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恐怖の接待  作者: 水落竹子
2/5

中(あたる)が命をかけるわけ

 取引先の会社事務所で、打ち合わせを終えたあと、そこの社長が(あたる)を誘った。

「園内さん、明日は何か予定がありますか?」

「いや、特になにも……」

「そりゃええ。そしたらぜひ、今日、泊まっていきんさい」

 どうやら接待してくれるようだと、(あたる)は悟った。

「いやぁ、嫁に怒られますから。今日、帰るって言ってあるんです」

 接待といっても、田舎の小さなソフトハウスの社長が、ポケットマネーで開いてくれる会食にすぎない。どうせ社長なじみの小料理屋かなにかで、女将の手料理をつまみながら一杯やるのが関の山だろう。そのあとは、これまた行きつけのカラオケスナックで、下手な歌の一つも聞かされるに違いない。

 (あたる)は、ただただ面倒臭いだけだと思った。ついでに余計な仕事をねだられても困る。

「奥さんには、取引先の社長に、しつこう誘われたぁ、言うて、わしのせいにしちゃってください。それに、お土産も買うちょりますけぇ」

「社長、ほんま申し訳ないんですけど、最近、法令遵守(コンプライアンス)とかもうるさいやないですか? 帰着日が土曜日になると、上長がすぐ疑いよるんですわ」

「そこをなんとか…… 本体開発の方の話も聞いてもらわにゃならんし」

 ぽろりと本音を漏らす社長。(あたる)はあからさまに嫌な顔をして見せた。

「かんべんしてくださいよ、社長。本体開発は、競争にするんですから。かたいこと言うようやけど、こういうことをすぐ、談合談合と騒ぐ輩も多いんです」

 (あたる)は遵法を盾に、かたくなに断り続けた。社長は完全にあてが外れ、その焦りようが痛々しかった。最後は、土下座する勢いで懇願してきた。

「園内さん、お願いや。もう下関で一番の、フグの老舗にも予約を入れちょるんです。せめてフグだけでも食べてもらわんと、社員に示しがつかんですけぇ」

 と、社長が言い終わらないうちに、(あたる)は驚いたような表情で顔をあげた。

「え! フグ、ですか?」

 社長は、この一瞬の(あたる)の様子を見逃さなかった。『フグに食いついてきよったな』とばかりに、一気にたたみかけてきたのだ。

「大阪の人は、日本一フグが好きやと聞いちょります。下関では、フグのことを(ふく)と言いまして、そりゃぁ、新鮮で味も絶品ですけぇ。あの、伊藤博文先生が、こげな美味しい魚を食わん手はないと、ここ下関で初めてフグ食を解禁しなさったほどです。これを食わんうちは、死ねませんよ」

『食ったら死ぬわ! ボケ』と、(あたる)は、心の中で思いつつ、態度が先ほどとは明らかに変わった。なんと、社長の誘いに歩み寄りの姿勢を見せはじめたのだった。

「フグ屋さんを予約しはったんですか? そう聞くと、無下に断りづらいですなぁ」

 まだ、どうするとも言っていないのに、社長は、ここぞとばかり、強引に(あたる)の手を引っぱった。

「ありがたい。そしたら、園内さんの気が変わらんうちに、行きましょう。なに、もうタクシーも呼んじょりますけぇ」

 (あたる)は、ついに観念した。

「しゃぁないなぁ。ま、御社との今後について、話さなアカンこともあるから……」

 どうして(あたる)の態度が急変したのか? 実は、(あたる)には、じいちゃん譲りの浅はかなところがあった。そのことを一番案じていたのが、あのばあちゃんだったのだ。 夜毎、じいちゃんの話をしていたのも、反面教師になればと思ってのことだった。

 そのばあちゃんが、一番心配していたこと。それは、じいちゃんの女好きが、(あたる)に隔世遺伝することだった。

 そういう意味において、(あたる)は、ばあちゃんの期待を完全に裏切っていた。

 社長が「フグ」という言葉を口にしたとき、(あたる)の頭に、こんな考えが浮かんでいたのだ。

――だってここ、下関やねんで。

 ベタやけど間違いないやろ?

 ここ長州から、どんだけの大物政治家が出てる思てんねん? 歴史には残ってなくても、絶対みんなフグで接待されてきたはずや。

 テレビで見たこと有るから分かるけど、フグのあとは間違いなく、高級クラブでアレですやん! アレ! 店の奥から壇蜜みたいなエロい目のホステルが出てきて、異様に身体をくねくねさせて、擦り寄ってくるんでしょう?

 めっちゃ良い匂いがして……

 大きなお乳が時々当たって……

 高いお酒をがんがん注がれて……

 それをどんどん飲まされて……

 気がついたらベッドの中で……

 あぁぁ! もう、これだけで、命かけへん理由がおまっか? 例え盗撮されたビデオを突きつけられ、

「本体開発を社長のところに出さなかったら、あなたの人生めちゃくちゃにしてたっていいのよ!」

 なぁぁんて耳元で囁かれても、

 ぃやぁぁん……

 もう……

 アカンアカンアカン……

 無理無理無理……

 ヤバイヤバイヤバイ……

 いったいどうなんねん……?

 どうなってしまうねぇぇん……?

 はい。病気です。

 えぇぇい、もうどうにでも好きにせぇ!

『ぃやぁぁん』でも【鉄砲】でも持って来やがれ!――

 と、まぁ、ほとほと情けない、全くもってか不純な動機であった。

 そう。そのためには、フグなんかで死ぬわけにはいかないと、(あたる)は、ある秘策を思いつく。

 それは…… もう『人としてどうなの?』という、最低のところまできてしまっている、(あたる)なのであった。

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