裏切ったようだけど」

「なんと人聞きの悪い。ちゃんと温かい寝床も用意しています。素敵な抱き枕も随時貸し出しを受け付けていますが」

「いらないから!朝起きたらグレアス様がいたとか絶対許さないから!」

「いいでしょう。私への挑戦、受けて立ちます。腕枕が欲しいと言わせてみせましょう」

「なんっにも挑んでない!枕の様子が変わってるし!大体、さっき自分本位なことを反省したよね!?」

「貴女は寛大にも赦してくださいました」

「それとこれとは違うー!!!」

「それよりも、返事の猶予は1週間です。結論が出るまで私の家で過ごしてはいかがですか?」

「帰る!絶っっ対明日の朝一番に帰るから!!」

「午前中は仕事がありますので、午後に馬車を手配しますね」


憤りと焦りのあまりだんだんと大声になっていくフェイリーンが辺りを囲む人垣に気付いたのは、グレアスの罠にかかって一晩泊まるのが決まった後のことであった。


―――― フェイリーンがグレアスに根負けするまで、あと2ヶ月。



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