第三話‐予想外の欠点
「何をやってたんですかあなたは。影待さんを守ってください、と言っておいたはずですよね?」
刺々しいアリシァの声。
全くその通りなので、俺はうつむき、申し訳ない、と繰り返すことしかできない。
「……油断しても仕方がない、ということでしょう。秋人さんだけを責めるのは間違いでは」
とりなすように、響。
隣に座るイチロウ。一様に沈痛そうな表情を浮かべている。
「ですね。では話を進めましょうか……。影待さんをさらったのは、ミーミルの一派でしたね。――年齢、性別共に不詳。ミーミルのラボ、この中に籠もり、この五年間外に出た事はありません」
つらつらと述べていくアリシァ。
「不詳、ってのはどういうことです? 所長には千里眼があるじゃないですか」
煙草をくわえ、挙手して問うイチロウ。
「斎藤くん、私が建てた収容所は知っているかな?」
「えっと、あの山崎一成を軟禁してたってやつですか?」
「そそ。ミーミルのラボも基本的にはあれと同じ。床も壁も鉛でコーティングして、能力が通じないの。違いと言えば、出入りが自由ってとこくらいかな」
アリシァがくわえるのはシナモン・スティック。
それをピコピコと動かしながらレクチャーを続ける。
「ラボの場所は、北海道、樺太。直属の弟子は……四人。だよね、響?」
「……いえ。この二年で三人にまで減り、昨日捕らえた一人を数えれば、二人です」
自ら煎れたコーヒーをすすりながら、淡々と語る響。
久しぶりに会うが、さっぱり変わってないなぁ。
「二人かぁ。中々キビシイっすね、所長」
「うん。ここまで残るってことは、よっぽどミーミルに心酔してるんだろうしね」
はぅ。とため息をつくアリシァ。
「そいつらの情報も、やっぱり?」
「むりだよぉ。何だか不明瞭。ハッキリしなくて不安になる。これも研究の成果なのかな?」
痛くなってくる頭を押さえ、取り敢えず分かっている事をまとめる。
「つまり、わかっているのは、相手の通り名、能力、本拠の位置、仲間の数、か」
あれ? 結構いけるじゃないか。
何といってもこちらにはアリシァの下、四十人を超える能力者がいるんだ。
先駆者だって? 集団としてはこちらの方が、上……。
「……あー、秋人くん秋人くん」
少し困ったような声のアリシァが、俺の思索を止める。
「ぢつは、今、社員のみんな、韓国に社員旅行中なのです」
「あ……!」
しまった、休みが少ない探偵業の、正月だった。
と、いうことは。動けるのは、今ここにいる四人だけ!?
「は! マジかよ。先駆者とその弟子二人相手に、俺たちだけかぁ?」
大袈裟に首をふり、立ち上がるイチロウ。
「逃げるんですか?」
ちら、と目を向け、響。
「あぁ、逃げる。無理無理、相手にならねぇよ。影待だって死ぬわけじゃないだろ? ミーミルとかいう変態が満足したら、解放してくれるだろうよ」
挑発を軽くいなし、つかつかとドアに向けて歩くイチロウ。
その背中にアリシァが独り言のように声をかける。
「ミーミルの目的は能力の解明。奴は自分のラボに、生物学者を数人、呼びました」
俺も響も、アリシァの言いたいことがわからずに顔を見合わせる。
「彼らの専門は遺伝子工学。動物のクローン作成です」
クローン、だって?
「さらにラボ建設時に運び込まれた器材、最近注文している大量の栄養剤、成長促進剤を考えに入れると……」
立ち止まったイチロウが、ドアの前で振り返る。
「……ミーミルは、影待のクローンを造る、と?」
「うん。影待さん自身はどうなるかはわからないけど、ね。倫理的に、あなたはどう? 放っておけるの?」
「話し合い……。政治的な、取引とかは、どうだ?」
「本気で言ってるのか、イチロウ。誘拐犯相手に、話し合い、ねぇ。はっ!」
呆れたような口調をつくり、イチロウを眺める。
「わかったよ……!」
バン、と傍の机に手を打ち付け、きっ、と俺たちを睨むイチロウ。
「いいだろう、やってやろうじゃないかよ!」
この日。
アリシァ対ミーミル、という構図の戦争が始まった。
ちなみに、ミーミルってのは北欧神話に出てくる神の一人で、オーディンの作戦参謀だったと言われています。元祖、千里眼って感じですね。