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1 王都にて (前)



『*****終わりました』


王都に入ってすぐの掲示板に貼り出されていた、良質で厚手の紙に書かれた一言にフェイリーンの足が止まった。

見たことがあるような文字の並びだったが、思い出せず次の文章に目を走らせる。


『ご不便をお掛けしました。皆様のご協力に感謝します。

しばらく国外に出る際は身辺に注意してください。

商業関係者で補償を申請される場合は――――― 』


文書の最後には15日前の日付とサイン、そして煌めく光沢が美しい紅色の印が押してある。

「王印?」

「どうしたのですか?」


振り返った先にフェイリーンがおらず、大分後ろのほうで立ち止まっている姿を確認したグレアスが踵を返し、彼女の視界に割り込んだ。

その行動はスルーしつつ、フェイリーンは掲示されている紙の一部を指差す。


「すみません、ここはなんという単語ですか?何が終わったと書いてありますか?」

「いつも言いますがが、私にそのような言葉遣いは不要です。もっと気さくに話してくださってかまいませんよ」

「そういうグレアス様も私に丁寧な言葉を使いますよね?」

「私はこれが素です」

「……それで、この意味は?」

鎖国ドーノマレ・ガト、ですね。ここ2年ほど大陸の国とは外交を断絶していたのですが、それが終わったというお触れです」

「あ、鎖国!?」


確かに、覚えておいたほうがいい単語として教えられていた言葉だ。

使用頻度の少ない単語はフェイリーンの記憶の隅に追いやられて久しい。


今日、彼女は自分の日記を持って王都を訪れていた。

日記を持ってくるように言ってきたのは久々に姿を見せた梟のレイメ。

もともと彼女に日記をつけるように促したのは、牢にいた彼女のもとへ現れたあのお爺さんだった。

紙の束とペン、インクを彼女に与えて「いずれ見せてもらうから」と付け加えた上で、日記を書かせていたのである。

10日前に今日の訪問を指定され、彼女は半日かけて西の薬園から馬車で王都へ。

護衛役にとグレアスが当然のような顔をしてくっついていたことに、フェイリーンは思わず半目になった。

「今日は任務であなたの側にいますから、あまり邪険にしないでください」

そう言いながら馬車のなかで彼女の隣にちゃっかり座り、薬園から出たことがなかったフェイリーンが馬車の窓から見える景色に好奇心の赴くまま、あれやこれやと尋ねることに答えていたグレアスは、本当に楽しそうだった。

途中で「任務」は本当かフェイリーンによる疑いの眼差しが向けられるほどに。


よければ鎖国の経緯を説明しますよ、と言われ彼女が頷くとグレアスは歩みを再開し、フェイリーンが隣で話に耳を澄ます。



◆・◆・◆・◆


事の発端は、この大陸の中で中央から西寄りに陣取るザヴァイエスという国がレイメルディアにちょっかいを出したことだった。

港を持たないその国は常々海側の領土拡大を狙っていたが、西側は現在最も力のある北の帝国ゾーイの属国に下ったため手が出しづらい情勢となり、南は「蠢く」事で有名な異常極まりない山岳地帯を越えなければならず金も時間もかかるため国内の反発意見が根強い。

ならばと狙われたのが東側のレイメルディアである。


てっとり早く自国に隣接した森林地帯から侵攻しようとしたザヴァイエス軍は、進むごとに兵たちが謎の病に侵され一日と経たず撤退を余儀なくされた。

同じような事例が続くこと数回。

港、ついでに薬の販路を欲しがっていたザヴァイエスに、周辺国は「どうせ侵略は出来まい」と思いながらも、もしザヴァイエスが禁忌の森を抜ける事が出来たなら自分も横やりを入れて甘い汁を吸わせてもらおう、と事態を静観。


実はこれまでレイメルディアは幾度となく侵攻の危機に侵されてきたが、軍隊は必ずザヴァイエス軍と同様の状況に陥り、国を囲む森を抜けられたことは一度もない。

それゆえ、この国の森は「禁忌の森」と呼ばれ周辺国は争いを避けてきた歴史があった。


さて、開戦宣言もなくレイメルディアの周りをうろつく軍隊と、特にザヴァイエスを諌めもせず、かといってレイメルディアからの支援要請をのらりくらりと交わしていた周辺国に、レイメルディアのあるものが切れてしまった。


そう、温厚で質実剛健で高名なレイメルディア王の堪忍袋の緒である。


「これ以上煩わせるならこちらにも考えがある」と発令された鎖国宣言。

これに各国は慌てた。

レイメルディアの特産である数多の種類がある薬は、安定した生産量からなる低価格・手に入り易さによりこの大陸に広く浸透しており、これが流通しなくなると周辺国は自国にある少数の機関から奪いあうか、海を渡ってくる高値の薬に頼らなければならない。


そして、生活にかかわる自給率が高いレイメルディアは、王が「ちょっと不便だが我慢してほしい」と言えば「それならそれで」と民は慎ましく暮らすだけで良いのだ。

国外に出ている者はレイメを通じて秘密裏に入国、あるいは人口の多い都市に身を隠して鎖国の解除を待つことになった。


しかし、命に係わる薬の流通を遮断したのでは人道にもとる、と考えていたレイメルディア王は一計を案じた。

まず、様子見に3か月。

ザヴァイエスは何とか侵攻の手掛かりを得ようとするが何せ鎖国中。情報が出てこない。

そのうちに他国の在庫はなくなってゆき、とうとう泣きついてくるものが現れた。

「うち(の国)は関係ないだろう!」と、怒りもあらわな文面を携えた使者を送ってくる国もある。

帝国からの使者に、かつては薬を携えた薬師を馬車ごと帝国へと派遣していた王はこう言った。


「誰のせいだと思ってるんだか?まぁ、帝国にはお世話になっているし、人口が多い分薬を欲している人は多いだろうから、こちらも考慮しなくはない」

「それでは……!」

「欲しい薬は、持っていく分現金払いで」

「……ええ!?」

「ザヴァイエスから正式な謝罪と不可侵の誓いがあるまで方針は変えない」


基本、レイメルディアの薬師は外交官も兼ね、各国の薬局にあたる部署にまず一定量の在庫を置き、定期的に赴き使った分だけの代金を徴収する、という方式をとっている。

乾燥素材のほとんどは長期保管しても問題ないが、鮮度が必要な薬効成分などもあり、訪問頻度はマメであった。

それが途絶えた今、一縷の光明に縋らないわけにはいかない。

とりあえずこの機を逃さぬようにと書面での約束を結ぶべく、帝国の使者が提出した希望品のリストを確認した王は、その紙を指でパチンとはじいた。

「ネルは売らない」


ネルとは、部屋に飾る芳香剤と対で販売されることの多い安価な乾燥素材の消臭剤である。

芳香剤とは離れた場所に設置することでその効果を高める作用があり、レイメルディア原産で一般家庭でも栽培されている。

それくらいなら、と了承して書面で薬の販路を取り戻した使者は、帝国に帰ってからボコボコにされた。

主に医師・侍従・侍女、そして軍師に。


実はネルには消臭の他、殺菌・除菌・防虫といった衛生面での効果が高く、特にポプリ状にして洗濯のすすぎ水に入れれば乾燥後の布の持ちが格段に違う。

この知識はレイメルディアの一般家庭では常識だったものの、常識すぎて最近まであまり話題にされていなかった。

「知ってると思ってた」というやつである。

医師は衛生面から、侍従・侍女はお仕えする方々のリネン類に、軍師は普段の男臭い隊舎と長期遠征の救世主としてネルを使用していた。

使者も知らなかった訳ではないのだが、そこまで重用されていると思っていなかったらしい。


手に入らないとなれば、以前の対処に戻ればいい話である。

医師が使用するものは煮沸消毒。王城でのリネン類も乾燥後に芳香用ポプリの併用。男臭い隊舎は……花の匂いではどうにもならないが。

これまで手軽に行えていたものが突然なくなったことで、一時下働きのものは恐慌状態にまで陥ったという。

洗濯の頻度が増えればより水を使い、それに応じて布地が痛むので包帯から洋服に下着、更にはシーツにいたるまで様々な日用品の交換回数が増え、地味に費用がかさむことになったようだ。


交渉の最後に一言、王はこう付け加えた。

「薬をどのように分け与えるのか、それによって鎖国終了後の対応を変える」


それは帝国が手に入れた薬を他国にどう売るかどうかではなく、薬を欲している者に身分の差なく与えることができるのか、それとも金を積んだものが独占することを止むなしとするのか。

これに使者は顔を引き攣らせた。


「そこまで監視されるいわれはありません。鎖国というなら尚更では?」

「生憎うちの間者は腕が良くてな。使者殿も、このような任務を常日頃行っているから頭皮の心配をせねばならぬのだろう?」

思わず頭頂部を抑えてしまった使者。そこにはいつにもまして心許ない感触。

「ポートとコンレ(毛生え薬の原料)は嗜好品の部類に入るから、今回のリストには入っていないな」

「うっ……」

「ゾーイの王も、あれだけ注文しておいて己の状況を隠し通せると思っているのか疑問だが……在庫を確認しておいたほうがいいと思うぞ。前回の納品からするとそろそろ精製に支障をきたす」

「ううっ……」

「後から追加は出来ないぞ。どうする?」

帝国はこの条件をのんだ。


この腹いせというわけではないが、帝国では薬に限らずザヴァイエスに対して関税が跳ね上がり、停戦の条約すら危うくなってきた。

更には周辺諸国に「馬鹿な真似ちょっかいはよせ」、「レイメルディアを怒らせるつもりなら和平は無し」と遅まきながら脅しをかけられ、自軍もことごとく無駄死にならぬ無駄病で使い物にならず、ザヴァイエスはしぶしぶ謝罪と不可侵を表明し、レイメルディアに散々ふっかけられた協定交渉の末の鎖国解除となったのである。



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